2013年後期のMLFの実験課題は6/7〆切で行われていたが、J-PARCハドロン施設事故の影響で7/8まで〆切を延長し た。今回は5/23以降のビームタイムがキャンセルされたこともあって、過去最多の280件の課題申請があった。これらの課題は現在審査中で、10/17 の中性子課題審査部会と10/28のMLF施設利用委員会、及びその後の物構研運営会議などの審議を経て採否が決定される。
層状Ni酸化物のスピンダイナミクス(東大物性研吉沢研究室)
層状Ni酸化物R2NiO4(R:希土類)は、RO層とNiO2層が積層した結晶構造を持ち、希土類元素によらずNiイオンが擬二次元磁性を示すMott 絶縁体である。さらに、三価希土類イオンを、二価イオンのストロンチウムSr等によって置換を行うと、実効的にNiO2層にホールが添加され、絶縁性の消 失とともに、電荷の自由度が二次元NiO2面内に導入される。Ni酸化物の特徴は、キャリアの添加量に応じて、電荷が縞状ないし市松模様状に整列した新し い「静的」な電荷・スピン秩序状態が次々に発現することであり、これは、動的相関しか見られない同型の層状銅酸化物・高温超伝導体とは対照的である。この 様な電荷秩序状態におけるスピンダイナミクスは、近年のパルス中性子分光の発達により、急速に理解が進んでいる。
これまでの研究により、Ni酸化物におけるスピンダイナミクスは、キャリア濃度が低い内は、XY型の異方性をもつ線形スピン波模型によって定量的によく説 明できることがわかっている。われわれは、高キャリア濃度において発現する市松模様・電荷秩序相(以下、CB相)におけるスピンダイナミクスを明らかにす るため、J-PARC BL12に設置された高分解能チョッパー分光器・HRCを用いて磁気励起スペクトルを調べた。CB秩序を示す La1.5Sr0.5NiO4と、より金属的な(Nd2-xSrx)NiO4 (x = 0.6, 0.7)を浮融帯溶融(FZ)法により育成し、実験に用いた。
図1(a-d)に示すように、どのキャリア濃度においても(1/4, 1/4)に超格子反射が観測され、CB相が実現している事が確認された。CB相における励起スペクトルは、図1(e) に示すように線形スピン波模型から期待されるような励起スペクトルの分散(E ∝ sin q)は観測されなかった。また、このふるまいはCB相においてはキャリア濃度に依存しないことが判明した。観測された励起スペクトルは、縞状電荷秩序相に おける励起スペクトルとは定性的に異なっており、CB相において、スピンダイナミクスが質的に変化している事が示唆される。このスペクトルの起源について は、現在考察中であるが、同様な形状の励起スペクトルは銅酸化物・高温超伝導体においても観測されており、金属化に伴うスピンダイナミクスの質的な変化を 捉えている可能性がある。
図1 (a) CB相において期待される(hk0)面内における超格子反射位置。 (b-d) (hk0)面におけるLa1.5Sr0.5NiO4 (Ei = 71.84 meV, T < 10 K)、Nd1.4Sr0.6NiO4 (Ei = 71.4 meV, T ~ 14 K)、Nd1.3Sr0.7NiO4 (Ei = 102.4 meV, T < 10 K)の中性子散乱強度分布。(エネルギー遷移量:5 ~ 10 meV)。(e) Nd1.3Sr0.7NiO4の、各エネルギー遷移における励起スペクトル。
遮蔽体、ユーティリティー、ガイド管、チョッパーの契約が行われた。いずれも納入期日は年度内の予定である。実験室のBL23においては、シャッター内ガイド管設置、生体遮蔽内遮蔽プラグの撤去、生体遮蔽内ガイド管設置を行ない、機器設置作業が開始された。
図2 シャッターに格納されたガイド管(左)。生体遮蔽内に設置されるガイド管真空容器(内部にガイド管が格納されている)(右)。
ハドロン事故を受けて停滞していたBL06の建設工事が、10月中旬に再開される予定である。まず、遮蔽体の最下流部を設置し、 10月末以降、生体遮蔽内のコンクリートプラグを抜き、11月にガイド管を設置。早ければ年内に遮蔽体の設置まで終了する予定で、本年度ビーム受け入れを 目指し、現在関係各所と調整を進めている。
図3 10月初めのBL06
BL16を用いた以下の成果が論文として受理された(課題番号: 2009S08)。
Y. Ogata, D. Kawaguchi, N. L. Yamada, K. Tanaka, "Multistep Thickening of Nafion Thin Films in Water", ACS Macro Lett. 2, 856-859 (2013).
(概要)
燃料電池の正極で発生するプロトンを輸送する材料としてプロトン伝導性が良く、化学的に安定性が高い高分子"ナフィオン"が広く用 いられている。その高い伝導性にはナフィオンが有するスルホン酸基から乖離したプロトンが寄与していると考えられているが、それと同時にプロトンが伝導す るためのパスが形成されることも重要であり、そのメカニズムは未だに明らかになっていない。
九大の田中グループは銀や石英の表面に作成したナフィオン薄膜が水に接触した際、水が浸漬・膨潤していく過程を表面プラズモン共 鳴、および中性子反射率法を用いて観察した。その結果、いずれの基板表面においてもスルホン酸基に水が吸着する初期過程、球状のクラスターが形成される中 期過程、そしてクラスター間にチャンネルが形成さ
れる後期過程の3段階を経てナフィオン膜が膨潤することが明らかになった。また、薄膜の際の膨潤速度はバルクの場合と比較して非常に遅く、基板との相互作用がナフィオンの動きを抑制していることが示された。
図4 ナフィオン膜を水に浸漬した際に起きる膨潤過程の模式図
SuperHRPDグループでは、本年度の長期シャットダウンのビーム停止期間を用いて、震災で狂いが生じたガイド管システムの本 復旧アライメントを行なっている。ガイド管システムを取り囲む遮蔽シールドとガイド管支持機構は、逐次解体され、長尺ビームライン建家に仮置きされてい る。また、建家沈下による装置本体の調整機構の改良も始まり、全ての真空散乱層を含む全ての装置の工場への運び出しが完了した。現在は、ガイド管設置の際 に指標となる建家自体の精密測量を進めている。
図5 ガイド管支持機構の取り外し(左)と装置本体の解体作業(右)
SPICAグループでは、KEK施設部と協力して、革新型蓄電池実験棟の東側に、化学実験室を持った増設建家の建設を進めている。
本ソフトウエアの最新版ver. 0.9.41 (Mac版、Windows版)のリリースが計画中であり、近日中に公開される予定である。
構造物性研究センター(CMRC)水素観測プロジェクトにおいては、水素をテーマとする新しい量子ビーム測定手法(中性子、放射 光、ミュオン等)の開発を行いつつ、物質中の水素が誘起する物質科学研究をすすめたいと考えている。下記のような研究会を開催した。活発な意見交換が行わ れており、今後も物質中の水素を観測する量子ビームの水素観測の現状(限界)、計画中の高度化・ブレイクスルー、マルチプローブ利用への展開、といった観 点で水素グループメンバー間の情報共有を行いつつ、グループの活性度を高めて行きたいと考えている。
日時:2013年9月13日 14:00-18:30
場所:KEK つくばキャンパス4号館 2階245号室(輪講室2)
はじめに 大友季哉(KEK)
「高圧力下における金属水素化物の構造物性研究」
町田晃彦(JAEA)
「軟X線発光分光の最前線:オペランド分光への展開」
原田慈久(東大物性研)
「Mg2FeH6の軟X線発光分光で見る水素の量子性休憩」関場大一郎(筑波大)
「水素吸蔵系の中性子準弾性散乱および今 後のHRCによる高Q準弾 性・非弾性散乱への展開」山室修(東大物性研)
「中性子による軽水素化物の構造解析」 池田一貴(KEK)
討論
「物質創成の立場からのコメント」 折茂慎一(東北大金研)
図6 研究会参加者の集合写真