4月1日付けで、井深壮史氏が博士研究員として着任した。
HRCでは、試料から検出器までを含む半径4mの扇形で容積約50m3の領域を、真空散乱槽としている。通常は10-3Pa程度の真空度が実現しているが、3月19日頃から、到達真空度が10Pa程度に悪化している。HRCの真空散乱槽には、大面積アルミ窓が設けられているため、安全上、真空排気中は大面積アルミ窓に接近しないルールで運用されている。このルールのため、真空散乱槽に接近してリーク箇所を調べることができないので、大面積アルミ窓を閉止板で置き換えることとした。万が一、原因が大面積アルミ窓にある場合、真空排気を繰り返したときに、亀裂が拡大し、事故に至る可能性もあるので、大面積アルミ窓に原因がないことが断定できない以上、現状で真空排気を続けるべきではないと判断し、3月27日に実験を休止した。閉止板の製作を開始し、4月8日に納品されたので、今後、調査をすすめ、早急に実験を再開したい。
偏極中性子を利用した中性子散乱実験を可能とするために、大学共同利用によるKEK-東北大連携の共同プロジェクトとして推進しているPOLANOプロジェクトについて以下の通り報告する。なお、本体設計についてはKEK機械工学センターの協力で行っている。
分光器建設
H25年度の大型工事が終了した。またH25年度で多くの機器が納品、導入された。検出器、ガイド管、DAQ関連機器、チョッパー類などH26年度に設置を行ってゆく。また、残りの分光器設計についてもその検討を行っているところである。特に磁場設計(環境磁場評価)を行い、偏極実験に必要な磁気デバイスによる磁場の接続の評価(図)や超伝導電磁石を使用した場合の磁化(着磁)の影響などを調べた。
図1. 磁気デバイスによる磁場の接続の評価結果
成果発表
以下の国際会議等においてPOLANOの研究及び成果の講演を行った。
また、以下の講演を予定している。
工事進捗状況
関係者各位のご尽力により、4月22日に施設検査を受ける事となった。現在、ビームストッパー、偏極ミラー遮蔽、PPS(Personal Protection System)等、放射線申請に必要な設備の設置を終え、昨年度内に分光器架台等の設置も行った。今年度は4月7日から11日のビーム停止期間中に遮蔽体出入り口扉の設置を行い、22日までに必要な施設内検査を終える予定である。
図2. 4月時点のBL06内部
MPPC検出器開発
半導体素子Multi-Pixel Photon Counter(MPPC)を用いた2次元中性子シンチレーション検出器の開発を進めている。1cmの位置分解能で32cm×32cmの検出面積を持つ予定である。MPPCの特性として、分割型光電子倍増管(RPMT)を用いる従来の中性子シンチレーション検出器と比較して倍程度の中性子検出効率を目指す。素子と読み出し回路を納める筐体を製作し、調整を進めている。
図3. 開発中の32cm×32cmのMPPC2次元中性子シンチレーション検出器
実験実施状況
2月20日より開始した2013B期において、一般課題8件(20日)、S型課題5件(20日)を実施した。
リモート液体注入セルの開発
中性子は透過率が高いため、物質内部の構造を観察するのに適している。これを中性子反射率法に適用するとシリコン等の基板上に作成した試料と液体との界面を観察することが可能で、高分子が溶媒中で膨潤する挙動や電極と電解液との界面が電位で変化する様子などが観測されている。この際、液体と接触させた際の構造変化についてそのkineticsに興味を持たれているが、試料をステージに設置してから測定開始までに少なくとも数分を要するため、その初期過程を観察することは困難であった。
そこで我々はビームラインの外からリモートで液体を注入できるセルを開発し、そのテスト実験を行った。このセルを用いると、試料を液体と接触させる前に最も時間を要する試料のアライメント作業を終えることができるため、理想的には秒オーダーのkineticsも観測することが可能である。図4は今回開発したセルと得られた測定結果で、乾燥させたリン脂質の積層膜が重水と接触させた際に剥離していく様子を1分間隔で測定することに成功した。将来的にはJ-PARCのビーム強度増加と検出器の改良により現在の1/10の測定時間で同じ質のデータが測定可能になると見込んでおり、秒オーダーでの時分割測定が可能になると期待できる。
図4. (左)リモート液体注入セルの外観。テフロン製の容器に溶液を注入し、ビームを照射した状態で電磁バルブを開くことによって試料が液体に接触してからの構造変化を観察することができる。(右)このシステムにより得られた、乾燥させたリン脂質の積層膜に重水を接触させてからの中性子プロファイルの時間変化(各データの積算時間は1分)。Q=1 nm-1近傍のピークはリン脂質二分子膜の積層に由来するもので、液体接触によって二分子膜が徐々に基板から剥離している様子を捉えることに成功した。
実験実施状況
2月17日より開始した2013B期において、一般課題4件、S型課題9件を実施した。
有望な水素貯蔵材料であるNaAlH4の水素吸蔵・放出反応の構造解析を、中性子と放射光を用いて進めている。NaAlH4は、数mol%の触媒(Ti)の添加により、水素放出反応速度が10倍程度速くなること、水素吸蔵・放出反応が固相において可逆的不均化反応として進行する、といった特徴を持っており、これらの構造的なメカニズムの解明を目指している。放射光の特性の一つとして元素選択性があり、Alに着目した構造情報を得るべく、Al K-吸収端におけるXAFS測定をPF-BL11Aにおいて実施した。得られたスペクトルから、NaAlH4と比較して、水素を約4wt%放出させたNa3AlH6の吸収端エネルギーが高エネルギー側にシフトしていること(2.9±0.2 eV)、Ti添加によりXAFSスペクトルが変化することを明らかにした。水素の配位数が6であるAlH3の吸収端エネルギーは、配位数が6であるNa3AlH6よりも、配位数が4であるNaAlH4に近く、Al周囲の水素の単純な配位数では変化が説明できない。分子軌道計算などにより、吸収端エネルギーの変化の解析を進めている。また、中性子回折の構造解析による水素欠損量の決定し、XANESへの影響の検討を検討する。また、Ti K-吸収端におけるXAFS測定や異常散乱測定を計画している。本成果は、日本金属学会2014年春期講演大会において発表した。
図5. NaAlH4のAl K吸収端におけるXAFS測定結果
SuperHRPDに新しい検出器システムを導入し、オンビームでの調整を進めてきた。2013B期の一般ユーザー課題は、この検出器システムを利用して測定を進めているが、大きな不具合はなく順調に測定できている。
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図6. 新しい検出器システム(左)と標準試料NISTシリコンの解析例(右)
実験再開後、モニター検出器に高いノイズがのる問題が発生し、対策に時間を要した。現在、リチウムイオン二次電池のin situ測定試験に加え、Li含有酸化物と硫化物の構造解析を実施している。これまでに実験再開後、装置の性能が変化していないことを確認した。Run#53以降でin situ実験を本格的に再開していく予定である。
図7. Li(Mn,Al)2O4のRietveld解析図形
粉末回折データ解析ソフトウェアZ-Codeの講習会を3月25,26日に実施した。講習会には約50名の方が参加し、リートベルト解析ソフトウェアZ-Rietveld,マキシマムエントロピー法の計算ソフトウェアZ-MEMや視覚化ソフトZ-3Dなどについて、Windows版のソフトウェアを配布し、実習を含めた解説を行った。
Z-Rietveld 0.9.42(Mac版、Windows版)の配布を開始した。
UCNドップラーシフターの改良
BL05 - NOPビームラインでは、超冷中性子(UCN - ultra-cold neutron)による中性子光学デバイス研究やUCN検出器開発のためUCNドップラーシフターを装備している。UCNドップラーシフターは、高反射率を有する中性子スーパーミラーを入射中性子速度の1/2で入射中性子の進行方向に移動させ、そのスーパーミラーで反射した中性子が速度を失うことによりUCN化させる装置である。
UCNは、一般に、速度7 m/s程度以下、エネルギーにして200 neV程度以下、ドブロイ波長では60 nm以上の中性子で、物質の中性子に対する平均核力や磁場によるポテンシャルよりも小さくなるため容器に閉じ込めることができ、中性子寿命や中性子EDMの研究から物質表面の研究など様々な研究に利用できる。
NOPビームラインのUCNドップラーシフターは、m = 10*1の中性子スーパーミラーを中性子ビームの進行方向に33.3 Hz(100/3 Hz)で回転させ、このときスーパーミラーは68 m/s程度になっており、速度にして136 m/s前後の中性子をUCN化させる。MLFのパルス中性子発生周期40 msに対して、ドップラーシフターの回転周期は30 msとなっており、お互いが同期する120 msごとにUCNが発生する。
NOPビームラインでは、ドップラーシフターからのUCN出力の強度を増強させるため、様々な改良を進めている。
1.入射中性子強度の増強
一昨年度、ドップラーシフターに入射する中性子強度を増強するため、中性子ビームラインにm = 3のスーパーミラーガイド導管を増設した。これにより、速度136 m/s付近での中性子強度は約5倍に増強した。
2.ドップラーシフター調整
入射パルス中性子に対するUCNドップラーシフターの回転タイミング、とくに回転位相を詳細に調整しUCN出力の最適化を図った。
3.ドップラーシフター出口の改造
ドップラーシフターで発生するUCNは広い発散角を持つため、回転スーパーミラーから離れるほど単位面積あたりのUCN強度は弱くなる。そこで、拡散するUCNを効率よく取り出すためUCN取り出し口から回転スーパーミラー直前までUCN導管を増設し、これにより約1.5倍のUCN増強を得た。
図8は、ドップラーシフター出口、回転スーパーミラーからの距離約20 cmの位置にUCN検出器を設置し、tof (time of flight)によりドップラーシフターから出てくる中性子の波長分布を測定した結果である。波長60 nm程度以上の中性子がUCNに相当する。スペクトルには若干のバックグランド中性子を含んでいるが、それらを差し引いてUCN強度は約45個/秒となっており、UCN光学デバイスやUCN検出器などの研究開発において実用的なUCN強度を得ることがでるようになった。
図8. ドップラーシフター出口における中性子波長分布。波長60 nm程度以上の中性子がUCNに相当する。プロットには、40 ms(パルス中性子の発生周期、25 Hz)ごとに発生するバックグランド中性子が含まれているが、1秒あたり約45個のUCNが発生している。
*1 m = 10:m値はNiの中性子全反射臨界角に対する比。NOPビームラインのドップラーシフターに使用しているm = 10スーパーミラーは京都大学原子炉実験所で開発された。