J-PARCハドロン実験施設における放射性物質の漏洩事故のため、2013年度後期(2013B)の課題公募の締め切りを、当初予定していた6月7日から、今後の予定が明らかになるまで延長することとした。
状況スピン3/2反強磁性交替鎖を持つ114SmCrGeO5の磁気励起
量子スピン系での重要な現象の1つが、非磁性なスピン1重項基底状態と、その励起状態との間のエネルギーギャップ(スピンギャップ)の発現である。スピンの大きさが1/2または1の場合は多くのモデル物質が見つかっているが、スピン3/2のモデル物質は見つかっていない。結晶構造からSmCrGeO5のスピン系が、上記の現象を示し得る反強磁性交替鎖であると期待できるので、HRC(BL12)を用いて114SmCrGeO5粉末試料の磁気励起を観測した。7.8 Kで15から25 meVの間に励起が観測された。励起強度は、低Qで大きく、温度上昇にともない小さくなるので、主として磁気励起であると考えられる。よって、スピンギャップを観測したことになる。富安らによって開発された変換法によって、スピン鎖方向に対応する散乱ベクトルQ1Dと散乱エネルギー平面での非弾性中性子散乱強度分布を計算した。なお、鎖内のCr-Crの平均距離dを用いて、Q1D=Qd/2πと規格してある。結果を図. 1に示す。Q1D = 0.5で強度が強く、反強磁性鎖であることと一致する。白線は である。スピンギャップの値は18.6 meVと評価した。この研究は長谷正司氏(NIMS)がHRCで行なった実験の成果である。
図1. ω-Q1D平面での114SmCrGeO5粉末の7.8 Kの非弾性中性子散乱強度分布。入射中性子のエネルギーは91.6 meVである。
課題実施状況
SOFIA反射率計はRun#49(5/15-5/24)でプロジェクト課題1件と一般課題2件を実施した。その後、S型課題9件、一般課題10件が未実施のままJ-PARCのビーム停止となった。
短期招聘研究員
5/14より、ブリュッセル自由大学よりMichele Sferrazza教授を招聘し、SOFIA反射率計を用いたリン脂質ナノディスクの表面吸着に関する共同研究を行っている。実験は5月のマシンタイムで無事消化し、招聘期間は7月までにデータ解析と論文執筆を行う予定である。
水との接触による自発的な高分子ブラシの形成
材料の表面に高分子を高密度に修飾した「ポリマーブラシ」は防汚性などの高い機能性を有しているが、作成が困難であるという問題を抱えている。一方、高分子の薄膜に両親媒性ブロックコポリマーと呼ばれる高分子を添加しておくと、水に接触させるだけで表面に偏析し、ブラシ構造を形成することが期待される。東大の横山グループは、水に接触させた際に高分子ブラシが形成されることを確認するためにSOFIA反射率計を用いて水と高分子薄膜の界面を評価し、自発的に高分子ブラシが形成されることを確認した。また、最適化された条件では通常の方法で作成したブラシの10倍程度の非常に高密度なブラシが形成されることが明らかになった。このブラシは自発的に形成されるため、傷が付いても再形成される「自己修復材料」として応用できると期待できる[M. Inutsuka, N. L. Yamada, K. Ito, and H. Yokoyama, Macro Lett. 2, 265-268 (2013)]。
図2. 中性子反射率測定により明らかになった自発的表面偏析の模式図。
SuperHRPDグループでは、KENS DAQグループが開発した8mmPSDの実証テストを行った。詳細なデータの解析は現在進行中であるが、良質なデータの収集が可能であることが確認できた。本年度後期に予定されている本格的な8mm検出器システムへの換装へ向けて、検出器回路の微調整・最適化を進めていく。
図3. 8mmPSD
SPICAでは、不感検出器の交換等、メンテナンス作業をRun#48とRun#49の1週間で行った。また、入射ダクト周りを小規模に改造し、バックグランドの低減等の高度化作業を同時に実施した。結果として、高分解能回折図形が得られる背面バンクにおいて最大約35%のバックグランド低下の効果があった。下記の図は、入射中性子強度で規格化した。コミッショニング中にさらに高度化を実施ながら、回折図形の精度を上げていく予定である。
図4. バックグラウンドの比較。
BL09では、in situによる連続的な電池内部での構造変化を調べることが装置としての目的の一つである。昨年度納品されたin situ用自動試料交換機の微調整が終了し、オンビーム環境下でのテストを開始した。まず10個の試料がすべて交換できることを確認した。さらに、実際に測定位置にアームを伸ばしバックグランドを測定し、交換機固有のバックグランドが発生しないことを確認した。今後、この交換機を利用して順次測定していく。
水素ガス雰囲気下実験用耐圧容器開発
水素ガス雰囲気下実験用耐圧容器開発 NOVAでは最高圧力10 MPaの(重)水素ガス環境下によるその場中性子散乱実験において単結晶サファイア製の試料容器を使用している。試料容器からのバックグラウンドは十分に低く、単結晶サファイアのピークを取り除くことにより粉末試料の平均構造(Rietveld)解析が可能であるが、小さな格子面間隔の領域におけるピーク除去が不十分であるため、中性子回折プロファイルのフーリエ変換である原子対相関関数の局所構造(PDF)解析を精度よく行うことは難しい。そこで、耐圧用バナジウム製容器を設計して常用11MPaで使用可能な試料容器を開発し、構造解析の精度を比較した。耐圧バナジウム製容器(図5)、単結晶サファイア製容器、大気圧バナジウム製容器に入れて室温下の試料交換機で測定した標準試料(シリコン粉末)の中性子回折プロファイルと原子対相関関数の平均および局所構造解析結果を図6および図7に示す。耐圧バナジウム製容器の平均構造解析は他の容器の結果と同等であり、局所構造解析では単結晶サファイア製容器よりも高い位置精度で大気圧バナジウム製容器と同程度の解析が可能であることがわかった。耐圧バナジウム製容器は100℃において10MPaの水素を保持した後でも変質やガス漏えいがないことを確認しているが、測定試料との反応性を確認しながら慎重に実験を行う必要がある。また、様々な試料との反応性や実験条件を考慮して複数の試料容器を選択できることが望ましいので、単結晶サファイア製容器の構造解析精度の向上にも取り組んでいく。
図5. 室温試料交換機に設置された耐圧バナジウム製容器。
図6. 耐圧バナジウム製容器、単結晶サファイア製容器、大気圧バナジウム製容器で測定した標準試料(シリコン粉末)の中性子回折プロファイルと平均構造(Rietveld)解析結果。
図7. 耐圧バナジウム製容器、単結晶サファイア製容器、大気圧バナジウム製容器で測定した標準試料(シリコン粉末)の中性子回折プロファイルから導出した原子対相関関数と局所構造(PDF)解析結果。