高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所が運営するJ-PARC/MLF中性子実験装置群(BL05、BL08、BL12、BL16、BL21)で実施する2013 A一般利用課題の採否が決定した。申請数28件、採択数16件、予備採択数6件、不採択1件であった。
2013年3月31日までに、2012B期の一般課題をすべて終了することができた。
BL09 SPICAでは、複数のセルに対して電気化学測定を連続で実施し、その反応中の構造変化をとらえるin situ測定を実施する計画であり、そのため、機械工学センターと共同でin situ測定用自動試料交換機を開発した。機械工学センター長山中先生の主導で設計は同センター川又氏が担当した。製作業者が決まってからは、機械工学センターの主導で、我々と業者の連携が進み、製作業者の技術力を使って、従来にない交換機を製作できた。
図1. in situ測定用自動試料交換機。(左:全体像、右:試料搬送部像)
SuperHRPD(BL08)、SPICA(BL09)、PLANET(BL11)、TAKUMI(BL19)、iMATERIA(BL20)、NOVA(BL21)を利用したユーザーを対象にZ-Codeの講習会を3月11,12日(東京研修センター)に実施した。講習会ではリートベルト解析ソフトウェアZ-Rietveld,マキシマムエントロピー法の計算ソフトウェアZ-MEMや視覚化ソフトZ-3Dなどについて、実習を含めた解説を行った。現在、ユーザーを対象にZ-RietveldのMac OS X版(ver.0.9.40.3)とWindows版(ver.0.9.37)を配布している(問い合わせはpjzcode@gmail.comまで)。
課題実施状況
SOFIA反射率計はRun#47, 48(2/8-3/10)でプロジェクト課題7件と一般課題4件を実施した。
また、液体表面に単分子膜を作成する装置Langmuirトラフについて重水表面に浮かべたステアリン酸の単分子膜についてテスト実験を行った。先月行った実験ではステアリン酸のコントラストが弱かったため、今回は重水素化物との混合物(重水素化物:軽水素化物=1:1)を用いて実験を行ったところ、明瞭な干渉を観測することができた。フィッティングにより解析した結果、ステアリン酸の分子長とほぼ等しい厚み(約2 nm)を有する単層膜が形成されていることが確認された。ただし、中性子がトラフに当たることによってバックグラウンドのレベルが通常よりも1桁ほど高くなっており、これよりも高いQ領域を観測することができなかった。今後はバックグラウンドを下げるような工夫を加えていく予定である。
図2. 液体表面に単分子膜を作成する装置Langmuirトラフのテスト実験。重水表面に浮かべたステアリン酸の単分子膜の形成が確認された。
Cuフォノン測定
HRC分光器を用いたCuフォノンのS(q,ω)を、Cu単結晶試料を回転させることにより、幅広いq-ω空間で測定を行った。Cu単結晶は0.7cm×2cm×3cmであり、東北大山口氏により作製された。測定条件は、以下のとおりである。加速器300kW運転、Ei=102.9meV、試料回転角間隔(Δψ)1度、試料回転角(ψ)範囲0-90度、1試料回転角あたりの測定時間10~15分、総測定時間1日。測定データをエネルギー固定で切り出した図と、波数ベクトル固定で切り出した図を図3に示す。データは、ほぼ過去の文献[1]を再現しており、四季において同じ試料を用いて測定されたデータともコンシステントであった。HRC分光器において、試料回転によりS(q,ω)を測定することが可能であることが明らかとなった。この測定は、東大益田氏(HRC-S型課題共同実験代表者)が実施したものである。
[1] E.C. Svensson et al., Phys. Rev. 155, 619 (1967).
図3. HRCによるCu単結晶のフォノン測定結果。
一般課題実施
Run #47において、6件の一般利用課題を実施した。
水素ガス雰囲気下実験用耐圧容器開発
現在NOVAでの測定では、10 MPaを最高圧力とするガス雰囲気下での中性子回折実験を行うため、サファイヤ製の試料容器を使用している。リートベルト解析による粉末構造解析を行う上では、試料容器からのバックグラウンドは十分に低いレベルにあり、中性子回折プロファイルはバックグラウンドが最も低いバナジウム製容器の場合とサファイヤ製容器の違いはほとんど区別がつかない。得られた中性子回折プロファイルをフーリエ変換することで得られる2体分布関数は、金属−水素原子間相関を分離できるなど、水素貯蔵材料の研究において重要な役割を果たす。これはNOVAの性能を最も生かす解析である。図4に標準試料(シリコン粉末)をサファイヤ製容器、クオーツ製容器、バナジウム製容器の各容器に入れて測定した中性子回折プロファイルとフーリエ変換により得られる2体分布関数を示す。サファイヤ製容器の2体分布関数は、常圧用バナジウム製容器のものと比較して明らかにピークがブロードになっている。これは小さな格子面間隔の領域のバックグラウンドがサファイヤ容器では高いことに起因している。このバックグラウンドを下げることで、さらに下限値を小さくし、かつ位置精度を上げることが可能である。バックグラウンドを下げるための方策として、クオーツの耐圧試料容器(1 MPa)を検討した。その結果、サファイヤ製の3倍、バナジウム製容器で半分程度の位置精度を得られる事がシリコン粉末実験により実証できた。常圧用バナジウム製容器を用いた場合の位置精度は、約0.01 Å程度である。そこで、10 MPa耐圧性能を有するバナジウム製容器を製作したところ、4倍耐圧試験(図5)をクリアすることができ、11 MPaでの常用を可能とする目処が立った。
なお、バナジウム製容器については、500 ℃で12時間高真空保持するなどの活性化処理を行わなければ水素は吸蔵しないと考えているが、容器内表面にメッキを施すことで容器の水素吸蔵による脆化を避ける対策を講じた上で、実証試験が必要である。
図4. 中性子回折プロファイル(図5)をフーリエ変換して得られた2体分布関数とフィッティング結果。上図より、サファイヤ製容器、クオーツ製容器、およびバナジウム製容器を用いた場合に対応する。容器の違いが顕著である。
図5. バナジウム製容器の耐圧試験の様子。