論文
以下の論文が発行された。
装置建設および機器開発
HRCのブリルアン散乱実験の成功を背景に、小角部の拡充のための予算が認められた。小角部検出器の一部の購入と、それを取り付けるための小角部フランジの製作に関する契約手続を開始した。真空散乱槽の主排気に用いるクライオポンプの保守の契約を締結し、実行に向けて準備を開始した。
装置建設および機器開発
MLF(J-PARC)の夏期停止期間に以下の大型工事を予定している。この工事で分光器の主要な整備は終了し、その後秋からの稼働に合わせてビーム受け入れを予定している。機器開発も同時に進めており、特に今年度は偏極度解析を実現するための開発に重点を置いている。
(建設工事予定)
・真空槽周辺、ビームライン、PPS関連、DAQ関連、増設建屋
(機器開発予定)
・SEOP開発、DNP開発、スピンフリッパー開発、磁場環境開発、計算環境開発、高速チョッパー制御開発
論文
BL16 SOFIAを用いた研究について以下の論文が受理された。
生体不活性高分子コーティング素材における界面構造(九州大 田中グループとの共同研究)
カテーテルや人工心肺といった医療機器にとって、材料と血液との生体反応による血液凝固は大きな問題とされており、生体不活性な材料の開発が日夜進められている。これまでにも生体不活性な高分子材料はいくつか報告があるが、本研究では特に血液との適合性が高いpoly(2-methoxyethylacrylate) (PMEA)に着目し、水との界面を中性子反射率法、和周波発生分光、接触角測定を組み合わせた実験により評価することで、高い生体不活性を示すメカニズムの解明を試みた。ただし、これらの方法を用いて界面の評価を行うためには試料を薄膜化する必要がある。しかし、PMEAはガラス転移温度が低く、薄膜を作製することができない。そこで、いわゆるアクリル樹脂(Poly(methyl 2-methylpropenoate); PMMA)と混合することで薄膜を作製し、生体不活性評価を行ったところ、PMEA/PMMA混合膜においても非常に高い不活性を示すという結果が得られた。この原因を探るべく、まずはPMMAのみを重水素化してラベリングした試料を用いて各成分の深さ方向に対する組成分布を中性子反射率計SOFIAで評価したところ、水との接触によってPMEAが表面に偏析しているという結果が得られた。つまり、この混合膜の表面は水に浸漬することによってPMEAに覆われ、その表面特性が表れると考えられる。この浸漬による表面特性の変化について、さらに和周波発生分光、接触角測定を用いて調べたところ、水との界面におけるPMEAセグメントが時間と共に徐々にランダム配向していくと共に高分子表面の水和構造が崩れてくことが明らかとなった。この結果は、表面のPMEAが水の構造変化を引き起こすことによって血小板の吸着を阻害し、混合膜表面が生体不活性になることを示唆している。
参考文献
1. T. Hirata et al., Phys. Chem. Chem. Phys. 17, 17399-17405 (2015).
2. T. Hirata et al., Langmuir 31, 3661-3667 (2015).
図1*. (a)得られたPMEA/PMMA混合膜の反射率プロファイルと(b)解析により得られた散乱振幅密度の深さプロファイル。散乱振幅が高い箇所が重水素化した部分、すなわちPMMAの部分に対応しており、水との界面および基板との界面においてはPMEAが偏析していることを示している。
*For reproduction of material from PCCP: Reproduced from Ref. 1 with permission from the PCCP Owner Societies.
論文・受賞
研究成果については以下の論文が受理された(詳細は後述)。
パルス同期型回転六極中性子磁気レンズの開発(京都大学(現PSI)・山田雅子氏等との共同研究)
中性子は磁気能率を持ち、磁場勾配が軸からの距離に比例する六極磁場中ではビーム軸に沿って振動する。この運動を制御して中性子ビーム集束に利用することが可能である。このような性質を使った"中性子磁気レンズ"は単一エネルギーの中性子のみ集束が可能であり、主に原子炉からの定常中性子から特定のエネルギーのみを切り出し利用されてきた。
中性子源の主流が原子炉から、核破砕パルス中性子源へと移行しつつある現状をふまえ、広いエネルギー(波長λ)分散をもつワイドバンドのパルスビームを色収差なく集束できるレンズ「強度変調型永久六極磁石(modulating-Permanent Magnet Sextupole, mod-PMSx)」を実現した。電磁石に比べて強力かつコンパクトな六極永久磁石をベースに、同軸状の二重リング構造として入れ子になった固定内輪の周りで外輪を回転させることにより磁場強度の変調を可能にし、集光力を波長によらず一定に保つ。回転に必要なトルクを軽減するトルクキャンセラーを導入した実機を製作し、極冷中性子ビームをこれまで達成されたことのない2倍(λmax/λmin = 2)の波長範囲にわたって集束することに成功、中性子束として対象波長域で43倍と高い集光効率を実証した。さらに集光型中性子小角散乱や拡大イメージングのデモンストレーションにも成功し、応用可能性の高さも実証した。mod-PMSxは比較的安価でビームラインでのアライメントや運転が容易な利便性の高いシステムであるため、小型加速器を用いたパルス型中性子源などに広く応用されることが期待される。
図2. 回転六極磁気レンズ。中央が六極磁気レンズであり、外周にトルクキャンセラーが設置してある。
図3. レンズ入口(左)およびその1m下流(右)の集束位置での中性子2次元分布。ボックスは波長に対応しており各波長の1マスは、20 mm 四方の実空間に相当する。
中性子散乱によるNaイオン伝導ガラスの構造研究(京都大学原子炉実験所 小野寺、中島、森、福永との共同研究)
"Structure and Conductivity of Na-P-S Superionic Conducting Glasses Studied by Neutron and X-ray Diffraction"
Yohei ONODERA, Hiroshi NAKASHIMA, Kazuhiro MORI, Toshiya OTOMO, and Toshiharu FUKUNAGA,
JPS Conference Proceedings, accepted
Naイオンを伝導キャリアとする超イオン伝導ガラスは、ポストリチウムイオン電池の候補の一つであるナトリウム全固体電池の固体電解質材料として注目されている。本研究では、Naイオン濃度の増加とともに指数関数的なイオン伝導性の上昇を示す(Na2S)x(P2S5)100-xガラスに着目し、そのイオン伝導性と構造との関係を明らかにするため、高強度全散乱装置NOVAを利用した中性子全散乱測定を行った。
NOVAで測定した中性子全散乱データと放射光X線回折データを相補的に利用した逆モンテカルロ(RMC)法による構造モデリングによって、(Na2S)x(P2S5)100-xガラスの3次元構造モデルの構築を行った。さらに、得られた3次元構造モデルから"Naイオンが存在することが可能なサイト"を抽出した。図4に中性子全散乱および放射光X線回折によって得られた(Na2S)50(P2S5)50ガラスおよび(Na2S)70(P2S5)30ガラスの構造因子S(Q)とRMC法によって得られたS(Q)を示す。図4において実験値と計算値は良好に一致しており、RMC法によって実験データを良く再現する3次元構造モデルを得ることに成功した。図5に、(Na2S)x(P2S5)100-xガラスの室温における電気伝導度と3次元構造モデルから抽出したNaイオンが存在可能なサイトの空間分布の関係を示す。図5において、伝導度が低い(Na2S)50(P2S5)50ガラスの構造では、サイト同士の連結は部分的に途切れ、孤立している領域が存在している。一方、高いイオン伝導性を示す(Na2S)70(P2S5)30ガラスの構造においては、サイト同士がより密に繋がっており、多様に枝分かれしたネットワークが全体に広く分布していることが分かった。Naイオンはこのネットワークに沿って伝導しやすいと考えられ、Na2Sの添加量の増加に伴って、ガラス中にイオン伝導に適した構造が発達していくことが本研究によって示唆された。
図4. (a) (Na2S)50(P25)50ガラスおよび (b) (Na2S)70(P2S5)30ガラスの構造因子S(Q)。 赤線が中性子全散乱、青線が放射光X線回折によって得られた実験値を示し、黒線がRMC法によって得られた計算値を示している。
図5. (Na2S)x(P2S5)100-xガラスの室温における電気伝導度σRTとRMCモデリングによって得られた3次元構造モデルから抽出したNaイオンが存在可能なサイトの空間分布。伝導度の上昇に対応し、青色で示したNaイオンが存在可能な領域がガラス構造中に広がっていくことが明らかになった。