成果リスト
K. Yoshida, T. Yamaguchia, T. Yokoo, S. Itoh, "Collective dynamics measurement of liquid methanol by inelastic neutron scattering", Journal of Molecular Liquids 222 (2016) 395.
液体メタノールの中性子ブリルアン散乱
吉田亨次1、山口敏男1、横尾哲也2、伊藤晋一2
1福岡大理、2KEK
液体のダイナミクスには単一粒子ダイナミクスと集団ダイナミクス[1]が存在するが、前者は非干渉性中性子非弾性散乱の測定によって得られ、液体分子の並進・回転運動に関する情報を含んでいる。後者は干渉性散乱測定によって得られ、局所的な密度ゆらぎを反映するため、液体の構造とダイナミクスの両方の情報が分子レベルで明らかにされる。集団ダイナミクスは分子間相互作用に敏感であり、干渉性中性子非弾性散乱測定は液体中での分子間相互作用を実験的に調べることができる貴重な方法である。しかし、実験的困難さのため、その測定例は非常に少ない。その理由は高いエネルギーを持つ入射中性子を使用し、低い波数領域での散乱(ブリルアン散乱)を測定する必要があるためである。
J-PARC・MLFのBL12に設置されている高分解能チョッパー(HRC)分光器[2]は低散乱角側に検出基が設置されており、高い入射エネルギー、低いQ領域ならびに高いQ分解能というブリルアン散乱の測定条件を満足する。液体の集団ダイナミクスの測定に必要な運動量-エネルギー(Q-E)空間にアクセスすることができるのはMLFではHRCのみである。本研究では、中性子ブリルアン散乱測定により重水素化メタノールの室温における集団ダイナミクスを観測した。
Fig. 1に重水素化メタノールの動的構造因子に対するDamped Harmonic Oscillator (DHO) モデルによるフィッティング結果を示す。DHOの励起エネルギーをQに対してプロットしたもの(分散関係)がFig. 2である。この分散関係から得られた高周波音速はメタノールの断熱音速(1094 ms-1)のほぼ1.6倍であった。これまでに測定された液体では、四塩化炭素で約1.3倍[3]、水で約2倍[4]であり、この差異はメタノールの液体構造(メタノール分子同士が水素結合で結ばれた鎖構造を形成)と関連していると思われる。X線非弾性散乱による軽水素メタノールの結果[5]と比較すると、Q = 1 Å-1以降に両者の違いが見られた。このQ領域では分子内振動の寄与が同位体置換よってより顕著に表れたと考えられる。このことは、同位体置換法を用いて局所的なダイナミクスを中性子散乱により検出できる可能性につながる。
本研究はJournal of Molecular Liquids (http://dx.doi.org/10.1016/j.molliq.2016.07.038)に掲載された[6]。
[1] U. Balucani, et al., "Dynamics of the Liquid State", Oxford (1994).
[2] S. Itoh, et al., Nucl. Instr. Meth. Phys. Res. A 631, 90 (2011).
[3] T. Kamiyama, et al., J. Phys. Soc. Jpn. 73, 1615 (2004).
[4] J. Teixeira, et al., Phys. Rev. Lett. 54, 2681 (1985).
[5] K. Yoshida, et al., Chem. Phys. Lett., 440, 210 (2007).
[6] K. Yoshida, T. Yamaguchia, T. Yokoo, S. Itoh, Journal of Molecular Liquids 222, 395 (2016). (http://dx.doi.org/10.1016/j.molliq.2016.07.038)
図1. 中性子ブリルアン散乱によって得られた室温における液体メタノールの動的構造因子。実線はDHOモデルによるフィッティング結果。
図2. 重水素化メタノールの集団励起エネルギーのQ依存性(分散関係)。黒丸はX線散乱による軽水素メタノールの結果を表す。破線はメタノールの断熱音速である。Q = 1 Å-1以降のおける中性子とX線の結果の違いは分子内振動の寄与による。
小角検出器の整備
高分解能チョッパー分光器(HRC)では、散乱角が0.6 – 4°の小角領域(設計では10°まで設置可能)と、3 – 62°の領域の高角領域(設計では124°まで設置可能)に検出器が配置されている。HRCは、小角領域の検出器を有するために、世界でも独特なチョッパー分光器に位置づけられる。
中性子ブリルアン散乱実験は、前方散乱近傍で中性子非弾性散乱を測定する方法であり、高エネルギー、高分解能、低散乱角の実験条件により、中性子散乱の運動力学的限界に迫って、(000)近傍の集団励起モードの測定を可能にするものである。従来、スピン波やフォノンなどの集団励起モードを測定する中性子非弾性散乱実験のためには、大型の単結晶試料が必要であったが、中性子ブリルアン散乱実験によれば、粉末試料の強磁性体のスピン波や液体・非単結晶の音響フォノンが観測可能となる。
HRCでは、小角領域において、バックグラウンドの低減や検出器計数率の増大を図り、かつ、試料環境や解析ソフトウェアを整備することにより、中性子ブリルアン散乱実験が可能になるように整備してきた [1,2]。最近、小角領域の検出器の配置を変更し、より低バックグラウンド化するとともに、計数率の増大を図った。検出器を中性子ビームに対して前後2列に配置し、前列で検出した中性子の残りを後列で検出できるようにした(図1)。現状では、この領域に0.6 – 4°の範囲に検出器を取り付けたが、さらに10°まで取り付けることが可能である。HRCの中性子ブリルアン散乱実験で利用する、100 – 300meVのエネルギー領域の中性子に対して、前列後列合計で、前列のみの場合に比べて、1.4倍に計数率が増大した。その結果、ビーム出力が200kWでも、300kW相当の実験を行うことができた。HRCの中性子ブリルアン散乱により、粉末試料強磁性体のスピン波[3,4]、液体[5]や多結晶金属のフォノンなどの研究が進められている。
[1] S. Itoh et al., J. Phys. Soc. Jpn. 82 (2013) 043001
[2] S. Itoh et al., JPS Conf. Proc. 8 (2015) 034001
[3] S. Itoh et al., Nat. Commun. 7 (2016) 11788
[4] K. Ono et al., J. Appl. Phys. 115 (2014) 17A714
[5] K. Yoshida et al., J. Molecular Liquids (2016) in press
図3. HRCの小角領域の検出器
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充放電しているリチウム電池の内部挙動の解析に成功―中性子線を用い非破壊かつリアルタイム観測により実現―(東工大、高エネ機構、京大、J-PARCセンター)
実電池の動作環境下の電池反応を観測するために、18650型円筒リチウムイオン電池を用いて0.05から2Cレートで充放電を行いながら中性子回折測定を行った。電池内部の正極・負極電極合材からの回折中性子を検出し、正極・負極の構造が充放電過程でどのように変化するかを観測した。高充放電レートでは、負極では不均一な電池反応が進行して反応に寄与しない相が発生すること、充電と放電で反応機構が違うことを示すとともに、正極での反応では、これまでの報告とは異なる反応機構を提案した。今回の観測システムでは、実用電池を用いたオペランド測定でも、電池反応を定性・定量的に解明することができることを初めて示した。
(平成28年6月30日プレス発表、Scientific Reports 6: 28843 (2016) doi:10.1038/srep28843)
粉末回折データ解析ソフトウェアZ-Codeのリートベルト解析ソフトウェアの配布
(配布内容)
いずれも下記のアドレスからダウンロードできる。
https://z-code.kek.jp/zrg/
なお、すべての問い合わせ等はZ-Code < pjzcode@gmail.com >にお願いします。
(機能紹介)
インコメ磁気構造解析、ヒストグラムファイル・回折計ファイル作成、解析履歴コメント追加機能等
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