KENS

KEK

月例研究報告 1月

1. 共同利用状況など

【MLF運転再開】

 2/16より、MLFでの中性子ビーム供給が再開されることとなった。

【MLF中性子施設国際アドバイザリー委員会開催】

 2/23-2/24に東海において、MLF中性子施設国際アドバイザリー委員会(NAC)が開催される。MLF中性子源開発、MLF中性子実験装置やデバイス開発の現状と課題、海外施設におけるユーザー実験に関する課題の共有、などが議論される予定である。

【Start-up Workshop on ANSTO-J-PARC collaboration開催】

 3/2-3/3にオーストラリアの原子炉中性子源施設を有するANSTOと中性子利用実験に関わる連携を深めるためのワークショップを開催する。中性子を用いたサイエンス、偏極中性子、試料重水素化、試料環境、安全管理、産業利用等について、情報を共有するとともに今後の連携について議論する。

 

2. 研究グループの活動状況

(1) 量子物性グループ

【 BL12高分解能チョッパー分光器HRC 】

 高次多極子秩序による金属−非金属転移を示すPrRu4P12への磁気不純物置換効果
             (東北大学大学院理学研究科 岩佐和晃氏との共同研究)

 希土類元素を含む金属化合物の低温での基底状態は磁気秩序相であることが多い。その秩序変数は磁気双極子モーメントであるが、物質によっては高次の多極子モーメントが自発的に秩序する。その例が本研究で対象としたPrRu4P12である。
 この物質はTMI = 63 Kで構造相転移とPr 4f 電子状態の交替秩序をともなう金属−非金属転移を示す [1]。しかし磁化率はTMIで全く異常性を示さずに低温で常磁性的に発散する。すなわち磁気双極子の相転移の兆候はない。しかしながら同型物質で4f 電子は含まないLaRu4P12は全温度領域で金属的であり(約7 Kで超伝導転移)、PrRu4P12の金属−非金属転移における4f電子の役割が鍵となった。偏極中性子回折実験等から、Prサイトの二種類の磁場誘起局所磁化が交替的に配列することが見出された [2]。さらにそれぞれのPrサイトでの結晶場分裂準位間励起が特異的な温度依存性を示す[3]。図1(a)は、J-PARC/MLF BL12に設置された高分解能チョッパー分光器HRCを用いて測定したPrRu4P12の励起スペクトルである [4]。TMI以下で励起ピークの位置と幅が温度ともに顕著に変化している。これは、結晶場ポテンシャルエネルギーに含まれるランク 4の多極子が秩序変数として自発的に秩序化することを表している [5, 6]。
 PrをCeで置換するキャリアードープによってこの非金属相は急速に破壊される。Pr0.85Ce0.15Ru4P12ではTMI = 44 K となり[7, 8]、10 Kでの非弾性散乱スペクトルは、図1(b)の黒実線で表したようにブロードであり、PrRu4P12の高温でのデータと似ている。つまりギャップ形成は不十分でありキャリアーが低温でも残存していることを示す。かつ10 K以下で金属相に再転移するという特徴がみられる。
 一方、図1(b)に示したPr0.85Nd0.15Ru4P12の非弾性散乱スペクトルの温度依存性はCe置換系とは異なり、むしろ純粋なPrRu4P12と全く同じように見え、多極子秩序はNd置換で破壊されない。X線回折超格子反射強度から見積もったPr0.85Nd0.15Ru4P12の転移温度は58.0 Kであり、4f 電子を含まないLa置換系での転移温度56 Kよりもわずかながら高く、多極子サイトの希釈による相転移温度の低下が抑制されていると言える。NdRu4P12が1.6 K以下で強磁性秩序相を示すことから、常磁性状態にあるPrサイトへのNdによる磁気相互作用が多極子秩序相の安定性を保つものと考えられる。つまり局所的な磁気エネルギーの利得により非金属相の高次多極子秩序が保持される。

 [1] C. Sekine et al., Phys. Rev. Lett. 79, 3218 (1997).
 [2] K. Iwasa et al., J. Phys. Soc. Jpn. 74, 1930 (2005).
 [3] K. Iwasa et al., Phys. Rev. B 72, 024414 (2005).
 [4] K. Iwasa et al., accepted by Physics Procedia (proceedings of ICM2015).
 [5] Y. Kuramoto et al., Proc. Theo. Phys. Suppl. 160, 134 (2005).
 [6] T. Takimoto, J. Phys. Soc. Jpn. 75, 034714 (2006).
 [7] C. Sekine et al., J. Phys. Soc. Jpn. 80, SA024 (2011).
 [8] K. Saito et al., Phys Rev B 89, 075131 (2014).

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図1. HRCで測定したPr1-xRxRu4P12 (R = Ce, Nd)の励起スペクトル。

 

【 BL23偏極中性子散乱装置POLANO 】

 研究会

 2016年1月22日 POLANO全体会議 (KEK, 東海村)
 POLANOの運営・建設・機器開発・その他の現状や来年度予定についての報告を行い、今後の活動方針についての議論をおこなった

 

【 その他成果 】

 学会発表

  •  "Neutron Brillouin Scattering Experiments on HRC and Spin Waves in Metallic Ferromagnet SrRuO3",
    S. Itoh, 15th Japan-Korea Meeting on Neutron Science, Hotel Nonshim, Busan, Korea, 6 - 8 January 2016.
  •  "Recent Progress on Polarized Neutron Spectrometer POLANO",
    T . Yokoo, 15th Japan-Korea Meeting on Neutron Science, Hotel Nonshim, Busan, Korea, 6 - 8 January 2016.

 

(2) 水素貯蔵基盤研究グループ

【 BL21高強度全散乱装置NOVA 】

 全散乱測定用耐圧容器の開発

 水素貯蔵合金の水素貯蔵反応のその場観測を、十分な空間分解能を有するPDFにより行うためには、10 MPa耐圧バナジウム容器を用いる必要がある。10 MPaのガス圧に対する十分な強度を有していることを確認した容器を用いて、水素貯蔵合金の水素化を行ったところ、容器に大きな変形は見られないが、底面付近に亀裂が入り、容器内の圧力の低下が生じた。合金の体積が膨張し、試料容器に応力がかかったために割れてしまったと考えられる。水素貯蔵合金が、水素貯蔵過程において膨張することは一般的に起こるため、耐圧バナジウム容器を二重化するという対策を講じることとした。1.5 mm厚の耐圧バナジウム容器の内側に、0.1 mm厚の挿入容器(バナジウム)を挿入することで、水素吸蔵反応の体積膨張による容器内部応力を二重構造により緩和し、耐圧容器の肉厚増大(1.0 mm →1.5 mm)により耐圧性能を向上した容器である(図2)。40 MPaのガスによる耐圧試験は完了しており、合金の水素化のテストを開始した。

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図2. 水素ガス雰囲気実験用耐圧容器の2重化(左)と1.5 mmt耐圧容器の外形(右写真)。

 

(3) 中性子光学研究グループ

【 BL05中性子光学基礎物理測定装置NOP 】

 中性子ドップラーシフターを用いた超冷中性子源の開発

 "Pulsed ultra-cold neutron production using a Doppler shifter at J-PARC",
S. Imajo, K. Mishima, M. Kitaguchi, Y. Iwashita, N. L. Yamada, M. Hino, T. Oda, T. Ino, H. M. Shimizu, S. Yamashita, Y. Katayama, Progress of Theoretical and Experimental Physics, 013C02 (2016).

 運動エネルギー 240 neV, 速度 6.8 m/s 以下 (de Broglie 波長 58 nm 以上) にまで減速された中性子は超冷中性子 (UltraCold Neutron - UCN) と呼ばれる。UCN は波長が長いため物質中の原子核の並びを高さ 100~200 neV 程度の隙間のないポテンシャル障壁として感じ、その運動エネルギーの低さゆえにその障壁を超えられずなめらかな物質表面で全反射する。また中性子は磁場 1 T につき ±60 neV、地表付近の重力に対して高さ 1 m につき 100 neV のポテンシャルエネルギーを得るため、磁場で構成した容器の中に 気体のようにUCN を溜めることも可能である。この貯蔵可能な特徴により、UCN は中性子電気双極子能率の探索や中性子寿命測定において測定精度の向上に大きく貢献してきた。
 中性子光学研究グループはこのUCN源として、中性子ドップラーシフターを開発した(図3)。中性子位相空間密度の大きな J-PARCパルス中性子ビームを中性子反射ミラーで反射、減速することでUCNが発生を生成するのが特徴であり、パルス化したUCNを発生する世界にも類を見ない装置である。
 ドップラーシフターは垂直に入射する速度 68 m/s の中性子を反射率 23% で反射できる人工多層膜ミラーを搭載し、半径 32.5 cm の腕にこれを設置して 2000 rpm で回転させることで 136 m/s の中性子を UCN へと減速する。UCN パルス時間幅は 4.4 msであり、繰り返し 120 ms に対し3.6%というシャープなパルス構造を持っている。またスーパーミラーガイドや集光ガイドを用いた光学的な入射ビーム増強により、J-PARC 1MW 運転時には生成直後の UCN 数密度 1.4 cm-3 を達成できる見通しである。これは1980年に報告された先行研究のドップラーシフター[1,2]よりも12倍以上大きな値であり、中性子電気双極子能率の現在の上限値が得られた実験での実験容器中の UCN 数密度と同程度である。今後この装置が生成する UCN を用いて UCNを用いた物理実験に必要な要素技術開発を行う予定である。

 [1] T. W. Dombeck et al., Nucl. Instr. and Meth. 165, 139 (1979).
 [2] T. O. Brun et al., Phys. Lett. A 75, 223 (1980).

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図3. J-PARC/MLF BL05 NOPビームラインに設置された中性子ドップラーシフター。ビーム出口直後に設置されたモノクロメーターにより切り出された中性子バンチが集光されたのち 2000 rpm で回転する多層膜ミラーで UCN 化され、上方の検出器で検出される。