KENS

月例研究報告 11月

1. 共同利用状況など

【 2017A一般課題公募 】

 2017年4月以降に実施される2017A一般課題の公募が行われ、中性子の課題として223件の応募があった。

【 サマーチャレンジ秋実習 】

 夏のサマーチャレンジ開催時には施設が稼働していたかったために実施できなかった中性子やミュオンを用いた実習が11/11-11/12に行われた。

 

2. 研究グループの活動状況

(1) 量子物性グループ

【 BL12高分解能チョッパー分光器HRC 】

 論文等

  • S. Hosokawa, K. Kimura, M. Yamasaki, Y. Kawamura, K. Yoshida, M. Inui, S. Tsutsui, A.Q.R. Baron, Y. Kawakita, S. Itoh, "Impurity effects in the microscopic elastic properties of polycrystalline Mg-Zn-Y alloys with a synchronized long-period stacking ordered phase", Journal of Alloys and Compounds 695 (2017) 426-432 (DOI: 10.1016/j.jallcom.2016.10.26).

 

 Mg-Zn-Y LPSO合金の微視的弾性的性質の不純物効果

 細川伸也1、山崎倫昭1、河村能人1、吉田亨次2、川北至信3、伊藤晋一4
 1熊本大院先端、2福岡大理、3J-PARCセンター、4KEK

 ここ十数年の間、ZnおよびYやGdなどの希土類金属を不純物としたMg合金(熊大マグネシウム)が、注目されている。この合金は軽量で弾性的な性質に優れ、不燃性で熱的にも安定しており[1]、Alに代わる新しい構造材料として注目され、地下鉄や航空機に用いる応用も検討されている。それらの注目すべき性質の起源を理解するため、電子顕微鏡観察や散乱実験などが行われ、不純物がMgの積層欠陥に濃化する、いわゆる同期化した長周期積層秩序(LPSO)相に、クラスターとして存在していることがわかった[2]。このような材料に対して、微視的なダイナミクスを検討するため、Mg97Zn1Y2多結晶の非弾性散乱実験を、まずX線を用いてSPring-8で、続いて中性子を用いてJ-PARCで行った(IXSおよびINS)。
 J-PARC・MLFのBL12に設置されている高分解能チョッパー(HRC)分光器[3]は低散乱角側に検出器が設置されており、高い入射エネルギー、低いQ領域ならびに高いQ分解能というブリルアン散乱の測定条件を満足する。音速の速い多結晶物質の集団ダイナミクスの測定に必要な運動量-エネルギー(Q-ω)空間にアクセスすることができるのはMLFではHRCのみである。本研究では、中性子ブリルアン散乱測定によりMg-Zn-Y LPSO合金の微視的弾性的性質の不純物効果を観測した。
 図1の○はQ = 4.0、6.0および8.0 nm-1で得られたMg97Zn1Y2多結晶のINSスペクトル、△はQ = 7.9 nm-1で得られたIXSスペクトルをINSの分解能と合わせて示したものである。↑、↓および|はそれぞれ縦波音響(LA)、横波音響(TA)および局在モードのエネルギー位置を示す。INSとIXSでスペクトルに明瞭なさが見られる。すなわちLAモードはINSでは非常に小さいが、IXSでは大きなピークとして観測できる。それに反して、INSではTAモードはブロードなピークとして認められるが、IXSでは全く観測できない。また準弾性散乱ピークはIXSがかなり大きい。
 この相違は、X線では不純物の原子形状因子がMgに比べて数倍の差があるのに対し、中性子では原子相互の散乱長にほとんど違いがないことに起因すると考えられる、すなわち、LAモードや準弾性散乱は主として不純物元素のダイナミクスに関係しており、TAモードはホストMg元素の振動と強く関連していると結論できる。今後、不純物の濃度変化やX線を用いた単結晶の測定などを行い、Mg-Zn-Y LPSO合金の微視的弾性的性質の不純物効果をさらに明らかにしたい。
 本研究成果は、Journal of Alloys and Compounds誌に掲載された[4]。この研究は、科研費新学術領域「シンクロ型LPSO構造の材料科学」の助成(課題番号26109716)を受けて行われた。INS実験はBL12/MLF/J-PARCで行った(課題番号2015A0059)。

 [1] Y. Kakwamura et al., Mater. Trans. 42, 1172 (2001).
 [2] D. Egusa and E. Abe, Acta Mater. 60, 166 (2012).
 [3] S. Itoh, et al., Nucl. Instr. Meth. Phys. Res. A 631, 90 (2011).
 [4] S. Hosokawa et al., J. Alloys Compd. 695, 426-432 (2017), DOI: 10.1016/j.jallcom.2016.10.266.

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図1. ○はQ = 4.0、6.0および8.0 nm-1で得られたMg97Zn1Y2多結晶のINSスペクトル、△はQ = 7.9 nm-1で得られたIXSスペクトルをINSの分解能と合わせて示したものである。↑、↓および|はそれぞれLA、TAおよび局在モードのエネルギー位置を示す。

 

【 BL23偏極中性子散乱装置POLANO 】

 装置整備・開発等等

 夏の大型工事終了後、設置した機器の調整をおこなっている。また、増設建屋の整備と第一種管理区域変更に伴う周辺整備と整理もおこなった(図2)。併せてPOLANOでは機器開発を継続的に行っている。その一つが磁場環境の整備である。

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図2. 工事前後の様子

 

 磁場環境機器の開発

 中性子の偏極度を保持するためには一定以上の強さを持った磁場環境が必要となるため、我々はPOLANOでのコイルやマグネットといった磁場環境機器の設計と配置の最適化の検討を進めてきた。具体的には、有限要素法磁場計算ソフトANSYSとFEMTETを用いた磁気環境機器の設計、配置のシミュレーションと、KEK東海1号館においてオフラインのテストベンチによる発生磁場の評価を行った。
 図(a)は磁場シミュレーションにより求めたPOLANOにおける磁場環境機器の配置図である。ビーム上流(図3(a)の左側)から順番に、SEOP型3He偏極中性子スピンフィルター用ソレノイドコイル、ガイドコイル、縦磁場ガイドマグネット、ヘルムホルツコイル、扇形ガイドマグネット、偏極アナライザー用マグネットハウジングが配置されている。この磁場シミュレーションの結果を評価するため、縦磁場ガイドマグネット、ヘルムホルツコイル、扇形ガイドマグネットからなるテストベンチを作製し(図3(b))、3Dガウスメータを用いて磁場測定を行った。測定では偏極の保持に必要な強さの磁場(20G以上の磁場)が形成されている事を確認できた。また、磁場測定での対象としたデバイスにはバックグラウンド低減のためのB4Cレジンによる遮蔽体を作製・設置を行った。
 縦磁場マグネットはB4C遮蔽体と共に2016年10月にMLFに搬入し、装置へ設置できる状態にあり、扇形マグネットはB4C遮蔽体を取り付け、真空槽内に設置した。現在は、ヘルムホルツコイルは真空槽に設置するため、冷却機能を備えたフランジの設計を行っており、その他の機器についても順次POLANOへの導入の準備を進めている。

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図3. POLANOにおける磁場環境機器の配置とテストベンチ。(a) 磁場計算によって求めたPOLANOにおける磁場環境機器の配置図。(b) KEK東海1号館に設置されている磁場環境機器のテストベンチ、写真中央のヘルムホルツコイルはB4C遮蔽体を取り付けた状態。

 

【 S1型課題研究会 】

2016年11月15日 S1型課題研究会(つくば市、KEK)
13:30 - 13:35 (5) はじめに 伊藤晋一(KEK)
13:35 - 14:05 (30) S型課題の活動報告 横尾哲也(KEK)
14:05 - 14:35 (30) POLANOの建設状況報告 金子直勝(KEK)
14:35 - 14:55 (20) POLANOにおけるSEOP開発 猪野隆(KEK)
  (休憩15)
15:10 - 15:30 (20) 磁場環境開発 大山研司(茨大)
15:30 - 15:50 (20) 計算環境整備 坂口将尊(KEK)
15:50 - 16:15 (25) POLANOによせる期待1 石原純夫(東北大大学院)
16:15 -16:40 (25) POLANOによせる期待2 藤田全基(東北大金研)
16:40 - 講評 主査 守友浩

 

(2) ソフトマターグループ

【 BL16ソフト界面解析装置SOFIA 】

 論文等

  • S. Ohisa, Y.-J. Pu, N. L. Yamada, G. Matsuba, and J. Kido, "Influence of Solution- and Thermal Annealing-Process on Sub-Nanometer-Ordered Organic–Organic Interface Structure of Organic Light-Emitting Devices", Nanoscale, accepted (DOI: 10.1039/C6NR06654B).

 

(3) 水素貯蔵基盤研究グループ

【 BL21高強度全散乱装置NOVA 】

 論文等

  1. S. Saito, H. Watanabe, Y. Hayashi, M. Matsugami, S. Tsuzuki, S. Seki, J.N. Canongia Lopes, R. Atkin, K. Ueno, K. Dokko, M. Watanabe, Y. Kameda, Y. Umebayashi, "Li+ Local Structure in Li-Tetraglyme Solvate Ionic Liquid Revealed by Neutron Total Scattering Experiments with the (6/7)Li Isotopic Substitution Technique", J. Phys. Chem. Lett. 7 (2016) 2832-2837.,
  2. K. Miwa, T. Sato, M. Matsuo, K. Ikeda, T. Otomo, S. Deledda, B.C. Hauback, G. Li, S. Takagi, S.-I. Orimo, "Metallic Intermediate Hydride Phase of LaMg2Ni with Ni-H Covalent Bonding: Precursor State for Complex Hydride Formation", J. Phys. Chem. C 120 (2016) 5926-5931..
  3. K. Kodama, K. Ikeda, M. Isobe, H. Takeda, M. Itoh, Y. Ueda, S.-I. Shamoto, T. Otomo, "Local Structural Analysis of Half-Metallic Ferromagnet CrO2", J. Phys. Soc. Jpn. 85 (2016) 94709.
  4. Y. Kameda, S. Ebina, Y. Amo, T. Usuki, T. Otomo, "Microscopic Structure of Contact Ion Pairs in Concentrated LiCl- and LiClO4-Tetrahydrofuran Solutions Studied by Low-Frequency Isotropic Raman Scattering and Neutron Diffraction with 6Li/7Li Isotopic Substitution Methods", JJ. Phys. Chem. B 120 (2016) 4668-4678.
  5. H. Akiba, M. Kofu, H. Kobayashi, H. Kitagawa, K. Ikeda, T. Otomo, O. Yamamuro, "Nanometer-Size Effect on Hydrogen Sites in Palladium Lattice", J. Am. Chem. Soc. 138 (2016) 10238-10243.

 

 NOVAにおけるオンラインデータ処理システムの開発

 J-PARC MLFの高強度中性子全散乱装置NOVAでは、MLFの大強度中性子ビームを利用した微量試料の測定や、その場観察による試料の構造変化を測定することができる。NOVAで測定されたデータを実験中にモニターすることは、実験状況の把握やデータの統計量を評価する上で非常に重要である。また、実験中に測定データの補正をおこなうことで、構造因子S(Q)や二体分布関数g(r)を直接表示して確認することが可能となる。我々はオンラインモニターを始めとして、将来的にはS(Q)g(r)を実験中に導出するオンライン構造解析システムの実現を目指している。
 夏のビーム停止期間中に我々は分散メッセージングによるオンラインモニターを開発した。分散メッセージングとは識別子とデータから構成される単純なデータ構造を計算機メモリ上で取り扱うソフトウェアを用いて、複数のプロセス間で処理を連携、分担することである。分散メッセージングを実現するソフトウェアは多く存在するが、我々はRedis(レディス) [1]による分散環境を構築した。Redisは計算機メモリ上にQueue(キュー)サーバーを設置することで、一旦Queueサーバーに保存されたデータを別プロセスが取り出し処理することができる。Queueサーバーに対してデータを保存するプロセスとデータを取り出すプロセスは互いに独立しているため、処理負荷の異なるプロセスが共存する環境で威力を発揮する。図4に我々が開発したオンラインモニターの概念図を示す。Queueサーバーにデータを保存するプロセスはHDDに保存されたイベントデータをオンライン的に処理してメッセージと呼ばれる小サイズのデータをQueueサーバーに保存する。そして、別プロセスがQueueサーバーからメッセージを取り出し、ビームプロファイルやI(λ)分布のオンラインモニターを実現する。これらのプロセスは独立性が高いので、互いのプロセスを阻害する可能性は非常に低い。現状では、検出器で生成したデータのみを取り扱うシステムであるが、Queueサーバーには例えば試料環境装置から出力された温度データ等を保存することもできるので、検出器データと装置データの相関をオンライン的に示すことも容易である。なお、検出器で生成したデータは既存のデータ収集ソフトウェアであるDAQ-Middleware [2]によってHDDに保存される。RedisはC/C++言語やPythonなど様々なコンピュータ言語をサポートするだけでなく、多くのユーティリティ関数群が用意されており、柔軟性に富んだ分散環境の構築を実現する。なお、開発されたオンラインモニターはプロトタイプであり、今後、MLF計算環境グループと連携し、さらに高度化されていく予定である。
 図5に我々が開発したオンラインモニターの表示例として、NOVAの90度検出器バンクで取得されたI(d)分布とその経時変化およびd-Lsinθ相関を示す。NOVAのオンラインモニターは2016年11月のビーム再開に合わせて導入され、MLFの中性子ビームを用いたコミッショニングを開始した。また、同月に実施されたKEKサマーチャレンジ「秋の演習」や中性子・ミュオンスクールの実習においても実験データを確認する目的で使用され、参加した学生間の議論を深めるのに一役買うことができた。

 [1] Web site of Redis, http://redis.io.
 [2] K. Nakayoshi, et al., Nucl. Instr. and Meth. A 600 (2009) 173.

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図4. 開発したオンラインモニターの概念図。Queueサーバーにメッセージを保存するプロセスとメッセージを取り出し処理するプロセスに分かれている。データをデコードする際に補正関数f(x)を用いることもできる。図中のビームプロファイルとI(λ)分布はNOVAの透過中性子ビームモニター用のオンラインモニターで取得されたものである。
 

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図5. 開発されたオンラインモニターの表示例。I(d)分布とd-Lsinθ相関は刻々とイベントが増加する様子が観察できる。経時変化の分布は直近の20分間のデータを表示する。

 

【 S1型課題研究会 】

2016年11月21日 S1型課題研究会(KEK東海1号館)
13:05 - 13:20 NOVAの現状とH29の計画について 大友季哉(KEK物構研)
13:20 - 13:35 NOVAデータ集積系の高度化について 大下英敏(KEK物構研)
13:35 - 13:50 結晶PDF解析を利用したバナジウム水素化物の構造解析 池田一貴(KEK物構研)
13:50 - 14:10 高圧力における金属水素化物の格子間水素の状態解析 町田晃彦(QST)
14:10 - 14:30 合金系水素貯蔵材料の水素化特性と構造との相関の解明 榊浩司(産総研)
14:30 - 14:50 磁気PDF解析法の開発 樹神克明(JAEA)
14:50 - 15:05 磁気構造解析の手法の確立 本田孝志(KEK物構研)
15:05 - 15:20 休憩
15:20 - 15:40 超イオン伝導体(ガラス、結晶)のイオン伝導経路の解明 森一広(京大炉)
15:40 - 16:00 メソ細孔水の構造に対する生体関連分子の影響ならびに細孔内での生体分子の会合挙動 山口敏男(福岡大)
16:00 - 16:20 NOVAの高い統計精度を利用した希薄電解質溶液中のイオンの溶媒和構造 亀田恭男(山形大)
16:20 - 16:50 NOVA運営・研究推進に関するディスカッション
16:50 - 17:00 主査による講評 大沼正人(北海道大)

 

(4) 中性子光学研究グループ

【 BL05中性子光学基礎物理測定装置NOP 】

 受賞

 今城想平, "J-PARC MLFにおけるドップラーシフターによる超冷中性子ビーム生成とその解析",
 第11回(2017年)日本物理学会若手奨励賞, 2016/10/16.