KENS

KEK

月例研究報告 1月

1. 共同利用状況など

【S型課題審査】

 12/19に第35回物質構造科学研究所中性子共同利用実験審査委員会が開催され、1件の新規課題の採択と8件の継続課題が承認された。

2. 受賞

【オレオサイエンス賞受賞】

 山田 悟史(のりふみ)KEK物構研助教、および菱田 真史(まふみ)筑波大学数理物質系 助教が第11回日本油化学会オレオサイエンス賞を受賞した。この賞は日本油化学会が刊行する学会誌オレオサイエンスに掲載された総説の中から特に優れたものに授与されるもので、本受賞は中性子と放射光を組み合わせて行った一連の研究「添加剤により誘起される巨大単層膜ベシクルの形成メカニズム」に関する総説が認められたことによるものである[山田悟史, 菱田真史, オレオサイエンス 11 (2011) 205-211]。
 なお、詳細については以下の物構研トピックスにて報告済みである。
 http://www2.kek.jp/imss/news/2012/topics/121016Oleo-Award/index.html

【中性子科学会受賞】

 本中性子科学会が授与する、奨励賞、技術賞、President Choice(論文賞)にKEKの研究者8名が受賞した。
 中性子科学に関して優秀な研究を発表した若手研究者に授与される奨励賞には、KEKの物質構造科学研究所(物構研)の貞包浩一朗氏、京都大学原子炉実験所の小野寺陽平氏(物構研 協力研究員)が、中性子科学の技術的発展に顕著な貢献をした者に授与される技術賞には、グループの一人として物構研の米村雅雄氏と、KEKの素粒子原子核研究所の安芳次氏、仲吉一男氏、千代浩司氏のグループが受賞した。
 また、日本中性子科学会の学会誌「波紋」に掲載された論文のうち、特に優れた論文に授与されるPresident Choiceとして瀬戸秀紀氏(物構研)、日野正裕氏(京都大学原子炉実験所)、山田悟史氏(物構研)の共著論文が選出された。

 

(1) 構造科学グループ

【S型課題報告会&予備審査会】

 BL08(SuperHRPD)とBL09(SPICA)に関するS型課題報告会&予備審査会を合同で12月14日に開催した。S05(粉末構造解析法の開発と機能性物質の構造科学研究)、S10(特殊環境中性子回折装置を使った蓄電池材料の構造学的研究)であり、BL08、BL09の現状と研究計画について報告と質疑が行われた。また、iMATERIA現状報告とKEKで開発中の結晶構造解析ソフトウェア群Z-Codeの現状報告が行われた。

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【BL09(SPICA)特殊環境中性子回折装置】

 2011年3月11日の東日本大震災から間もなく2年目を迎えようとしているが、震災の影響による新たな破損が発生した。BL09が設置されている革新型蓄電池研究棟は、震災により建屋下部に土砂の流出による空洞ができてしまったため、施設部の緊急対応でモルタルが注入されていたが、建屋沈降はその後も進行しており、中性子を輸送するスーパーミラーガイド管の真空リークを引き起こした。
 昨年末(2012年末)のビームタイム終了後、スーパーミラーガイド管の真空排気を停止したが、翌日には大気圧になる異常が発覚した。新年になり、ガイド管を真空に引き直す操作を行った際に真空リークが確認された。MLF建屋と革新型蓄電池研究棟の建屋境界付近の遮蔽体を取り外して、ガイド管を目視した。(写真上2枚)
 ガイド管は、スーパーミラーの周りをSUSのジャケットで覆っている構造となっている。真空は、SUSのジャケット同士をシリコーンゴムによりシールする方法で保たれているが、このシリコーンゴムが剥離していることが確認された。上流側ガイド管を基準に下流側ガイド管の位置を確認したところ、鉛直方向に3.5mm、BL10側に3.0mmずれていた。緊急対応として、該当場所のシリコーンゴムを取り外し、新たにシリコーンゴムを塗布する手法を採用した。1/15にゴムの硬化を待って真空引きできることを確認し、Run46の開始から1日遅れて実験を開始した
 建屋の不等沈降は予想されていたので、シリコーンゴム塗布によるシール方法の開発を行っていたが、その結果、多少の変動はゴムが吸収し、大きな変動でもジャケットを損傷することがなかった。一方、2011年12月に高精度で並べられていたガイド管は、2013年7月末からのロングシャットダウン中に再アライメントが必要となる。今後も定期的な建屋レベルの変化の確認が必要であることを再認識させられた。

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写真 上左右:MLF建屋と革新型蓄電池研究棟の建屋境界付近のスパーミラーガイド管。下左:剥離したシリコーンゴム、下中:鉛直方向3.5 mmのずれ、下右:水平方向3.0 mmのずれ。

 

(2) ソフトマターグループ

【成果報告】

 山田悟史助教は人工的に作成した摸倣生体膜の小胞(ベシクル)が温度変化によって開口し、平板状(ナノディスク)に変形した後、ナノディスク同士が融合して再びベシクルへ変形することを発見、東京大学物性研究所附属中性子科学研究施設の中性子小角散乱装置SANS-Uを用いたナノスケールの構造観察により、その仕組みを明らかにした。
本成果は2012年12月10日(現地時間)に、米国の科学雑誌Langmuirオンライン版にて公開[N. L. Yamada, "Kinetic process of formation and reconstruction of small unilamellar vesicles consisting of long- and short-chain lipids", Langmuir, in press]された他、物構研のトピックス記事 [http://www2.kek.jp/imss/news/2012/topics/121211vesicle/index.html] として掲載されている。

【BL16ソフト界面解析装置SOFIA】

課題実施状況

 SOFIA反射率計はRun#45(11/21-12/27)でプロジェクト課題8件と一般課題5件を実施した。一般課題のうち2件は先月整備したばかりの自由な液体表面からの反射率測定であったが、測定は滞りなく終了した。

 

(3) 量子物性グループ

【BL12高分解能チョッパー分光器(HRC)】

 HRCでは、比較的高いエネルギーの中性子を入射し、散乱角が1°程度以下に設置された検出器を用いて、いわゆるブリルアン散乱実験により、多結晶試料の強磁性体の(000)から伝播するスピン波を観測できるように装置整備を行なってきた。また、HRC では散乱角が3°-40°の領域に長尺の検出器(PSD)が配置され、通常の中性子非弾性散乱実験はこの検出器群を用いて行なっている。散乱角が小さい領域での中性子散乱実験の実現のためには、実験試料直前にコリメーターを置いて、入射中性子ビームの発散角を制御することが本質的である。図1は厚さ0.1mmのCdシートで製作したコリメーターである。上下2 個のコリメーターがあるが、上部はコリメーションが0.3°、下部はコリメーションが1.5°であり、どちらか一方のコリメーターを選択して、モーター制御でエレベーター式に移動し、入射中性子ビームライン上に配置することができる。コリメーション0.3°のコリメーターは散乱角が1°程度以下に設置された検出を用いるブリルアン散乱実験用であり、1.5°のコリメーターは散乱角3°以上の長尺検出器を用いた通常の中性子非弾性散乱実験用である。これらのコリメーターはそれぞれの種類の実験に対して、バックグラウンドノイズの低減に極めて効果的である。
 多結晶の強磁性体La0.8Sr0.2MnO3を用いて、そのスピン波の測定を行なった。測定されたスピン波の分散関係は、すでに報告されている、単結晶試料を用いた中性子非弾性散乱実験の結果に一致した。また、この方法を用いて強磁性体SrRuO3のスピン波の検出にはじめて成功した。これらの実験は、HRCにおけるブリルアン散乱実験により、多結晶試料の強磁性体のスピン波の分散関係を測定することができ、スティッフネスコンスタントとエネルギーギャップが決定できることを示すものである。物質構造科学研究所が取り組んでいる元素戦略プロジェクトのうち磁性材料分野では、ネオジム磁石の特性評価に取り組んでいる。HRCのブリルアン散乱実験によりネオジム磁石Nd2Fe14Bの多結晶試料からのスピン波を検出した。HRCのデータからのスティッフネスコンスタントとエネルギーギャップの決定に向けて、実験をすすめている。また、ブリルアン散乱実験は、非晶質物質や液体のフォノンの音響モードを測定する手段としても知られている。HRCにおいて重水(液体D2O)のブリルアン散乱実験を行ない、既に報告されているものと同一の非弾性散乱スペクトルを確認した。HRCのブリルアン散乱実験は、強磁性体のみならず、非晶質物質・液体の集団励起モードの観測にも有用であることが示された。

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図1. HRCの入射部コリメーター。上部はコリメーション0.3°、下部は1.5°。

 

(5) 水素貯蔵基盤研究グループ

【BL21高強度全散乱装置NOVA】

課題実施状況

 Run#45(11/21-12/27)でプロジェクト課題8件と一般課題6件を実施した。

論文発表

 BL21で行われた実験に関して、以下の論文発表をした。
 "From antiferromagnetic insulator to ferromagnetic metal: Effects of hydrogen substitution in LaMnAsO", Taku Hanna, Satoru Matusishi, Katsuaki Kodama, Toshiya Otomo, Shin-ichi Shamoto, and Hideo Hosono, PHYSICAL REVIEW B 87, 020401(R) (2013)