KENS

月例研究報告 7月

1. 研究グループの活動状況

(1) 量子物性グループ

【 BL12高分解能チョッパー分光器HRC 】

 マルチフェロイック物質NdFe3(BO3)4の結晶場励起

 磁性と誘電性が共存するマルチフェロイック物質は、TbMnO3の巨大な電気磁気(ME)効果の発見に始まり、近年盛んに研究が行われている[1]。その中で、希土類ホウ酸鉄RFe3(BO3)4 (R=希土類元素)は磁性イオンとして希土類と鉄の二つをもつ新しいタイプのマルチフェロイック物質として知られている。この物質群は、希土類イオンの種類によって多様なME効果を示すことが知られており[2]、非常に興味がもたれている。また、マルチフェロイシティはスピン軌道相互作用を介した磁性イオンと配位子イオンの軌道の混成によって起こるため[3]、局所的な磁気モーメントの向きを決める磁気異方性が重要であることがわかっている。これまで、NdFe3(BO3)4において非弾性中性子散乱実 験による磁気励起の観測から、Nd3+の結晶場による磁気異方性がこの物質のマルチフェロイック特性の駆動力であることが示された[4]。したがって、この物質群のME効果を理解するためには、希土類イオンの結晶場状態を調べることが重要である。そこで、本研究ではRFe3(BO3)4のME効果についてさらに理解するために、非弾性中性子散乱実験によるNd3+の結晶場励起の観測を試みた。
 図1は40K(赤色)と15K(青色)における中性子非弾性散乱スペクトルを示している。図中の矢印で示しているピークをガウス関数でフィットすると、励起が?ω=8.5meVと17.4meVに位置することが分かった。このエネルギー位置は過去に光散乱によって観測されたNd3+の結晶場励起の第1、第2励起の位置と一致する[5]。また、結晶場励起の中性子散乱強度を計算し、実験結果と比較した。その結果、実験結果と同程度の値が得られた。したがって、中性子散乱実験において観測された励起がNd3+の結晶場励起であることが示された。今回の研究結果は、他のRFe3(BO3)4における結晶場励起の中性子散乱研究の指針になるものであり、今後本物質群のME効果の理解がより一層深まることが期待される。
 本研究成果は、J. Phys: Conference Series[6]に掲載が受理された。HRCでの中性子散乱実験はS型課題(2013S01,2014S01)により実施された。

参考文献
[1] T. Kimura et al., Nature (London) 426, 55 (2003).
[2] A. M. Kadomtseva et al., Low. Temp. Phys. 36, 511 (2010).
[3] A. I. Popov et al., Phys. Rev. B 87, 024413 (2013).
[4] S. Hayashida et al., Phys. Rev. B 92, 054402 (2015).
[5] M. N. Popov et al., Phys. Rev. B 75, 224435 (2007).
[6] S. Hayashida, M. Soda, S. Itoh, T. Yokoo, K. Ohgushi, D. Kawana, and T. Masuda, J. Phys: Conf. Ser. 746, 012059 (2016).

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図1. T=40Kと15KにおけるNdFe3(BO3)4の非弾性中性子散乱スペクトル。

論文等

P. Babkevich, N. E. Shaik, D. Lancon, A. Kikkawa, M. Enderle, R. A. Ewings, H. C. Walker, D. T. Adroja, P. Manuel, D. D. Khalyavin, Y. Taguchi, Y. Tokura, M. Soda, T. Masuda, H. M. Ronnow,
"Magnetic excitations from two-dimensional interpenetrating Cu framework in Ba2Cu3O4Cl2",
Phys. Rev. B 96 (2017) 014410.

国際会議発表

● International Conference on Neutron Scattering 2017 (ICNS 2017), Daejeon, Korea, 9 - 13 July 2017

  1. Magnetic excitations in metallic antiferromagnets Fe0.7Mn0.3 and Fe0.5Mn0.5
    S. Itoh, T. Hawai, S. Ibuka, T. Yokoo, Y. Endoh
  2. Spin waves in metallic ferromagnet SrRuO3
    S. Itoh, Y. Endoh, T. Yokoo, S. Ibuka, J.-G. Park, Y. Kaneko, K. S. Takahashi, Y. Tokura, N. Nagaosa
  3. Neutron inelastic scattering study on the iron-based ladder compound BaFe2Se3
    T. Hawai, Y. Nambu, K. Ohnuki, T. J. Sato, S. Itoh, T. Yokoo, B. Winn, V. O. Garlea, I. Zaliznyak
  4. Neutron Scattering Study in Breathing Pyrochlore Antiferromagnet Ba3Yb2Zn5O11
    T. Masuda, T. Haku, M. Soda, M. Sera, K. Kimura, J. Taylor, S. Itoh, T. Yokoo, Y. Matsumoto, D. Yu, R. A. Mole, T. Takeuchi, S. Nakatsuji, Y. Kono, T. Sakakibara, L.-J. Chang

● International Conference on Strongly Correlated Electron Systems (SCES 2017), Prague, Czech, 17 - 21 July 2017

  1. Magnetic and thermodynamic studies on the charge and spin ordering in highly hole-doped La2-xSrxCoO4
    M. Yoshida, D. Ueta, Y. Ikeda, T. Yokoo, S. Itoh, H. Yoshizawa
  2. Crystalline Electric Field Level scheme of the Non-Centrosymmetric CePtSi3
    D. Ueta, T. Kobuke, M. Yoshida, Y. Ikeda, S. Itoh, T. Yokoo, H. Yoshizawa

【 BL23 偏極中性子散乱装置POLANO 】

 装置整備・開発等

 POLANOは他のBLと併せて、T0チョッパーの冷却水カプラー交換作業を行った。工事は順調に終了し、通水試験および50Hzまでの運転試験も完了した。引き続きディスクチョッパーの監視・制御をリモートで行うための通信設備の改造をおこなう。

 研究会等(第一回POLANOサイエンスカフェ)

 J-PARCに建設を進めている偏極中性子散乱装置POLANOもいよいよ中性子ビームを受け、コミッショニングを開始した。今後POLANOを利用して展開するサイエンスを吟味し、広い学術分野での共同研究体制を構築する。

2017年6月23日(金)1400-
場所:KEKつくばキャンパス 3号館5階 会議室
140:0-14:30 (30) POLANOの現状 横尾哲也(高エネルギー加速器研究機構)
14:30-15:10 (40) 高密度水素化物の材料科学
- エネルギー材料としての新機能と今後の学術的課題 -
折茂慎一(東北大学 WPI/金属材料研究所)
 休憩
15:20-16:00 (40) 水素の表面ダイナミクス 福谷克之(東京大学生産技術研究所)
16:00-16:40 (40) 中性子を用いた水素化物の構造解析 大友季哉(高エネルギー加速器研究機構)

国際会議

● 2017年7月5-8日International Conference on Neutron Optics (NOP2017) (Nara, Japan)

 Development of 3He Neutron Scattering Spin Filter for the Polarized Neutron Spectrometer POLANO at J-PARC
M. Ohkawara, T. Ino, Y. Ikeda, T. Yokoo, M. Fujita, S. Itoh, K. Ohoyama

 

(2) ソフトマターグループ

【 BL16ソフト界面解析装置SOFIA 】

 動的高分子ブラシの形成過程(東京大学 横山グループ)

 高分子の末端を表面に化学的に結合させた、nmスケールのブラシは「高分子ブラシ」と呼ばれており、特に高密度の高分子ブラシは超親水(疎水)性や防汚性、低摩擦性等の特異的な性質をしばしば発現する。この高い機能性により、高分子ブラシは次世代の機能性材料として注目されており、人工関節などに応用されている。高分子ブラシの作成法として、高分子の末端に表面に特異的に反応する官能基を修飾し、表面に高分子を修飾する”Grafting-to”法、逆に高分子の反応の起点となる官能基を基盤に修飾し、そこに高分子のモノマーを次々に反応させてブラシを成長させる”Grafting-from”法等が知られており、前者は後者と比較して簡便に作成できる一方、ブラシの密度が低いため機能性に劣るという欠点を有する。これに対して、東京大学の横山グループは高分子膜に両親媒性の高分子のブロック共重合体をミックスして水に接触させると、自発的にブロ ック共重合体による高密度の高分子ブラシが形成されることを、中性子反射率計SOFIAを用いた実験により明らかにした[ACS Macro Lett. 2, 265?268 (2013)]。この方法は、簡単に高分子ブラシのコーティングが施せる上に、傷がついても高分子ブロック共重合体が表面に再偏析することで高分子ブラシが自己修復されるという利点を有する。一方、ブラシ形成に関する基礎的な知見は不足しており、その形成過程を観察した例はない。
 そこで、横山グループはSOFIAを用いた表面構造解析と水晶発振子マイクロバランス法(QCM)を用いた質量分析を組み合わせることにより、動的高分子ブラシが形成される際の厚さと密度、およびブラシの粘性の変化をそれぞれ評価した。図2(a)に架橋したpoly(dimethyl siloxane) (PDMS)のマトリクスにpoly(ethylene glycol) (PEG)とPDMSをブロック共重合したPEG-PDMSを10wt.%混合したフィルムを重水に接触させた後、時分割測定を行った中性子反射率プロファイルの時間依存性を示す。細かな干渉はフィルム全体の膜厚に対応した干渉縞であり、これをフィッティング解析することによって膜の表面に形成される動的高分子ブラシの密度と膜厚を求めることができる。図1(b)は解析により得られたフィルム表面における散乱長密度(SLD)の深さ依存性のグラフで、初期過程においては動的高分子ブラシの膜厚がほぼ一定のまま、SLDが減少していくのに対し、後期過程においてはSLDがほぼ一定のまま膜厚が増加していることがわかる。重水よりも高分子のSLDが低いことから、初期過程ではグラフト密度のみが徐々に増加し、その密度が飽和した後にブラシが徐々に伸びていることをこの結果は示している。この挙動についてのメカニズムを理解するために、PEG-PDMS共重合体がマトリクス内でミセルを形成し、その間を拡散して表面に露出するという仮定に基づきグラフト密度の変化を計算したところ、図2に示す通り初期過程においてSOFIAおよびQCMから得られたデータと非常に良い一致を示した。一方、後期過程においては計算値が時間の1/2乗に比例して増加するのに対して実験値は頭打ちになっており、大きな乖離を示している。これは、表面に新たにPEG-PDMS共重合体が入り込む余地が無くなり、グラフト密度が飽和することを計算では考慮に入れていないためで、SOFIAで観測された後期過程における膜厚増加は、面内方向に飽和状態になった後、膜厚方向にブラシが伸びることによって、新たに供給されたPEG-PDMS共重合体を取り込むことに対応していると考えられる。

参考文献

[1] H. Tanoue, M. Inutsuka, N. L. Yamada, K. Ito, and H. Yokoyama, "Kinetics of Dynamic Polymer Brush Formation", Macromolecules, accepted (DOI:10.1021/acs.macromol.7b00636).

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図2. (a) SOFIAを用いて動的高分子ブラシの成長過程を捉えた時分割NRプロファイルとそのフィッティング結果。 (b) 時分割NR解析より得られた動的高分子ブラシ表面の散乱長密度プロファイル。* Reproduced from Figures 3 in the reference.。

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図3. 中性子反射率およびQCMより求めたグラフト密度の時間依存性と、モデルを用いたシミュレーションとの比較。ブラシ形成の初期過程はグラフの右に示すようなミセル間のジャンプ拡散モデルにより良く再現された。* Reproduced from Figures 8 and 9 in the reference.

 論文等

 

(3) 水素貯蔵基盤研究グループ

【 BL21 高強度全散乱装置NOVA 】

 温度制御型試料交換機の温度制御試験

 BL20中温冷凍機を参考にしてBL21に18試料装填の温度制御型試料交換機を導入して、温度制御試験を実施した。白金測温抵抗体をHeガスで試料容器に封入し(図4)、LakeShore350で制御するヒータ部に対して熱平衡に達するまでの遅れや到達温度差を評価した(図5)。熱交換ガスを使用しないで真空チェンバ内でヒータ部からの熱伝導により温度を制御する本機器では、試料交換と独立して20Kから500K以上まで連続制御が可能である。温度制御試験の結果から、500Kまでの各設定温度に対して到達温度に問題はないが、200K前後の温度設定時に熱平衡に至るまで長時間を要することを確認 した。納品前の昇温実績がある750Kまで同様の温度制御試験を実施する予定である。

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図4. 温度制御型試料交換機のヒータ部に設置された白金測温抵抗体封入の試料容器

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図5. 温度制御試験の結果