ハイライト

KEKの記事で振り返る2010年

2010年12月28日

今年も残すところあと4日。皆さんはどんな一年でしたか?

この記事をご覧になっている方の中には、News@KEK時代からの読者さんもいらっしゃると思います。そうです、今年は2002年から続いたNews@KEKが終了し、8月から新しくハイライトとして誕生した年でもあります。毎回の記事では、個々の研究にスポットを当てて紹介してきましたが、今回は年末企画として、この1年どんなことがあったのか、2010年を振り返ってみたいと思います。

KEKBの高度化が始まる

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図1

Belle中心部から姿を現したSVD

ノーベル賞に繋がる「CP対称性の破れの実証」という成果を挙げたKEKB(KEK Bファクトリー)ですが、さらなる新しい物理を求めてルミノシティを増強するための「KEKB加速器の高度化」を3年かけて行うことになりました。そのため、1999年から運転を続けてきたKEKのBファクトリー(KEKB加速器/Belle測定器)は、6月30日に運転を停止しました。その後、高度化に向けての解体作業の一環として、トンネル内に設置されている電磁石の固定ボルトを緩める「KEKB電磁石搬出開始記念式」が行われました。そして、KEKB陽電子リングアーク部に設置されていた偏向電磁石が搬出されました。また、Belle測定器の高度化に向け、シリコンバーテックス検出器(SVD)の取り出し作業が実施されました(図1)。Belle測定器は現在ビームライン位置から作業エリアに移動され、本格的な解体作業が開始されています。

※ ルミノシティ
電子ビームと陽電子ビームの衝突頻度を表す加速器の性能。

T2K実験、スーパーカミオカンデでJ-PARCからのニュートリノを観測

T2K(Tokai to Kamioka)実験グループは、2月24日茨城県東海村の大強度陽子加速器施設J-PARCで人工的に生成させたニュートリノを、約295km離れた岐阜県飛騨市神岡町の検出器スーパーカミオカンデにおいて検出することに成功しました(図2)。T2K実験ではミューオンニュートリノから電子ニュートリノへの転換現象を前人未踏の精度で行う予定で、K2K(KEK to Kamioka)実験が得た数十倍のデータを数年間で蓄積し、世界最高感度で電子ニュートリノへの転換の有無を検証 します。

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画像提供:東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設および T2K Collaboration

図2

スーパーカミオカンデで観測された最初のJ-PARCからのニュートリノ事象。きれいな3つのリングが見える。

LHC実験から物理結果の報告が始まる

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図3

画像提供:CERN アトラス実験グループ

論文の解析に用いられた900GeVにおけるソフトな散乱の例。

スイス・ジュネーブにある欧州合同原子核研究機関(CERN)で始まった大型ハドロン衝突型加速器(Large Hadron Collider : LHC)による陽子・陽子衝突実験から最初の物理結果が報告されました。日本の研究者も参加しているATLASグループからの最初の論文は、昨年12月に取得した衝突エネルギー900GeV(GeV=10億電子ボルト) のデータから、陽子・陽子衝突で生じた反応中の荷電粒子(電気を帯びた粒子)数の測定結果を論じたものでした(図3)。

LHC加速器は、11月4日に今年の陽子・陽子衝突実験プログラムを完了し、鉛の原子核同士を衝突させる実験が始まりました。衝突の総エネルギーは287+287TeV(TeV=1兆電子ボルト)。これまで人類が作った最高エネルギーの衝突です。高エネルギー重イオン衝突では、宇宙の初期に起こった高温状態が再現できると考えられています。

先端加速器研究開発の進展

KEKでは、先端加速器技術の研究開発を進めています。「先端加速器」とは、加速器の性能を上げるとともに、小型化した加速器のことで、その技術の様々な 分野への応用も推進して、社会の役に立つことも目指しています。この研究開発の2つの柱が、粒子を効率よく高いエネルギーで加速するための「超伝導加速空洞」と、毎秒あたりの粒子衝突数(ルミノシティ)をより多く得るための「ナノビーム制御技術」です。

次世代光源として期待されるERL(エネルギー回収型ライナック)は、鋭い放射光を得るために電子を加速するエネルギーを超伝導加速空洞の中で回収します。日本原子力研究開発機構(JAEA)、KEK、広島大学、名古屋大学の共同研究グループで開発した電子銃は、世界で初めて500kV以上の電圧を安定にかけることに成功し、ERLの実証器であるコンパクトERLの実現にさらに一歩近づきました。

また、KEKの超伝導RF試験施設(STF)で行われた、国際リニアコライダー(ILC)用の超伝導加速空洞の縦測定試験で、日本製9セル超伝導空洞が初めてILC要求仕様を満たす記録を達成しました。これにより、ILC実現最重要課題のひとつである、高性能な空洞の量産に向けて弾みがつきました。

物質・生命の謎を解く

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図4

2010年5月に完成したBL-1Aタンパク質結晶構造解析ステーション


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図5

新たに整備された陽電子ビームライン


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図6

高分解能チョッパー分光器完成披露式典


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図7

ミュオンビームラインとスタッフ

今年も物質構造科学研究所からはタンパク質の構造解明、新しい有機超伝導体の発見など、たくさんのニュースをお伝えしてきました。ハイライトやNews@KEKでは研究成果を主にとりあげてきましたが、これらの成果は加速器の運転や実験装置の整備など普段はなかなか表舞台には出てこない活動に支えられています。

世界でも群を抜いた安定運転を今年も続けた放射光科学研究施設フォトンファクトリー(PF)。実験を中断させることなく放射光が供給され続けるPFは世界中の研究者に好まれています。そして今年の5月には、10ミクロン程度の微小結晶の構造解析を重原子ラベルなしで行うことを目的としたビームライン(BL-1A)が完成し、共同利用実験が始まりました。来年はこのビームラインからもたくさんの成果がでてくるのが楽しみです。

また、低速陽電子実験施設では、新たな陽電子ビームラインの整備が行われました。陽電子とは正の電荷を持った電子のことで、自然には存在しません。これを作りだし、自在にエネルギーを変えられるように整備を進めてきました。来年は陽電子を使用した共同利用実験が本格始動します。

東海キャンパスにある物質・生命科学実験施設(MLF)は「世界一を目指した年」でした。KEKはMLFに5台の中性子実験装置を設置しており、それぞれが、時間分解能、強度、解像度等で世界一の性能を目指しています。J-PARCの陽子ビームが強いだけに、様々な予想外の出来事も起こり、そのたびに知恵を出し合って乗り越えてきました。そして3月には1パルス当たり世界最高強度のミュオン発生を確認しミュオンサイエンスの扉を開きました。強度が上がるほど、実験が短時間でできたり、小さな試料を見ることができるため、強度の高度化はさらに期待されています。来年はこのミュオンビームラインから、サイエンスを皆さんにお伝えしたいと思います。

KEKは大学共同利用機関として、個々の大学では維持が難しい大きな設備を提供し、加速器を使った研究分野のネットワークの中心としての役割を果たしています。ご紹介してきた研究成果は、どれも様々な大学や研究機関から多くの人々がKEKに集って産み出されたものです。

最後になりますが、元高エネルギー物理学研究所長の西川哲治氏が、12月に逝去されました。数々の業績から、ここでは、1981年に始まるトリスタン計画をご紹介いたします。計画の提案から加速器の建設まで、西川氏が中心となって 計画推進に当たられました。トリスタンは我国初の電子・陽電子ビーム衝突型加速器であり、当時世界最高エネルギーを誇りました。そこでの加速器並びに 実験の成果が、後のBファクトリー計画に引き継がれ、2008年小林、益川両氏のノーベル賞受賞につながりました。ここに謹んで、ご冥福をお祈り申し上げます。



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