4/1付けで下記の人事異動があった。
物構研サイエンスフェスタ (2015年3月17日-3月18日, Epocal, つくば市)
装置建設および機器開発
図1. 回転試験器に取り付けられた高速ディスクチョッパーのディスク。
論文
学位論文
BL06において、2台の中性子スピンエコー分光器(MIEZE型及びNRSE型)の建設が進められている。中性子スピンエコー法とは、偏極中性子の磁場中における歳差運動を利用して中性子のエネルギー変化を評価する分光法であり、中性子非弾性測定において最高のエネルギー分解能(サブマイクロeVオーダー)を達成出来る。MIEZE分光器においては、パルス中性子に対する偏極ミラー及び中性子共鳴スピンフリッパーの調整を進め、3月15日にMIEZEシグナル(時間に対して中性子強度が振動するエコーシグナル)を初観測した。このシグナルは広い時空間のダイナミクスの情報(中間相関関数S(Q,t))を内包しており、パルス中性子の特性を活かしたダイナミクス測定につながる第一歩である。中性子共鳴スピンフリッパーの調整に余地を残すために振幅が小さい等の問題があるが、今後コミッショニング作業を進めていく上で改善していく予定である。
図2. 観測された実効振動数100kHzのMIEZE信号。
ナノサイズ化によるリチウムイオン電池の大容量化
リチウムイオン電池は軽元素のリチウムを利用した二次電池で、軽量かつ大容量という特性を有している。この電池はモバイル機器のバッテリーとして日常的に利用されており、さらなる性能向上のために日夜研究が行われている。東京工業大学の菅野グループはエピタキシャル法を用いたモデル電極を作成し、中性子反射率法を用いてその評価を行った。中性子はリチウムに対する感度が高いため電極内での密度分布を調べるのに適しており、X線で得られた電子密度と組み合わせて評価することで膜の組成がLi1.90Mn(IV)O2.95であることを同定するのに成功した。また、電極の厚みに着目して厚さによる性能の変化を行ったところ、膜を12.6 nmまで膜を薄くすることによって300 mAh/gの大容量が達成可能であることを明らかにした。これは、界面近傍で特にアクティブな層が形成されていることを示唆しており、今後の大容量化に繋がる指針になると期待できる。
なお、この成果についての論文はChem. Comm.誌に受理、出版されている。
S. Taminato, M. Hirayama, K. Suzuki, N. L. Yamada, M. Yonemura, J. Y. Son, and R. Kanno, "Highly reversible capacity at the surface of a lithium-rich manganese oxide: A model study using an epitaxial film system", Chem. Comm. 51, 1673-1676 (2015).
図3. 中性子反射率法を用いたモデル電極の解析結果。
LiTA12システム
KENS DAQグループでは様々な中性子検出器システムを開発している。最近では中性子2次元検出器のLiTA12システムを完成及び機能追加し、何度か報告している。高計数率機能では50Mcps(2Mcps/cm2)の測定を40%程度の中性子検出効率で達成した。また、排他処理機能追加で、切らないシンチレータも使用できるようになった。さらに、重心計算で、0.4mmピクセルサイズで測定できるようになった。しかし、当初の設計では、排他処理と重心計算をすることを予定していなかったため、十分な特性が得られない。そこで、設計変更し、フルシステムの作製をし、動作確認を行ったので、その報告をする。
設計変更は物構研・研究助成金の援助を受けて行った。フルシステムの作製は京都大学主導の文科省国家課題対応型研究開発推進事業・原子力システム研究開発事業・次世代原子炉燃料の健全性評価のための非破壊分析技術の開発の予算で行った。動作確認は北海道大学の45MeV電子線形加速器(北大LINAC)で行った。
図4(左)に変更を行ったLiTA12eモジュールを示す。このモジュール4枚で1システムが構成される。排他処理・重心計算での時間分解能が320nsから40nsに上げられるようにできた。また、数々の不具合を修正し、モジュールあたりの消費電力を20Wから15Wに削減できた。さらに増設基板を4枚から2枚に減らすことができ、信頼性を上げることができた。
非破壊分析技術開発の予算で早い時期にフルセットを揃えることができ、開発の速度が進んだ。他分野への応用の可能性を確かめる。 北大LINAC実験で、旧システムとの互換性が高いことが確かめられた。図5 (右)に切らないシンチレータ(5cm角1.0mm厚の6Liガラスシンチレータ)を内蔵した検出器の前に、中性子を通さないカドミウムの「KENS」文字を貼り付けている様子を示す。図4(左)に旧システムデータを、(右)に新システムのデータを示す(それぞれ90°回転しているので注意)。重心計算は縦横それぞれで8倍の細かさでおこない、ピクセルサイズは0.4mmである。文字の上下に水素を含む養生テープの影が確認できる。実験条件が違っているので厳密な比較はできないが、十分に互換性があることが確かめられた。
図4. (左)LiTA12eモジュール(右)検出器面とカドミウムのマスク。
図5. (左)旧システムによる取得データ(右)新システムによる取得データ。
論文
超伝導マグネットの導入準備を進めている。このマグネットは最高14Tの磁場を発生することが可能であり、高分解能データに対してS/Nを上げる設計を行ったものである。オックスフォードの工場にて、製造の現状検査と内部構造等についてのうち合わせを実施した。
図6. Oxford Instrumentsの工場にて現状検査。(左)Cdの接合状態の確認、(右)担当者らからの説明があった。
NEDOによる納品物の検査が定期的に実施されている。これらはKEK備品として管理される。一方、これらの開発と運用は構造科学グループが行うが、安全上はJ-PARC MLFの管理の元で実施している。
図7. 中性子反射率法を用いたモデル電極の解析結果。
J-PARCの標準粉末構造解析ソフトウェア群Z-Codeの平成26年度Z-Code講習会(主催J-PARC MLF、物構研、茨城県,茨城大フロンティア応用、中性子産業利用推進協、CROSS東海)を平成26年3月30日〜31日の二日間、LMJ東京研修センター(東京水道橋駅そば)で開催した。多くの受講者が集まり、結晶学の基本から、TOF型の中性子回折法、Z-Codeソフトウェアの使用方法および解析のノウハウなどを、KEK, 東北大、茨城大のエキスパート講師により講義と実習形式で行った。Z-Rietveld、Z-MEM、Z-3D、Conographの最新のソフトウェアを配布した。
図8. Z-Code講習会を開催した。3月30日〜31日(LMJ東京研修センター)。
研究成果
Nクロムに水素を7つ結合、新しい水素貯蔵材料へ (東北大学金属材料研究所・高木 成幸、同大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の折茂(おりも) 慎一らと、日本原子力研究開発機構、KEK物構研、豊田中央研究所の共同研究
クロムは、単独では水素と結合しにくい元素群(ハイドライド・ギャップ、周期表6族から12族の元素群)の一つである。水素が特定の対称性をもってクロムの周りに配置するとき、一般的な金属元素よりも多くの水素が結合する可能性を理論的に予測し(図13)、それに基づき、クロムとマグネシウム水素化物との混合粉末(Cr+3MgH2)を5万気圧700 ℃の水素流体中で4時間保持し、錯体水素化物の合成を試みた。中性子高強度散乱装置(NOVA)を利用して、その試料の中性子回折測定を行なったところ、クロムに7つの水素が結合したCrH7イオンを含む錯体水素化物Mg3CrH8が合成されていることを示すデータを得た(図14)。つまり、これまで水素と相性が悪いと考えられていたクロムが、金属元素より多くの水素と結合することを発見した。クロムは、さらに多くの水素と結合できる可能性を持っており、8つ結合したCrH8イオンや、9つ結合したCrH9イオンなどを含む錯体水素化物の合成が期待される。また、このように高密度に水素を高密度に含む水素化物は、水素貯蔵材料のみならず、超伝導材料としての可能性もあり、今後の研究の発展が期待される。
"True Boundary for the Formation of Homoleptic Transition-Metal Hydride Complexes" , Angewandte Chemie, [ DOI: 10.1002/ange.201500792 ]
Shigeyuki Takagi, Yuki Iijima, Toyoto Sato, Hiroyuki Saitoh, Kazutaka Ikeda, Toshiya Otomo, Kazutoshi Miwa, Tamio Ikeshoji, Katsutoshi Aoki, Shin-ichi Orimo
図9. 理論予測された[CrH7]5-イオンを含む錯体水素化物Mg3CrH8の結晶構造(左)とクロムに7つの水素が結合したCrH7イオン(右) 画像提供:東北大学
図10. a)理論予測された結晶構造を用いてシミュレートした中性子回折プロファイル、b)MLFの中性子高強度全散乱装置(NOVA)により得られた中性子回折プロファイル画像提供:東北大学