2012B(平成24年11月~平成25年3月)の一般利用公募が、平成24年5月17日(木)~平成24年6月7日(木)の期間に行われた。2012Aを100件程度上回る約250件の公募があった。KENSの5台の装置に対しては、57件の応募があった。
SuperHRPDは3月23日に運転許可を受けた後、4月から装置コミッショニングを行った結果、震災前を上回る強度分布を達成し、ディスクチョッパー材質を変更することでバースト起因の構造を消すことに成功した。装置のバックグラウンドは、結晶性の高いSiでも試料+セルからくる散乱の1−2桁下程度に納まっている。一般ユーザー課題を開始した。現在、8mmφ検出器を用いた高分解能化、1K冷凍機の導入、超伝導マグネットの導入に向けた基本設計に取り組んでいる。
図1. 装置バックグラウンド(左:背面バンク、右:90度バンク)と結晶性の高いSiの回折パターン
SPICA の背面散乱バンクのみ検出器を設置し、6 月18 日から2 週間のオンビームコミッショニングを実施した。約432 本の一次元ヘリウム3 検出器各64ピクセルに対してタイムフォーカシング・パラメータを取得した。いくつかの標準試料、電池標準試料を測定するとともに、充電中のin situ 回折実験を行った。9 月4日にSPICA の完成式典を実施する予定で準備をしている。
図2. 得られたSiの回折パターン
図3. 全背面バンクで得られた標準試料の回折パターン
中性子寿命測定実験用スピンフリップチョッパーの高効率化
MLF/BL05 NOPビームラインでは、現在、中性子寿命の精密測定実験が進められている。中性子のベータ崩壊で生じた電子をTPC(time projection chamber)で検出することにより中性子寿命を測定する。この実験は、ガンマ線によるコンプトン電子や中性子の吸収反応に起因する荷電粒子など様々なバックグランド事象と崩壊電子を弁別することが重要で、そのために中性子ビームを長さ数十センチ程度の短いバンチに切り刻んで、中性子の存在位置を決定し、かつ中性子が検出器窓を通過する際に生じるガンマ線バックグランドを時間的に分離できるよう工夫している(図4)。中性子ビームをバンチ化するために、我々の実験ではスピンフリップチョッパー(SFC)を利用している。これは中性子のスピンを制御してビームをチョッピングする装置で、中性子のスピン方向に依存して反射率が変化する磁気スーパーミラーとRF磁場で中性子のスピン方向を制御するスピンフリッパーからなり、中性子吸収材を機械的に動かす機械式チョッパーに比べ高速動作が可能でビームの切れ目がシャープになるという特徴を持つ。
現在実験に使用しているSFCの効率を上げるため、シミュレーションを用いて位相空間内での中性子輸送を最適化すべく新たなデザインのSFC設計を進めている(図5)。現在までの検討によると、磁気スーパーミラーの大面積化に加え中性子ビームを集光することにより、中性子強度が現在の値に比べて10倍以上になる見込で、これはシグナル事象の統計を上げるだけでなく、S/N比が高くなるためデータの質も良くなり、実験精度向上への寄与は大きなものとなる。
図4. SFCによる中性子ビームのバンチ化
図5. SFCの新しいデザイン。「1st mirror, 2nd mirror, 3rd mirror」は磁気スーパーミラーで、中性子のスピン方向に依存してフィルタリングを行うとともにビームを水平方向に集光させる。最上流の「集光ミラー」は垂直方向の集光用。2nd mirrorと3rd mirrorの間に中性子スピンフリッパーが入る。
HRCでは4~7月のビームタイムにおいて、軌道秩序が寄与するスピンパイエルス系Ti0Brの磁気励起の探査、遷移金属酸化物YVO3の軌道波の探査、二次元ペロブスカイト型反強磁性体La1.66Sr0.33CoO4及びNd0.7Sr0.3NiO4の磁気励起の観測、同位体置換していないSmスクッテルダイトSmFe4P12のJ多重項及び結晶場の観測、マルチフェロイック物質Ba2CoGe2O7及び一次元磁性体SmCrGeO4の磁気励起の観測を試みた。また、一般課題(実験代表者:岩佐和晃、東北大学)を実施し、スクッテルダイト化合物Pr1-xCexRu4P14の結晶場励起の観測を行なった。
HRCでは、比較的高いエネルギーの中性子を入射し、散乱角が1°程度以下に設置された検出を用いて、いわゆるBrillouin散乱により、多結晶試料の強磁性体の(000)から伝播するスピン波を観測できるように装置整備を行なっている。試料直前にソーラーコリメーターを設置することによって入射ビームの発散角を制御し、この小角領域での実験が可能になった。バックグラウンド対策は引き続き必要であるが、多結晶の強磁性体La0.8Sr0.2MnO3を用いて、そのスピン波の測定に成功した。測定されたスピン波の分散関係は、すでに報告されている、単結晶試料を用いた中性子非弾性散乱実験の結果に一致した。また、この方法を用いて強磁性体SrRuO3のスピン波の検出に成功した。
POLANOで推進するサイエンスに関する研究会を6月8日に、POLANO建設の推進体制に関する打ち合わせを6月29日に、いずれも東北大学(仙台市)にて行なった。東北大学金属材料研究所中性子物質材料研究センター副センター長の折茂慎一教授が6月26日にMLF及びJRR3を視察した。装置建設のため、平成25年度概算要求に向けた作業をKEK及び東北大学の双方において実施した。
〖 研究成果 〗
"Anomalous spin diffusion on two-dimensional percolating network in dilute antiferromagnet Rb2Mn0.6Mg0.4F4", S. Itoh and M. A. Adams, J. Phys. Soc. Jpn. 81 (2012) 074704.
フラクタル構造をもつ二次元反磁性体Rb2Mn0.6Mg0.4F4のスピン拡散をISISに設置されたIRIS分光器を用いて測定した。一様系での拡散では、平均二乗変位が時間に比例し(<r2(t)>~t)、緩和関数が指数関数で表わされ、エネルギースペクトルがローレンツ型になる。異常拡散は緩和関数が指数関数からずれるものであり、フラクタル格子上のスピン拡散は、平均二乗変位が時間に比例しないために(<r2(t)>~t2/(2+θ))、異常拡散となる。これはフラクタル格子上の二点を結ぶ経路が制約されるために一様な格子上のランダムウォークに比べて急速に緩和時間が長くなるからである。定数θはフラクタル構造に関係したものである。単一粒子の拡散は自己相関関数<S0(0)S0(t)>で特徴づけられるが、このフーリエ変換は中性子非弾性散乱実験で観測される動的構造因子S(Q,E)をブリルアンゾーン全体のQについて積分したエネルギースペクトルS(E)として得られる。フラクタル格子上のスピン拡散の場合、系のフラクタル次元をDfとして、エネルギースペクトルはS(E)∝E-x(x=1-Df/(2+θ))となり、羃型になる。図6に示すように、TN(=10K)より十分高温の臨界散乱の影響を受けない温度領域では、エネルギースペクトルは羃型を示し、得られた指数(x=0.34±0.03)は理論値(x=0.34)に一致した。これに関係する研究はこれまでいくつかすすめてきたが、今回、二次元系単結晶の結晶軸と分光器との配置を選び、IRISの縦方向に長大な検出器系を用いることによって、ほぼ完全にブリルアンゾーン全体でQ積分を行なうことができ、厳密なエネルギースペクトルを測定することができた。この実験は日英協力事業で実施したものであり、この論文は今月出版された。
図6. 左図はフラクタル構造をもつ二次元反磁性体の概念図であり、青または赤が磁性原子を表わす。青は最近接相互作用で結合している磁性原子であり、フラクタル構造をとる。右図は、二次元反強磁性体Rb2Mn0.6Mg0.4F4で観測したスピン拡散のエネルギースペクトルS(E)。T=30~40Kの範囲でS(E)∝E-xでフィットできる。
一般利用課題
Run#43終了時点で、3件の一般利用課題を実施した。
アモルファス・セレンの構造解析
水素貯蔵材料における空隙の評価は、水素貯蔵メカニズムの理解に重要であるが、数Å程度の大きさの空隙の評価は容易ではない。これまで液体セレンに適用した方法を、アモルファス・セレンに適用し、空隙の評価を試みた。
測定したS(Q)の振幅の温度変化は予想通りであり、アモルファスでは液体と違って3つ目のピークのあとの谷にはっきりと小さい盛り上がりが観測された(図2-3-4-19)。この特徴は他の測定例を一致しており、S(Q)の測定と解析は妥当であることが実証された。液体セレンは、過去に高エネ機構中性子研究施設において測定したものである。
リバースモンテカルロ法にて構造モデルを作成したところ、鎖状のSeのつながりが見える。構造モデルの8000個のSe原子のうちほとんどが結合していることがわかった(図7)。また、空隙の大きさ分布を解析した結果を図8に示すが、液体と比べて小さいサイズ(~ 2.2 Å)の鋭いピークとなっており結晶に近い構造(螺旋鎖中心で環は少ない)示唆する結果となった。
図7. 右図)NOVAにより測定したアモルファス・セレン(a-Se)と液体セレン。(左図)リバースモンテカルロ法により構築したアモルファス・セレンの構造モデル
図8. RMCにより構築した構造モデルから評価した空隙の大きさ。
NOVAにおけるS(Q)の測定値を用いた構造モデリングにより、空隙の大きさの分布の評価が可能となった。今後、水素貯蔵材料をはじめ、さまざまな非晶質物質、液体の構造解析に適用して行く。