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月例研究報告 7月

1. 共同利用状況など

【 2013B一般利用公募 】

 J-PARCハドロン実験施設における放射性物質の漏洩事故のため、2013年度後期(2013B)の課題公募の締め切りを、当初予定していた6月7日から、7月8日まで延長することとした。

 

(1) 量子物性グループ

【BL23偏極中性子散乱装置POLANO】

偏極中性子非弾性散乱の新展開 − J-PARC/POLANOが拓く新しい物質科学 −

 標記の研究会が、6月12 - 13に東北大学金属材料研究所にて、金研ワークショップとして開催された。 現在、KEKと東北大が連携し、J-PARC/MLFのBL23に偏極度解析分光装置POLANOの建設を急ピッチで進めている。POLANOは世界的にも先進的な偏極中性子専用の非弾性散乱分光器であり、平成27年度の完成の暁には、ついに偏極中性子非弾性散乱が実用的な強度で可能になり、磁性研究を中心に新しい研究の展開が期待できる。この大きな進展の時期に、関連分野の専門家の講演をとおして、中性子偏極技術や偏極中性子散乱法の新しい可能性を議論し、更に、偏極中性子散乱の物質材料科学研究への新しい適用方法を模索した。以下、演題と講演者を示す。

はじめに:研究会趣旨説明と装置説明 大山研司(東北大金研)
チョッパー開発 横尾哲也(KEK)
四季の装置設計と高度化計画 中村充孝(J-PARC)
In-situ SEOP型偏極3He中性子スピンフィルターの実用化に関する研究 吉良 弘(CROSS)
動的核偏極と熱外中性子偏極 清水裕彦(名古屋大)
スーパーミラー偏極アナライザーの最適化 田崎誠司(京大原子炉)
東北大装置に期待する 遠藤康夫(東北大)
偏極中性子散乱による複合素励起研究 有馬孝尚(東大新領域)
軌道・格子結合系のダイナミクス 石原純夫(東北大理)
中性子散乱による鉄系超伝導体のスピン揺動の研究 李 哲虎(産総研)
中性子非弾性散乱における情報理論によるデータ推定と材料研究の可能性 富安啓輔(東北大理)
偏極中性子散乱研究の発展と現状 加倉井和久(原子力機構)
3He 偏極フィルター技術 猪野 隆(KEK)
ワンスキャン多波長中性子線ホログラフィー 林 好一(東北大金研)
偏極中性子と高次散乱過程 佐藤 卓(東北大多元研)
偏極中性子散乱と高次モーメントの観測 岩佐和晃(東北大理)
終わりに

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図1. 会議風景。

 

(2) 構造科学グループ

Z-Rietveld最新版のリリース

 最新版がリリースされ、https://z-code.kek.jp/zrg/から利用できるようにした。

  Z-Rietveld(Mac版) 0.9.40.4
  Quick guide for Mac (Japanese)0.9.40.4
  Quick guide for Mac (English)0.9.40.4
  Quick guide for Windows (Japanese)0.9.37-0.9.39
  Quick guide for Windows (English)0.9.37-0.9.39
  Example files (Intensity data, diffractometer files, crystallogaraphic data)

粉末法講習会

 韓国ソウル大学でPowder SchoolがCKorJPARCとNSD/HANARO Center主催で6/24-28に開催され、粉末構造解析の基礎から応用に至るまでの解説と実習がおこなれた。Z-Codeについては、物構研から神山、米村、石川、茨城大から石垣教授が出席し、Z-RietveldとZ-MEMの紹介から実践的な講習を実施した。
 対象は、修士から博士課程の学生で、約20名の学生が集まった。ラボX線装置やHANAROのデータ、TOF型回折計のデータを使った実習を行った。学生たちと非常に活発な質疑応答ができ、盛況のうちに終えることができた。

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図2. 講習会の様子。

 

(3) ソフトマターグループ

海外施設での中性子小角散乱実験

 7/4-6(2日間)の日程で、米国オークリッジ国立研究所の研究用原子炉HFIRにて中性子小角散乱実験(IPTS-8197: Phase transition from sponge phase to lamellar phase of aqueous solution of non-ionic surfactant induced by adding antagonistic salt)を実施した。本実験では非イオン性界面活性剤に特殊な塩を加えた際の構造変化を観測した他、リン脂質と非イオン性界面活性剤を混合した「ハイブリッドリポソーム」や、ゴルジ体の出芽と関連があるタンパク質Arfaptin 2とリン脂質ナノディスクとの複合体に関する実験を行い、無事予定通りの実験を終えることができた。詳細な結果についてはこれから解析を実施し、近いうちに報告を行う予定である。

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図3. 実験に用いたGP-SANS中性子小角散乱装置。

 

(4) 水素貯蔵基盤研究グループ

濃縮ホウ素蒸着装置の整備

 NOVAの中性子ビームモニターであるGEMモニターは10-B(ホウ素)を被覆したアルミ板を中性子コンバータとして使用している。中性子コンバータは中性子を吸収して検出可能な荷電粒子を放出する。GEMモニターの中性子感度は10-Bの蒸着厚に依存しており、用途に応じて適切な膜厚を持つ中性子コンバータを使用することで効率の良い実験が可能になる。図4に10-B膜厚に対する中性子感度のシミュレーション結果を示す。例えば、入射中性子用としては低めの中性子感度(~0.1%)を持つGEMモニターを使用し、透過中性子用としては高めの中性子感度(> 1%)を持つGEMモニターを使用することが考えられる。これらの用途を満たすためには0.01 μm~ 1 μmの範囲で10-Bの成膜ができれば良い。NOVAグループでは、用途に応じて最適な10-B中性子コンバータを自作することを目指し、KEK先端計測実験棟に濃縮ホウ素蒸着装置を整備している。
 図5に濃縮ホウ素蒸着装置の外観を示す。融点の高いホウ素を蒸着するための電子ビーム蒸着装置(キャノンアネルバ製、L-043E-TN)である。成膜可能な最大面積は100 mm×100 mmであり、膜厚の確認は触針法でおこなう。図6にテストケースとしてシリコンウェハー上に10-Bを成膜したものを示す。マスクした淵の部分はシリコンウェハーの色でその内側、やや褐色がかった色が10-B膜の色である。図4には触針法による膜厚測定の結果を示す。横軸は走査方向距離、縦軸は膜厚である。110分の成膜時間で約0.06 μmの膜厚が得られた。所々に見られるスパイク状のピークは10-Bターゲットの突沸や飛散によって生じたものと推測される。今後、さらに成膜条件の最適化をおこない、実際の中性子コンバータの作成をおこなう予定である。なお、濃縮ホウ素蒸着装置の本格稼働によって中性子感度選定のフレキシビリティとGEMモニター製作のコストカットが期待できる。

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図4. 10-B膜厚に対する中性子感度のシミュレーション結果。

 

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図5. 濃縮ホウ素蒸着装置

 

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図6. 10-B成膜サンプル。

 

(5) 中性子光学グループ

 BL05では、中性子寿命の精密測定実験を進めている。中性子は電子、陽子、ニュートリノに崩壊し、その寿命は初期宇宙の元素合成や、強い相互作用のクォーク混合行列のユニタリティーに関わる基本量である。磁気光学系を用いて正確なビーム制御を行い、同時にバックグラウンドに対する感度を抑制あるいは弁別できる検出器を利用して、寿命の目標精度1秒未満を目指している。
 スピンフリップチョッパーと呼ぶ高速チョッパーによって、J-PARCから供給される中性子パルスを検出器体積よりも小さいバンチに刻む。検出器体積内にのみ中性子が存在する時間だけを解析対象とし、それ以外の時刻に発生する上流からのガンマ線事象や、中性子と検出器内壁との相互作用事象を除外する。
 用いている検出器Time Projection Chamberは、中性子崩壊に伴う電子を検出するガス検出器で、少量の3Heを加えることで入射中性子量を同時に測定することができ、その比から寿命を算出する。低放射線素材の使用や追加遮蔽体、veto検出器の使用によって、宇宙線など環境バックグラウンドはS/N比1にまで低減させている。またこの検出器は事象の発生位置、時刻、粒子の飛跡を全て記録している。入射中性子バンチの存在位置は時刻によって特定できるので、それ以外の場所からの事象はバックグラウンドとして識別する。中性子崩壊事象と3Heによる核反応事象とは、飛程や単位長さあたりのエネルギー損失が異なり、検出信号の違いで判別できる。ガス分子の中性子による反跳など、中性子ビームに伴うバックグラウンドは、検出器のガスの圧力の異なる測定を行いその差をとることで見積もる事ができる。
 2012年までに取得した実験データの解析を進めている。これまでに上述のような事象弁別を行う解析環境を構築した。現在その弁別の妥当性を検証するために、データの一部の検出器事象を取り出して物理過程の確認を行っている。より効率がよく確実な解析手法を構築し、取得した全データを解析する。

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図7. 典型的なβ崩壊事象。崩壊電子の長い飛程が分かる。

 

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図8. 典型的な3He核反応事象。飛程が短い。