昨年12 月7 日に締め切られた来年度上半期の一般利用課題公募(2012A)が、J-PARC/MLF中性子課題審査部会において審査された。KEK 装置については29 件(BL05: 2 件、BL08: 9件、BL12: 5 件、BL16: 7 件、BL21: 6 件)の応募があった。
工事進捗状況
ガイド管の再アライメントで解体していたMLF 壁際遮蔽体の再設置を行った。当該箇所は天井クレーンのアクセス範囲外であるため、コロ引きによる人力で設置した。当工事でMLF 母屋内のBL08 ビームライン遮蔽体の復旧は終了し、今後は長尺建家内の鉄遮蔽復旧工事に移行する。
図1.BL08 の中性子ガイド管
工事進捗状況
2/9 に、初めて中性子ビームを受け入れた。実験装置本体の設置が終わっていないため、中性子カメラを用い中性子ビームに沿って中性子の軌跡を確認した。写真(a)は、49m 位置にカメラを設置し撮影した。写真(b)は、同位置においてカドミウム金属で中性子を遮蔽し、文字を撮影した。今後コミッショニングを開始する。詳しくは、物構研トピックスとしてhttp://www2.kek.jp/imss/news/2012/topics/120228SPICA/ に掲載している。また、マイナビが発信元で、Yahoo ニュース、goo ニュースにも掲載された。
図2.BL09 初ビーム測定結果。 Neutronoptics 社製100x100mm 中性子カメラによる中性子ガイド管終端より1m 位置での撮影 (a)障害物なし(b)カドミウム金属文字像の撮影
1) Super High Resolution Powder Diffractometer at J-PARC, S. Torii, M.Yonemura, T. Y. S. Panca Putra, J. Zhang, M. Ping, T. Muroya, R. Tomiyasu,T. Morishima, S. Sato, H. Sagehashi, Y. Noda and T. Kamiyama, J. Phys. Soc.Jpn. 80 (2011) SB020.
2) Application of matrix decomposition algorithms for singular matrices tothe Pawley method in Z-Rietveld, R. Oishi-Tomiyasu, M. Yonemura, T.Morishima, A. Hoshikawa, S. Torii, T. Ishigaki, T. Kamiyama, J. Appl.Cryst., in press.
3) Dependencies of Piezoelectric and Ferroelectric Properties and CrystalStructure on Synthesis and Sintering Processes in BaTiO3 Prepared byHydrothermal and Solid-state Methods (水熱合成法および固相法で作製したBaTiO3 における圧電・強誘電特性と結晶構造の合成・焼成条件依存), Y.Idemoto, M. Tashiro and N. Kitamura, J. Jpn. Soc. Powder PowerMetallurgy (粉体および粉末冶金) 59 101-109(2012).
4) High-Temperature-Operating Dielectrics of Perovskite Oxides, Y.Ohshima, Y. Kitanaka, Y. Noguchi, M. Miyayama, S. Torii, andT. Kamiyama, ECS Transactions - Seattle, Washington (Dielectrics forNanosystems 5: Materials Science, Processing, Reliability, andManufacturing), Vol. 45, in press.
中性子寿命精密測定
中性子寿命は、弱い相互作用における結合定数や宇宙初期における軽元素合成(BigBang nucleosynthesis - BBN)に深く関わる。特に宇宙初期の軽元素合成では、宇宙に存在する4He と陽子の存在比が観測値とBBN 標準モデルによる予想値とで有意に異なっている状況にある。BBN 標準モデルでは中性子寿命が重要なパラメータとなっており、中性子寿命の精密測定は、BBN において新しい物理を示唆する可能性を秘めている。我々の実験では、冷中性子ビームがTPC 検出器を通過する際、飛行中に起きた中性子ベータ崩壊で生じる電子を高効率で捉え、その計数から中性子寿命を測定する手法を採用しているが、測定にともなう系統誤差を十分小さくするため、ハードとソフト両面で、様々な工夫が施されている。そのいくつかをリストする。
・崩壊電子を99.9%以上の効率で同定するための徹底した低バックグランド化。検出器内外からのガンマ線バックグランドを下げるため、各種遮蔽の強化とTPC 検出器構造材に放射性同位元素の含有が極めて少ないPEEK(polyetheretherketone)材の採用。
・スピン・フリップ・チョッパーによる中性子ビームのバンチ化。中性子ビームが検出器窓を透過する際にガンマ線が生じるので、ビームを数十センチにバンチ化し、そのバンチがTPC 検出器を通過している間は中性子が検出器窓を透過しないようにする。
・TPC 検出器のガスとしてわずかの3He を含め、3He の中性子吸収反応とベータ崩壊電子を同時計測して、検出領域(fiducial volume)からの系統誤差をミニマムにする。
・ガス圧の変更やビームのON/OFF などいろいろな条件でデータを取得し、これらの測定データからバックグランドを差し引く解析手法の開発。
・TPC 検出器の高検出効率化。TPC 構造の最適化や低ノイズアンプにより、ベータ崩壊電子とバックグランド事象との高精度弁別。
図3.TPC 検出器本体。長辺方向に中性子ビームが通過する。長さは約1 m。白色の構造体はPEEK 材。
昨年の震災時、TPC 検出器はBL05 でビーム・コミッショニングの最中であったが、中性子ビームが使えない状況となったため、東京大学ICEPP で、大学院生・音野瑛俊氏が中心となり、放射線源や宇宙線等を用いてTPC 検出器の改良やオフ・ビーム・コミッショニング、解析手法の詳細な検討を行い、中性子寿命測定の系統誤差を0.1%程度に抑える検出器システムを開発した。音野氏は、このTPC 検出器と解析手法の開発について博士論文にまとめ、本年東京大学に提出した。
課題実施状況
SOFIA 反射率計はRun#40(1/17-2/21)前半に装置調整を行い、震災前と同等の反射率測定が行えることを確認、2/4 よりプロジェクト課題3 件(12 日)、一般課題1 件(3 日)を実施した。Run#41(3/5-31)ではプロジェクト課題7 件(19 日)、一般課題3 件(5 日)を実施する予定である。
装置開発状況
SOFIA反射率計では半導体光検出素子MPPC(multi-pixel photon counter)を用いた高位置分解能1 次元検出器の開発をDAQ グループと進めている。1 ユニットあたりの有感領域は120mm×5mm で、これを20 本並べることで120mm×100mm の領域をカバーする。1 本あたりの係数率はシンチレーター(6LiF/ZnS)で決まるため10-20kcps 程度だが、中性子反射率計は垂直方向のみ絞った幅広のビームを用いるため、トータルの係数率を最大20 倍まで増やすことが可能である。ただし、垂直方向には高い分解能が必要であり、この検出器では1mm以下の分解能を目指している。検出器ユニットのプロトタイプを図4 に示す。MPPC を32 個配置しており、これを抵抗分割方式で位置検出する。京大原子炉で行った予備実験では入射ビーム幅0.25mm に対して半値全幅で0.99mm の位置分解能を得ることに成功している(図5)。現在、SOFIA 反射率計を用いたテスト実験を行い、ビームラインに組み込むための最終調整を行っている。また、T0 信号にタイムスタンプを付与できるGateNET モジュールを導入し、任意の時間幅でデータを取り出せるよう読み込みプログラムの改良を行った。これにより、時分割測定の際に時間変化の速度や統計等に応じて、実験後もデータの切り出し方の変更を行えるようになる。
図4.BL16 用高位置分解能1 次元検出器のプロトタイプ
図5. 京大原子炉で行ったプロトタイプのテスト実験結果。移動台で5mmずつ24 回、0.25mm幅のビームを照射しており、補正無しで平均0.99mm(半値全幅)の位置データが得られている。
非弾性散乱試験
水素化物における水素位置の解析には、水素の非弾性散乱効果の補正が必要である。これまでは経験則的な手法が用いられてきたが、実測の非弾性散乱断面積に基づく補正手法の確立を目指し、NOVA にはBL12 と同じフェルミチョッパーが設置されている。通常は、中性子ビームから離れた位置に移動しており、非弾性散乱実験時に中性子ビーム上に移動する仕組みになっている。平成24 年2 月に測定したTiH2 の非弾性散乱データを図6 と図7 に示す。まだpreliminary な補正しか行っておらず、バックグランド補正も行っていないが、水素の励起が第4 励起まで観測できている。第1 励起だけを測定する条件(入射中性子エネルギー=196 meV)であれば、KENS-CAT で測定された第1 励起の分離も観測できている(図)。また、励起準位だけを見るのであれば、10min でも十分だった(図6)。したがって、全散乱測定の合間に励起準位を測定するということは可能と考えている。また、図7 にした非弾性散乱強度は、図9 に示した調和近似により計算されたS(Q,E)と定性的によく一致している。
TiH2 は、励起準位が高く、準位間のエネルギー差も大きいことから、非弾性散乱が容易な試料と見るべきであるが、NOVA で水素化物中の水素の励起エネルギーの測定が可能という感触を得ることができた。
図5.NOVA により測定されたTiH2 エネルギースペクトラム
図6.NOVA により測定されたTiH2 の非弾性散乱強度。Ei = 723 meV。
図7.KENS-CAT により測定されたTiH2 エネルギースペクトラム
図8.調和近似により計算されたTiH2のS(Q,E)
フェルミチョッパーの設置位置は、非弾性散乱としての最適化条件から離れているため、エネルギー分解能は10% ~ 20%弱と非常に悪く、非弾性散乱実験としてある程度成立するのは、水素の励起状態の観測に限定的と考えている。NOVA ではあくまで全散乱測定装置ではあるが、非弾性測定を生かした軽水素の補正方法の検討、より積極的に波動関数の導出などに挑戦し、構造とダイナミクスの両方から水素の存在状態の研究を進めて行きたいと考えている。
尚、NOVA での非弾性散乱実験では、データ集積系での変更は全くない。にもかかわらず、図5 に示したスペクトルにおけるEi = 723 meV と196 meV は、他のチョッパー型非弾性散乱装置と同じMulti-Ei 方式による測定である。これは、イベントデータ方式によるデータ集積のメリットと言える。また、図6 のデータ表示には、チョッパーグループにより開発されたソフトウエア(Utsusemi)を使用しているが、こちらも基板ソフトウエアの共通化により効率的に利用することができた。