3月22日に起きたリニアックの電源不調により、4月6日までビーム停止となり、2012A は4月7日より開始された。
貞包浩一朗博士研究員、瀬戸秀紀教授らのグループは、日本物理学会第67回年次大会において第17回論文賞を受賞した。授賞対象となった論文は、K. Sadakane, H. Seto, H. Endo, M. Shibayama, "A Periodic Structure in a Micture of D2O/3-Methylpyridine/NaBPh4 Induced by Solvation Effect" (J. Phys. Soc. Jpn., 76, 113602 (2007))。水と3メチルピリジンを混合した溶液にテトラフェニルホウ酸ナトリウム塩を加えると、臨界点に近づくに従って青から緑、黄、赤と色が変わる現象を発見した。また塩濃度を高くするとより周期の短い構造が現れることを中性子小角散乱により示した。そして、この現象が塩を構成する陽イオンが親水性であるのに対して陰イオンが疎水性であること、それにより選択的な溶媒和が起こり、それが周期の長い規則的な構造を作る要因となっていることを明らかにした。
図1 物理学会論文賞授賞式にて。左から瀬戸、貞包、遠藤(JAEA)。
工事進捗状況
昨年の震災で大ダメージを受けたBL08長尺ビームラインの復旧工事が終了し、約一年ぶりに中性子ビームを受け入れた。ガイド管出口でのビーム強度を見積もると、震災前のビーム強度とほぼ一致している事を確認した。現在、オンビームによる装置本体の調整を進めており、実際の測定に関わるコミッショニング作業が急ピッチで行われている。
図2. 試料位置での中性子カメライメージ(左図)と中性子モニタデータ(右図)
工事進捗状況
昨年度導入した簡易回折計によるテスト測定を行った。L1(モデレータ〜試料位置)は設計通りの52mとし、L2(試料〜検出器)を想定の2mの半分、1m とした。分解能は、未調整データで想定内の0.5%を達成した。現在は、簡易回折系を撤去し、本設置用回折計の設置作業を進めている。5月上旬には完了する予定である。その後、真空排気システム等を導入し、夏季シャットダウン前に少しでもコミッショニング作業を進めるために準備を進めている。
図3. 簡易回折計によるdiamond回折図形(L1=52m, L2=1m, 90deg)
中性子寿命精密測定
MLF/ BL05では、TPC検出器を用い飛行中性子のベータ崩壊で生じる電子を捉えて中性子寿命を測定する実験が進行している。今年1月の供用開始から3月下旬にかけてTPC検出器の調整を済ませ、データの取得を開始した。
中性子寿命の精密測定では、いかに系統誤差を抑制するかが重要で、現在取得中のデータを用いて系統誤差のスタディーを進めている。本実験における系統誤差の要因として、崩壊電子に対するバックグランド・イベント、中性子ビーム強度の測定精度、検出器の時間的安定性などが挙げられる。バックグランド・イベントの主なものは、宇宙線、ガンマ線によるコンプトン電子、TPC検出器ガスの中性子吸収反応である。検出器外からのバックグランドは遮へいの強化や宇宙線ベトー検出器で減じているが、加えて、中性子ビームが数十センチ程度の長さになるようにスピン・フリップ・チョッパーで切り刻んで、中性子がTPC検出器内で存在する時間及び位置を定義して、データ解析によりバックグランドとの分離ができるようにしている(図4)。TPCガスの中性子吸収反応は、中性子ビームに同期しており、時間・位置情報からはシグナル・イベントと分離ができないため、TPC検出器のエネルギー・デポジットで同定する。しかし、中性子吸収反応の一部はエネルギー・デポジットだけではシグナル・イベントと十分に分離できないため、これらはTPC検出器のガス圧力を変えて、すなわちシグナル候補に含まれるバックグランドの割合を変えて見積もる手法を採用している。その他の系統誤差についても、現在取得中のデータやシミュレーション等により詳細な解析が進行中である。
図4. TPC検出器でとらえた3He(n,p)イベント。横軸は中性子飛行時間、縦軸はビーム軸に沿った位置。TPC検出器には、中性子ビーム強度をモニターするためわずかの3Heガスが混合してある。40 msごと(25 Hz)に生じるパルス中性子は、スピン・フリップ・チョッパーにより5つのバンチに切り刻まれており、縦斜めの濃い線はそれに対応している。スピン・フリップ・チョッパーは、中性子偏極用磁気ミラーと中性子スピン・フリッパーを組み合わせた装置で、高速で自在に中性子ビームを切り刻むことができる。現在の性能では、ビームON/OFFの比(コントラスト)が約400となっており、図のほぼ一様な背景(紫のドット)は、このコントラストによる。時間に依存しない900 mm付近の青い帯は、検出器下流に設置した中性子ビーム・ストップの不具合から生じているが、これは改善可能である。
1) 課題実施状況
SOFIA反射率計はRun#41(3/5-31)でプロジェクト課題4件(10日)、一般課題3件(5日)を実施した。ただし、3/22に起きたリニアックの電源不調によりプロジェクト課題3件(10日)が未消化のまま繰り越しとなった。
2) 装置開発状況
SOFIA反射率計では、試料環境の整備を急ピッチで進めている。昨年度末に温度調整セル、湿度調整セルの2種類が納品され、現在最終調整を行っている。
図2は湿度制御用のセルで、試料をセットする容器と加湿用の水槽を配管接続し、ポンプで蒸気を循環させることによって湿度の制御を行う設計になっている。試料用の容器と水槽はペルチェ素子を用いてそれぞれ独立に温度制御可能な構造となっており、0℃以下の低温から80℃程度まで制御することが可能で、相対的な温度差で湿度を調整する。一般的に湿度は高湿度ほど制御の難易度が高くなるが、テスト実験により相対湿度95%まで制御可能であることを確認している。
温度調整セルについては2つの加熱ステージに3インチのSi基板を2枚ずつ載せられる設計にしてある。それぞれのステージは熱的に切り離されており、独立に温度制御が可能である。これにより、片方の試料ステージに置いた試料を測定している最中にもう片方の試料ステージを温度変化させる、といったことが可能になり、測定の効率化に寄与すると期待できる。到達温度は200℃を超える予定で、現在PCによるリモート制御を行うためのプログラム整備を行っている。
図5. BL16用湿度調整セル
HRCでは震災復旧後、Run#40 - 42(1月24日 - 4月20日)において、順調に実験研究がすすめられている。
震災復旧作業に併せて、入射部コリメーターの設置、ガイド管の増強、計測ソフトの搭載、解析ソフトの改良、真空排気系の改良、500meVまで標準分解能を与えるフェルミチョッパーの設置等の分光器の高性能化も行なった。
入射部コリメーターの設置の設置により、これまで散乱角が10数°以下の領域にあったバックグラウンドノイズの低減に成功した。HRCでは散乱角が3°~42°に長尺の検出器が設置されていて、通常の非弾性散乱実験はこれを用いて行なわれる。コリメーションが2.3°のコリメーターを用いることにより、この散乱角領域でのバックグラウンドノイズが激減した。これまで、非弾性散乱スペクトルを測定するのに、空セルによるバックグラウンドの測定も行なって、試料からのシグナルからバックグラウンドの差し引きを行なっていた。コリメーターの設置により、空セルの測定をしなくても、十分解析に耐えるデータをとることができるようになった。
HRCでは散乱角が1°~-10°の小角領域にも検出器が設置されていている。この検出器を用いて、比較的高いエネルギーの中性子を入射することにより、多結晶試料を用いて、(000)から伝播する強磁性スピン波を観測できる可能性がある。コリメーションが0.6°のコリメーターを用いて、分散関係が既知である強磁性体La0.8Sr0.2MnO3のスピン波の観測を多結晶試料を用いて試みた。このコリメーターを用いてもこの検出器領域でのバックグラウンドは高く、さらなる低減が必要であるが、試料の温度変化からバックグラウンドの差し引きを行なうことにより、スピン波の散乱強度を確認した。これは、HRCがこの種の測定に有望であることを示すテスト実験である。
HRCでは線源から試料まで15mあるが、このうち、シャッター内及び生体遮蔽体内の4.6mの領域のみにこれまでスパーミラーガイド管が設置されていた。今回、それより下流の5.2mの領域にも新たにスパーミラーガイド管を設置した。それにより、エネルギーが100meVに対して3倍、50meVに対して5倍のゲインが中性子束に対して得られた。また、計測ソフトの開発により中性子計測と周辺機器の制御も自動化ができるようになった。上述のバックグラウンドの低減と併せ、HRCの性能向上を確認した。
以上の実験環境の下、HRCでは、軌道秩序が寄与するスピンパイエルス系Ti0Brのスピンギャップの観測、カゴメ格子反強磁性体Cs2Cu3SnF12の磁気励起の観測、二次元反強磁性体La1.66Sr0.33CoO4の磁気励起の観測、SmスクッテルダイトSmFe4P12のJ多重項の観測を試みた。また、HRCではじめての一般課題(実験代表者S. Li、中国科学院)を実施し、銅酸化物高温超伝導体YBa2Cu3O6.45(Tc=48K)の12meV付近の非整合磁気励起の観測を行なった。
"Formation of NaCl-type monodeuteride LaD by disproportionation reaction of LaD2"
A. Machida, M. Honda, T. Hattori, A. Sano-Furukawa, T. Watanuki1, Y. Katayama1, K. Aoki, K. Komatsu, H. Arima, H. Ohshita, K. Ikeda, K. Suzuya, T. Otomo, M. Tsubota, K. Doi, T. Ichikawa, Y. Kojima, and D.Y. Kim, accepted by Physical Review Letters.
装置バックグランド評価
中性子の物質透過率が高いためにバルク試料の測定が容易というメリットは、バックグランドを減らすための遮蔽が困難というデメリットでもある。BL21では、中性子源側に中性子遮蔽コンクリート、ビーム方向に約1mの厚さを有する鉄、ホウ酸レジン等の遮蔽を設置し、また真空槽内や検出器周りに炭化ホウ素レジンや炭化ホウ素入りゴム等を配置することで、バックグランドを減らす対策を施している(図6)。これは、BL21が、短波長中性子強度を損なわないために中性子源に近い位置に設置していること、高強度と低バックグランドの両立が必要という考えに基づく。
図6. BL21の上流遮蔽の構成
最近、検出器後方の遮蔽を強化することで、バックグランド対策に目処をつけることができた。図7に示すように、BL21で使用する波長範囲(0.12 Å以上)で、バックグランドレベルは試料からの強度の1/100以下である。シリカガラスの場合には、1/1000程度であり、試料量を現在の1/10程度、つまり100 mg程度にしても測定が可能であることを意味する。シリコン粉末についても、ブッラグピーク強度に比べると1万分の1程度である。また、ブラッグピークの裾野付近の強度と比べると1/100程度である。これは、0.1 mm厚さのバナジウム製試料容器からの散乱強度であり、次のバックグランド対策としては試料容器の改良が必要になることを意味する。
図7. 90度バンクでの装置バックグランド