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月例研究報告 5月

中性子科学研究系 月例研究報告 5月

2012年5月10日

1. 研究成果

【プレス発表】水素貯蔵基盤研究グループ

BL21(NOVA) 高強度全散乱装置の成果として、5/7 付けでプレスリリースを行った。

 

岩塩(NaCl)構造をもつレアアースメタルの水素化物を発見

・ J-PARC の中性子線とSPring-8 の放射光X 線を相補的に利用して、ランタン2 水素化物(LaH2)の高圧分解反応によって生成した新しい水素化物の結晶構造を解明。

・ 放射光で金属格子のみの構造を、中性子線で水素も含めた構造を調査。その結果、岩塩(NaCl)構造をもつ1 水素化物(LaH)の生成を発見、全ての金属中で唯一、希土類金属が3つの形態で水素を取り込むことを発見。

・ 水素と金属の相互作用の理解を進めることで、水素貯蔵メカニズムを解明し、水素貯蔵材料の高性能化を目指す。

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図1. 金属格子が面心立方構造で水素濃度が異なる3つの水素化物の構造。黄色が金属原子、水色が八面体サイトの水素、青が四面体サイトの水素を表す。

 

本プレスリリースの研究は、PRLにより受理されている。

"Formation of NaCl-type monodeuteride LaD by disproportionation reaction of LaD2"
A. Machida, M. Honda, T. Hattori, A. Sano-Furukawa, T. Watanuki1, Y. Katayama1, K. Aoki, K. Komatsu, H. Arima, H. Ohshita, K. Ikeda, K. Suzuya, T. Otomo, M. Tsubota, K. Doi, T. Ichikawa, Y. Kojima, and D.Y. Kim, accepted by Physical Review Letters.

http://www.kek.jp/ja/NewsRoom/Release/20120507150000/(KEKプレスリリース)

http://www.nikkan.co.jp/news/nkx0720120508eaak.html(日刊工業新聞)

http://news.mynavi.jp/news/2012/05/08/082/(マイナビ)

 

2. 研究グループの活動状況

(1) 構造科学グループ

【BL08(SuperHRPD)超高分解能粉末回折装置】

 装置コミッショニング作業を進めていたSuperHRPD は、データ収集用のパラメータの調整がほぼ終了し、実際の測定を行える段階に至った。様々な標準試料の測定を行い、Rietveld 解析により検証すると、震災前の解析結果と同等の解析結果を得る事が出来た(図2)。今後は、低温実験装置など各種試料環境装置のオンビーム・コミッショニングを行いながら、一般ユーザー課題を進めていく予定である。

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図2. 標準試料(NIST Si)によるRietveld 解析パターン

 

【BL09】

 ビームライン建設として、回折計本体の本設置を継続して行なっている。大きなものは搬入を完了し、内部遮蔽体などの取付・調整作業を開始している。

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図3. 回折計本体(上部スライド遮蔽体部からの写真)

 夏のロングシャットダウン中に設置予定のT0 チョッパーの工場検査を行った。仕様を満たしていることを確認し、インターロックシステム等の動作を検査することができた。

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図4. T0 チョッパー工場検査風景 (a)T0 チョッパー本体 (b)T0 チョッパー制御盤

 

(2) ソフトマターグループ

【BL16(SOFIA)高性能試料水平型中性子反射率計】

1. 課題実施状況

 SOFIA 反射率計はRun#42(4/9-31)でプロジェクト課題4 件(12 日)を実施した。

2. 装置開発状況

 SOFIA 反射率計では、試料環境の整備を急ピッチで進めている。昨年度末に温度調整セル、湿度調整セルの2 種類が納品され、調整がほぼ完了した。
 図1 は温度制御用のセルで、加熱板(表面を粗面加工したシリコン基板)2 枚が真空容器内に設置してある。加熱板はそれぞれエポキシ樹脂製の容器に入れて断熱してあり、別々のヒーターで独立に温度制御可能な構造となっている。これにより、測定と加熱を交互に行うことができ、測定時間のロスを減らすことができる。加熱可能な温度はエポキシ樹脂の耐熱温度(150-200℃程度)だが、近日中にさらに高い耐熱温度のものに取り替える予定で、これによって300℃程度まで加熱が可能になる見込みである。既にPC によるリモート制御を行うためのプログラムを整備しており、バッチ処理による自動測定も可能となっている。

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図5. BL16 用温度調整セル

 

(3) 水素貯蔵基盤研究グループ

【BL21(NOVA) 高強度全散乱装置】

水素貯蔵過程の時分割測定

 水素貯蔵材料の構造や水素を吸蔵放出する反応に伴う構造変化を調べるため、最大水素ガス圧力10 MPa、測定温度範囲 50 K〜473 K の制御を可能とする水素貯蔵放出測定装置(図6)を製作している。典型的な水素貯蔵材料であるLaNi5 を用いて、震災発生により中断していた検証を完了することができた。室温において、水素吸蔵過程の重水素ガス圧力-組成-等温(PCT)曲線を測定しつつ(図7)、いくつかの圧力条件を維持して中性子散乱測定を実施した(図8)。重水素圧力の上昇、すなわち材料中の水素組成の増加に伴い、水素固溶相、固溶相と水素化物相の2相共存、水素化物相と変化して行く様子が、回折ピークのシフトおよび新たな回折ピークの出現として観測された。さらに、イベント方式のデータ集積システムの特徴を生かし、水素ガスに試料を暴露した瞬間からの構造変化を観測することにも成功した(図9)。今後、様々な水素貯蔵物質における水素貯蔵・放出過程の観測に展開する予定である。

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図6. NOVA 水素貯蔵放出装置の機器構成の概要

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図7. LaNi5の室温における重水素ガス圧力-組成-等温曲線

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図8. 重水素ガス雰囲気におけるLaNi5の中性子散乱パターン。(1) ~ (6)の条件は 図7 に示す。

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図9. 重水素ガス雰囲気におけるLaNi5 構造変化の時間分割観測