KENS

月例研究報告 9月

1. 共同利用状況など

【2012B一般公募】

 2012B(平成24年11月~平成25年3月)のMLF共用運転時間が97日となった。大学共同利用分として、57件の申請があり、46件が採択、7件が予備採択、5件が不採択となった。審査結果については、物構研運営会議で了承された。

【第6回サマーチャレンジ】

 物質・生命コースにおいて、演習課題M04「脂質膜の形・構造・相転移」および演習課題M05「結晶構造と物質の性質」の2テーマについて7日間の実習を行った。M04では、広島大・上野氏、群馬大・高橋氏の協力を得て、チョコレート油脂の多形転移(融点測定、X線回折)と品質制御とリン脂質ベシクルによるモデル細胞膜の構築(蛍光顕微鏡観察)を実施した。M05では、東北大学・岩佐、大山両氏の協力を得て、酸化マンガンとLiイオン電池正極材料の二つの物質を取り上げ、粉末X線回折による実験から結晶構造に対する理解を得た。また、磁化率の温度依存性(今回はこの測定はできなかった)と電気化学測定を行い、結晶構造と物性との関連を考察した。

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図1. サマーチャレンジの実習中の一コマ

 

(1) 構造科学グループ

【BL09(SPICA)特殊環境中性子回折装置】

 2012年9月4日、KEKとNEDO主催、京都大学共催、J-PARCセンター協賛でBL09 SPICAの完成披露式典を実施した。約150名の方が参加した。完成披露式典は13時からの記者会見に始まり、14時からBL09でのテープカットに引き続き、SPICAとMLFの見学、その後16時からIQBRCでの完成式典、最後は17時から披露宴で締めくくった。

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図2. 記者会見(左から、米村KEK准教授、神山KEK教授、野村KEK理事、古川NEDO理事長、小久見PL、山本NEDO部長、内本京大教授)

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図3. テープカット(左から、池田J-PARCセンター長、宮本経産省審議官、森本文科省審議官、古川NEDO理事長、野村KEK理事、吉川京大副学長、小久見PL)

 記者会見は椎名達也(J-PARC広報の司会でマスコミ5社の参加で実施、活発な質疑がなされた。テープカットは革新型蓄電池棟内で神山の司会で行われ、その映像はMLF会議室に中継され、多数の方がご覧になった。式典は山本(NEDOスマコミ部部長)の司会で、主催者側として機構長の代理で野村昌治KEK理事、古川一夫NEDO理事長による挨拶に始まり、来賓として文部科学省大臣官房の森本浩一審議官、経済産業省製造産業局の宮本聡審議官が列席され、SPICAに対する期待の言葉を頂いた。その後、小久見善八PLによるRISINGプロジェクトの説明、池田裕二郎J-PARCセンター長によるJ-PARCとMLFの説明、神山崇教授によるSPICAの説明が行われた。披露宴は山田和芳物構研所長の司会で実施され、榊真一茨城県副知事、村上達也東海村村長、小島啓二日立製作所常務が列席され、お祝いと期待の言葉を頂いた。更に、永宮正治前センター長、小久見PLによる挨拶で締めくくった。
 なお、東海駅、IQBRC、MLFの移動には大型バス4台と公用車を用い、バス内では事前に製作したSPICAのPRビデオを流した。

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図4. テープカットに引き続き行われた見学の様子

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図5. SPICA完成披露式典及び祝賀会の様子

 

(2) 中性子光学研究グループ

【BL05(NOP)中性子光学基礎物理測定装置】

中性子ガイド管増設によるビーム強度の増強

 BL05では、夏期の加速器シャットダウン期間を利用して、ビーム強度増強のための中性子スーパーミラーガイド管増設を行った。
 BL05中性子基礎物理ビームラインは、一本のビームラインを、上流部に設置した中性子スーパーミラーベンダーにより分岐し、各々特徴のある三本の冷中性子ビーム(低発散、非偏極、偏極)を実験エリアまで導いている。中性子実験で、一般に大きなバックグランドの原因となる高エネルギー中性子や中性子源からの即発ガンマ線は、実験エリアの上流におかれたビームダンプにより吸収されるため、実験エリアの放射線量は低く、中性子による基礎物理研究で要求される低バックグランドの実験環境を実現している。このビームダンプは厚さ4 mで、中性子を減速吸収するホウ酸レジン、鉄、およびコンクリートからなり、スーパーミラーベンダーで分岐、湾曲された三本の冷中性子ビームは、本来の中性子ビーム軸に対して左右方向及び上方向に曲げられてビームダンプ内を通過してくる。今回、三本のビームブランチのうちのひとつ、非偏極ビームブランチのビームダンプ通過用真空ダクト内に長さ4.2 m、m = 3*のスーパーミラーガイド管を設置した。
 非偏極ビームブランチでは、超冷中性子(UCN)の発生およびリバンチャーと名付けられたUCN位相密度制御装置の実証実験を計画しており、今回のスーパーミラーガイド管設置により、UCNに変換される前の極冷中性子(VCN)強度が50倍以上になる予定である。
(*m値はスーパーミラーの中性子反射臨界角を示す指標で、ニッケルのそれを基準(m = 1)としている。)

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図6. スーパーミラーガイド管の設置作業(左)と設置が完了した非偏極ビームブランチ(右)

 

(3) ソフトマターグループ

【研究成果】

イオン液体の溶媒中での凝集構造

 イオン液体である硝酸イミダゾリウム(C12mim+NO3-)の溶媒中での凝集構造を調べるため、中性子小角散乱(SANS)とNMR、及び電気伝導度測定を行った。溶媒としては水とベンゼンを用いて、極性溶媒と非極性溶媒による違いを明らかにしようと試みた。電気伝導度測定の結果からは、水に対しては明確な臨界ミセル濃度が観測できたが、ベンゼンに対しては電気伝導度が単調に増加することが分かった。一方SANSの結果によると、水の中ではQ=0.05&#197-1付近にピークを持つプロファイルになる(図 7)のに対して、ベンゼンを溶媒とした場合にはOrnstein-Zernike型の散乱が得られた(図 8)。以上の結果から、このイオン液体は水の中ではカチオン性界面活性剤と同様に球状ミセルを形成するのに対して、ベンゼン中では不定形のクラスターを形成することが分かった。以上の結果は、T. Takamuku et al., Phys. Chem. Chem. Phys., 14, 11070 (2012)により発表された。

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図7. SANS profiles of C12mim+NO3-/D2O solutions at various IL concentrations.

 

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図8. SANS profiles of C12mim+NO3-/C6D6 solutions at various IL concentrations.

 

水面上におけるリン脂質とタンパク質の凝集構造

 水面上に展開したリン脂質DPPCとウシ血清アルブミン(BSA)の凝集構造を、表面圧測定とX線反射率測定により調べた。BSAはpHが4.8付近に等電点を持つが、カルシウムイオンが存在する場合にはpH4.0から9.0の広い範囲でDPPCとの凝集体を作ることが分かった。この結果は、S. Kundu, H. Matsuoka, H. Seto, Col. Surf. B: Biointerfaces, 93, 215(2012) により発表された。 

【BL16(SOFIA)高性能試料水平型中性子反射率計】

BL16で行われた実験に関して、以下の成果発表があった。
K. Mitamura, N. L. Yamada, H. Sagehashi, N. Torikai, H. Arita, M. Terada, M. Kobayashi, S. Sato, H. Seto, S. Gokou, M. Furusaka, T. Oda, M. Hino, H. Jinnai and Atsushi Takahara, "Novel Neutron Reflectometer SOFIA at J-PARC/MLF for In-Situ Soft-Interface Characterization", Polymer J., accepted.

 

(4) 量子物性グループ

【国際会議】

 7月のJ-PARCビームタイム終了後すぐに重要な国際会議、「9th International wrokshop on Polarized Neutrons in Condensed Matter Investigations (PNCMI)」と「The 19th International Conference on Magnetism (ICM)」が開催され、量子物生グループからこれまでのいくつかの成果報告が成された。フランスで開催されたPNCMIは偏極中性子を利用した技術開発と物性研究に関するワークショップである。J-PARCにおける唯一の偏極中性子に特化した分光器、偏極中性子散乱装置の建設を推進している当グループでは非常に重要な情報交換の場であり、当該装置の設計や建設状況、また偏極子および検極子の性能などについて2件の成果発表と議論を行った。続くICMは磁性に関する国際会議で、韓国において開催された。本会議では以下に挙げる三件の成果報告が成された。
1) Anomalous Spin Diffusion on the Two-dimensional Percolating Network in Rb2Mn0.6Mg0.4F4 : S. Itoh
希釈反強磁性体Rb2Mn0.6Mg0.4F4のスピン拡散がパーコレーションネットワーク上のランダムウォークとして記述できることを高エネルギー分解能の中性子非弾性散乱実験で明らかにした。
2) Neutron Inelastic Scattering on Spin-Peierls System TiOBr : T. Yokoo
軌道秩序によってスピンパイエルス転移が誘起されることが示唆されているTiOBrについて、スピンパイエルス転移の直接証拠となるスピンギャップ状態の観測を行った。E=6meV近傍に二量体モデルで良く近似できる励起を観測し、7Å程度の相関長を有することが明らかになった。
3) Detection of Orbital Wave in YVO3 Using Inelastic Neutron Scattering : D. Kawana
軌道秩序を示すことが知られているYVO3において、中性子非弾性散乱による軌道波の直接観測を試みた。軌道秩序転移前後の温度でスペクトルの差分をとることにより、理論計算から予測されている軌道波励起の性質を説明出来ることを示した。

【BL12高分解能チョッパー分光器(HRC)】

 夏期のビーム停止期間を利用して、装置の震災復旧とアップグレードを行っている。検出器の増設、チョッパー類の制御やセンサーの改訂、検出器バンクの改造、DAQソフトウェアおよび解析ソフトウェアの改訂などを行い、10月からのビーム再開に向けた高度化が整いつつある。またビーム実験の本格化に伴い、試料環境の整備も併せて推進している。縦磁場14Tクライオマグネットが共同運営をしている東京大学によって導入され、現在試験を行っている。また、冷凍機の整備、バックグラウンドノイズの対策として前置コリメーターの開発など急ピッチで進んでいる。

【BL23偏極中性子散乱装置(POLANO)】

 POLANOに関する設計・建設を引き続き推進している。特に、シャッター内ガイド管・生態遮蔽内ガイド管の設計製作、遮蔽体発注に向けた遮蔽計算が大詰めを迎えている。同時にデバイス開発も進めており、特に重要なデバイスの一つである相関ディスクチョッパーの実現性が概ね検証された。本装置を用いた学術研究推進のありかたやプロジェクトの体制についての議論も行っており、9月にも議論を予定している。

 

(5) 水素貯蔵基盤研究グループ

【BL21(NOVA) 高強度全散乱装置】

 取得済みデータの解析、水素ガス雰囲気試料環境装置の改良、データ処理ソフトウエアの改良、データ集積計算機システムの更新、KEK中央計算機へのバックアップ手順・速度の検討、試料作製等を行った。

 

(6) KENS-DAQグループ

 KENS DAQグループでは将来のMLFの1MW運転に向けて検出器の開発を行なっている。中性子ビームの大強度化に伴って、高計数率に対応し、より計数空間分解能をより上げた2次元の検出器が求められている。これに対応するため、2次元検出器の開発を進めており、中性子検出に最適化したGEM検出器の設計、MPPCを用いた2種類の検出器(M-PSD, M-Pix)の評価を行なっている。

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 中性子実験では単に中性子を計測するだけではなく、実験条件に応じて試料環境を変化させる必要がある。そのために中性子実験に於ける試料環境制御も整備も進めている。その第一段階として、試料環境制御を担っている計測器からの信号をイベント形式の形で取り込むための専用モジュール(TrigNET)の開発を進めている。各分光器に特化した形で2種類のモジュールを製作し、更に機能を高めたモジュールの設計を進めている。
 DAQでは数多くのPCを使用しているが、その管理・運用を簡略化するための方策も進めている。DAQを構成するPCでは使用しているソフトウエアの開発に応じて、ソフトウエアのバージョンアップや新規ソフトウエアの導入・動作検証が頻繁に行われているが、多数のPCに対してその環境を個々に構築していくことはかなりの労力と時間を要する。そこで、導入環境を容易に変更できるようにネットワークを通してPC構築を行えるNetBoot対応を進めている。今後、検証システムでの確認を進め、各分光器への導入をはかっていく予定である。