KENS

月例研究報告 4月

1. 共同利用状況など

【招聘研究員】

 アジアオセアニア中性子科学会(AONSA)では、アジアの若手研究者が、J-PARC、HANARO(韓国)、OPAL(オーストラリア)に滞在して研究を行うプログラムとして、昨年度よりAONSA- Young Research Fellowを選抜している。J-PARCに滞在する研究員として選抜された、蘭 宜康氏(国立清華大学 博士研究員)を5/1付けで、KEK招聘研究員として招聘した。2016年3月末まで滞在し、ソフト界面解析装置 (SOFIA)を用いたソフトマター研究を行う。

 

2. 研究グループの活動状況

(1) ソフトマターグループ

【研究成果】

 論文

 

【BL06中性子共鳴スピンエコー装置群VIN-ROSE】

 BL06において、京都大学と共同で2台の中性子スピンエコー分光器(MIEZE型及びNRSE型)の建設が進められている。中性子スピンエコー法とは、偏極中性子の磁場中における歳差運動を利用して中性子のエネルギー変化を評価する分光法であり、中性子非弾性測定において最高のエネルギー分解能(サブマイクロeVオーダー)を達成出来る。NRSE分光器においては、パルス中性子に対する偏極ミラーの調整を進め、偏極中性子ビームの取り出しに成功した(図1)。この中性子ビームを用い、理化学研究所先端光学素子開発チームとの共同研究で中性子楕円ミラーの性能評価試験を行った(図2)。中性子楕円ミラーは、スピンエコー測定での光路差によるエネルギー分解能の低下を補正するのに用いられる予定で、高エネルギー分解能達成の為に必要不可欠な素子である。今後は、多層膜を蒸着したタイプのミラーの試験を行う予定である。それ以外にも半導体光検出素子を用いた新型中性子検出装置の試験など、様々な中性子検出装置の試験も行っている。

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図1. 左:NRSE分光器の現況。右:偏極ビーム取り出しに用いられるソーラスリット型スーパーミラー。

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図2. 試験に用いた中性子用楕円集光ミラー。

 

【BL16ソフト界面解析装置SOFIA】

 サンプルステージ改造

 J-PARCでは昨年度の夏に行ったリニアックの改良により、300 kWから1 MWへのアップグレードが始まった。3月には400 kW、4月には500 kWへと出力が上昇し、測定時間が約半分にまで短縮された。SOFIAは300 kWの時点で既に1つの試料につき通常1時間程度で測定が完了していたため、測定が効率的に行えるよう試料を水平方向にスライドさせることによる試料交換機構を設けていた。しかし、さらなる出力上昇に対応するためには試料の設置数を増やせるようステージを改良する必要がある。そこで今回、高さ方向に試料ステージの数を増やすことにより、一度に設置できる試料の数を大幅に増加させた。例えば、直径2インチの基板であれば最大で21枚同時に設置することが可能である。
 また、これまでに使用していた試料を高温加熱(最大250℃)するための真空容器に改良を加え、運用を開始した。この真空容器は2つのシリコン製試料ステージを独立に温調出来るようになっているが、既存のものはステージ同士で熱の伝導があるため異なる温度で使用する際に温度ムラが生じるという欠点があった。そこで今回の改良では、2枚のブロックを独立の真空容器に分離した上、それぞれの容器を空冷で冷やすよう設計変更し、熱的に完全に独立させることに成功した。また、ステージには温度ヒューズを設け、不慮の加熱においても約280℃でヒーターの電流が止まるよう改良を加えた。現在、MLFではヒーターの使用時には深夜も人が張り付く必要があるが、さらに電源の出力をモニターするなどのインターロックを加えることにより、深夜の自動運転が可能になるようにする予定である。

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図3. 多段化した試料ステージにサンプルを設置した様子。

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図4. 改良を施した高温ステージ。左右のステージで独立に温調が可能(室温~250℃)。

 

 斜入射小角散乱実験

 中性子反射率法とは、入射角と反射角の等しい鏡面反射を解析することにより、深さ方向に対する散乱振幅密度(屈折率に対応)の変化を評価する方法である。一方、面内方向に構造を持つような試料の場合、入射角と反射角の異なる方向に散乱が生じるため、これを解析することによって面内構造を評価することが可能である。これまで、ビームの入射角方向に反射角がシフトする「非鏡面反射」についてはSOFIAでの利用実績があったが、基板と平行方向に反射角がシフトする「斜入射小角散乱」については以前にテスト実験を行ったものの成功しなかった。その大きな原因として挙げられるのが基板と平行方向にもビームを絞ることによるビーム強度の減少で、実現の大きな障害になっていた。
 一方、前述の通りJ-PARCのビーム強度は増強が始まったことから、今回はさらにビーム強度を優先した条件で斜入射小角散乱の実現のためのR&Dを行った結果、SOFIAで初めて面内構造に由来したBraggピークを捉えることに成功した。図は4時間の測定から解析したデータで、波長が変化する毎にBragg条件が変化し、ピークの位置がシフトしている。一方、定量的な評価を行うためには統計が不十分であると共に、検出器のサイズも不足していることが明らかとなった。これらの問題を解決するためには集光ミラーと検出器の開発が必要であり、斜入射小角散乱の実現を目指し、今後も引き続きR&Dを行っていく予定である。

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図5. 斜入射小角散乱のテスト実験結果。面内構造に由来したBraggピーク(丸で囲った部分)が中性子の飛行時間(波長に比例、10msが0.22nmに対応)によってシフトする様子が観測された。

 

(2) 水素貯蔵基盤研究グループ

【 BL21高強度全散乱装置NOVA 】

 中性子回折によるPdDナノ粒子の構造研究

(東大物性研・秋葉宙、古府麻衣子、山室修、京大・小林浩和、北川宏との共同研究)
金属のナノ粒子化は、触媒などの応用面だけでなく、サイズ効果や表面効果などによる基礎物性の変化という観点からも興味深い。特に、水素の吸蔵特性や水素拡散ダイナミクスがバルクと異なることが多数報告されている。本研究では、Pdナノ粒子内の水素原子の構造を調べるため、中性子回折実験を行った。図7はNOVAで測定されたPdD0.363ナノ粒子(直径約8nm)の回折パターンである。実線はD原子がfcc格子の八面体(O)サイトと四面体(T)サイトに占有された場合のRietveld解析結果である。Pdバルクでは水素がOサイトのみを占有するのに対して、Pdナノ粒子においては水素がOサイトだけでなくTサイトも占有する可能性が示唆された。

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図6. nano-PdD0.363のRietveld解析結果。Pdナノ粒子においては水素がOサイトだけでなくTサイトも占有する可能性が示唆された。

 

(3) 構造科学グループ

【 BL08超高分解能粉末中性子回折装置 SuperHRPD 】

 東京都内の工場で行われた超伝導マグネットの励磁試験に立ち会った。本マグネットの最大性能である14Tを安定して出力できることを確認した。また、非対称モードなどすべてのオプションで安定した動作を確認し、オフラインでの試験を終了した。

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図7. 東京都内の工場にて励磁試験。(左)担当者からの現状説明、(右)ヘリウムトランスファーの様子。