平成24 年1 月24 日より、中性子ビーム供給が再開され、各ビームラインでの実験も再開した。
来年度上半期の一般利用課題公募(2012A)が12 月7 日に締め切られ、KEK 装置については29 件(BL05: 2 件、BL08: 9 件、BL12: 5 件、BL16: 7 件、BL21: 6 件)の応募があった。
教授1 名の公募を開始した。J-PARC における中性子分光器(特に非弾性散乱装置)の開発研究、およびそれを用いた物質科学研究において中心的役割を担う。締め切りは、2 月13 日である。
【BL09】
新設ビームラインとして、PPS (Personal Protection System)の自主検査を1/12 に実施し後、1/26 に主任者検査(安全装置)を受け合格した。また1/30 にシャッター開状態にした主任者検査(線量測定)にも合格した。2/6,7 の原子力安全技術センターの検査を待っている。
図1. BL09 インターロック試験
【BL08】
震災により再調整が必要であった中性子ガイド管の設置とアライメントがほぼ終了した。現在、3 月のビーム受け入れを目標に、遮蔽体の再設置と装置本体の調整を予定している。
図2.BL08 の中性子ガイド管
BL05/NOP ビームラインは、上流部に、中性子スーパーミラー・ガイド管による複雑な三分岐光学系を有する。昨年3 月の震災により光学系の最上流部であるシャッター・ダクト挿入スーパーミラー・ガイド管が破損したため、これの再製作を行い交換した。また、生体遮蔽内に設置したビーム三分岐用のスーパーミラー・ガイド管については、分解チェックを行い破損等の問題がないことを確認し、再組み立て後レーザーによるアライメント調整を行った。そして、本年1月MLF 施設再稼働にともない震災後初めてビームシャッターを開け、ガイド管交換及び調整による中性子ビーム特性への影響を調べたところ、エネルギー・スペクトル、絶対強度とも震災前に比べ有意な違いがないことを確認した。これを受けて、1 月末より中性子寿命の精密測定実験を再開した。
図3 震災前後でのBL05/NOP ビームライン・偏極ビームブランチに於ける中性子エネルギー・スペクトル。「黒」が震災前(2011 年1 月測定)、「赤」が震災後(2012年1月測定)。震災前後での測定条件が若干異なるため、スペクトルにわずかな違いが見られるが、絶対強度も含めて全体として良く一致している。
先日成果発表があった論文[D. Kawaguchi et al., Macromolecules 44, 9424 (2011)]に関して、詳細を以下に報告する。高分子/高分子界面で起こる相互拡散は、接着現象とも密接に関連しており、分子スケールで理解することは非常に重要である。中性子反射率測定は数Aの深さ分解能を有しており、高分子の拡散を分子スケールで評価できる優れた測定手法である。しかしながら、分子量の非対称な高分子界面における相互拡散を詳細に調べた研究例はあまりない。本研究では、分子量の非対称な線状ポリスチレン(l-hPS)と線状重水素化ポリスチレン(l-dPS)の二層膜を調製し、その界面における相互拡散を時分割中性子反射率測定によりナノメートルスケールで評価する。
試料として、重量平均分子量Mw が427k のl-hPS(l-hPS-427k)と127k のl-dPS(l-dPS-127k)を用いた。l-hPS-427k/l-dPS-127k 二層膜は、まず、l-dPS-127k 膜をシリコンウエハー上にスピンコーティングした後、その上にl-hPS-427k 膜を積層することで調製した。l-hPS-427k 層およびl-dPS-127k 層の膜厚はそれぞれ、127 nm および107 nm であった。この二層膜の熱処理に伴う相互拡散を時分割中性子反射率(NR)測定により評価した。NR 測定はJ-PARC のARISA-II 反射率計1)を用い、入射角0.6 deg、測定温度405 K、積算時間3 min の条件で行った。界面における濃度プロファイルの時間発展をレプテーションモデルおよびラウスモデルに基づき解析を行い、どちらのモデルが界面の相互拡散を記述する上でより妥当であるかを検討した。流束の非対称性を無視し、Fick の第二法則を適用すると、界面における濃度プロファイルは、
(1)
と記述できる。ここで、D は拡散係数である。一方、非対称な流束を持つ高分子界面における拡散を記述する拡散方程式は、レプテーションモデルに基づくと、遅い成分のモル分率をfs として、以下のように表される。2)
(2)
(3)
ここで、Ns, Nf, および csf はそれぞれ、遅い成分および速い成分の重合度、および、Flory-Huggins の相互作用パラメーターである。D0 は絡み合いセグメントの拡散係数である。ラウスモデルの拡散係数は、式(4)のように記述できる。
(4)
D0'はラウスセグメントの拡散係数である。レプテーションモデルおよびラウスモデルについては、以下の初期条件および束縛条件を用いて拡散方程式を解いた。
t = 0 f f = 0 for 0 ≤ z < ds (5)
t = 0 f f = 1 for ds ≤ z ≤ ds + df (6)
z = 0 ∂ f f / ∂ z = 0 for t > 0 (7)
z = ds +df ∂ ff / ∂ z = 0 for t > 0 (8)
l-hPS とl-dPS のモル体積が等しいため、モル分率は、単純に、散乱長密度に変換できる。本系では、l-hPS-427k が遅い成分であるため、
(9)
として、(b/V)プロファイルを計算した。NR プロファイルのフィッティングには、各モデルにおいてD, D0, D0'のみをフィッティングパラメーターとして、(2)の偏微分方程式を解いて得られる(b/V)プロファイルを用いて解析を行った。
Figure 4. Selected NR profiles (a)~(c) (vertically offset for clarity) and model (b/V) profiles (d)~(f) for l-hPS-427k/l-dPS-127k bilayer film annealed at 405 K. Symbols in NR profiles are experimental reflectivities and solid lines are the calculated ones. Figures (a) through (c) are the calculated reflectivities obtained by the model (b/V) profiles shown in (d) (symmetric Fickian), (e) (reptation model) and (f) (Rouse model), respectively.
Figure 4(a)~(c)は、405 K で熱処理をしたl-hPS-427k/l-dPS-127k 二層膜の種々の熱処理時間における中性子反射率プロファイルである。各熱処理時間における反射率の対数値を-1 ずつシフトさせている。各シンボルは実験値、実線は、それぞれ、(d)~(f)の対称なFickian、レプテーションモデルおよびラウスモデルより計算された散乱長密度(b/V)プロファイルより求められる反射率の計算値である。Figure 4(a)より対称なFickian では、この二層膜の反射率を再現できないことが明らかである。Figure 4(b)およびFigure 1(c)は実験値と計算値が一致しているように見える。拡散の初期過程では、どちらのモデルが妥当であるかを明らかにするため、反射率の実験値と計算値の誤差の二乗、χ2 値、を比較した。
Figure 5. Time dependence of χ2 values forNR profile analyses using methods (i) ~ (iii).
Figure 5 はχ2値の時間依存性である。ラウスモデルの方がレプテーションモデルよりもχ2値が小さかった。また、分子量の非対称性がより高い二層膜においても、ラウスモデルより計算される反射率がレプテーションモデルのそれと比較して、実験値をよく再現した。したがって、分子量の非対称なポリスチレン二層膜界面における拡散の初期過程は、ラウスモデルにしたがって進行することが実験的に明らかとなった。
参考文献
1) K. Mitamura et al. J. Phys.: Conf. Ser. 272, 012017 (2011).
2) E. Jabbari, N.A. Peppas, Polymer 36, 575 (1995).
BL12 では1 月11 日までに震災で損傷した検出器の交換を完了し、復旧作業は完了した。この間、計測ソフトの搭載、解析ソフトの改良、真空排気系の改良、ガイド管の完全設置、入射部コリメーターの設置、500meV まで標準分解能を与えるフェルミチョッパーの設置等の分光器の高性能化も併せて行なった。図6 はRun#40 において一次元反強磁性体CsVCl3 を入射中性子エネルギー100meV で測定したものであるが、今回の入射部コリメーターの設置により、低q 領域でのバックグラウンドノイズが劇的に低減し、q=1A-1からはじまる反強磁性分散関係が明瞭に観測できるようになった。またガイド管の完全設置により中性子強度も増加した。詳細な性能評価はこれから実施する。
図6 HRC で測定した一次元反強磁性体CsVCl3 の非弾性散乱スペクトル(T=20K)。左:入射部コリメーター設置後、右:設置前。カラースケールは測定時間で規格化した中性子散乱強度(青→緑→黄→茶→白の順に低カウント数から高カウント数であることを表わす)。
研究成果
Stability of neutron beam monitor for High Intensity Total Diffractometer at J-PARC
H. Ohshita, T. Otomo, S. Uno, K. Ikeda, T. Uchida, N. Kaneko, T. Koike, M. Shoji, K. Suzuya, T.Seya, M. Tsubota
Nucl. Instrum. Methods Phys. Res., Sect. A, 672, 75-81 (2012).
本論文では、物質・生命科学実験施設(MLF)の高強度中性子全散乱装置(NOVA)にインストールされている入射中性子ビームモニターの動作安定性を検証している。NOVA では、大強度中性子ビームを利用することで、精度の良いS(Q)測定が短時間で可能であるが、測定データを規格化する際に用いる入射中性子分布の精度を高くする必要があり、高計数かつ大強度中性子ビーム環境下で安定に動作する入射中性子ビームモニターが必要である。NOVA の入射中性子ビームモニターとして、Gas Electron Multiplier(GEM)を用いた二次元中性子検出器(GEM モニター)を開発し、本実験での運用を開始した(図7:実験風景)。GEM モニターの動作安定性を確認するため、100 時間を越える長時間安定性、高頻度入射粒子特性などを測定した。
図7 実験風景
図8 にGEMモニターの計数率の時系列グラフを示す。J-PARC の陽子ビームパワーは210kWである。各プロットはCurrent Transformer(CT)によって測定された入射陽子数で規格化されている。GEM モニターの計数率は114.11 ± 0.24 events/1012 protons であり、平均値に対する誤差の割合は約0.2%である。導出された誤差の内、誤差の伝播を考慮すると、GEM モニターに起因した誤差は約0.1%と見積られた。図9 にGEM モニターの高頻度入射粒子特性を示す。GEM 前方に設置した四象限スリットの開口面積を変化させた際のGEM モニターの計数率を示す。四象限スリットの開口面積がビームサイズよりも小さい場合はGEM モニターの計数率が比例的に増加し、ビームサイズよりも大きい場合はGEM モニターの計数率は一定となっている。この際の計数率は100 kHz を越えている。以上の測定結果より、GEM モニターは高計数の中性子検出器であり、大強度中性子ビーム環境下でも安定に動作することが確認され、NOVA の入射中性子モニターとして要求仕様を満たしていると判断した。
図8 GEM モニターの計数率の時系列グラフ
図9 GEM モニターの高頻度入射粒子特性
NOVA でのビーム実験は予定通り再開し、再開後に標準試料による最終確認、停止期間に行ったバックグランド対策の効果が確認され、フェルミチョッパ-を用いた非弾性散乱実験等を行っている。詳細については、次回報告する。