平成30年度のS1課題として、2件の新規課題の採択、6件の課題の継続、1件の課題の終了が物構研運営会議において承認された。
BL/課題番号 | 課題名 | 研究代表者 | 審査結果 | 備考 |
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BL-12 HRC 2018S01 |
高分解能チョッパー分光器による物質のダイナミクスの研究 | 伊藤晋一(KEK 物質構造科学研究所 教授) 益田 隆嗣(東京大学物性研究所 准教授) |
採択 | 新規 |
BL-05 NOP 2014S03 |
パルス冷中性子を用いた中性子基礎物理研究 | 三島 賢二(KEK 物質構造科学研究所 特別准教授) | 了承 | 継続 |
BL-08 Super HRPD 2014S05 |
SuperHRPDの開発と機能性物質の構造科学研究 | 神山 崇(KEK 物質構造科学研究所 教授) | 了承 | 継続 |
BL-21 NOVA 2014S06 |
全散乱法による水素化物の規則-不規則構造解析 | 大友 季哉(KEK 物質構造科学研究所 教授) | 了承 | 継続 |
BL-06 VIN ROSEP 2014S07 |
中性子スピンエコー分光器群(VIN ROSE)の建設と高度化 | 日野 正裕(京都大学原子炉実験所 准教授) | 了承 | 継続 |
BL-16 SOFIA 2014S08 |
中性子反射率法を用いたソフト界面の先進的ナノ構造評価法の開発と工業材料への応用 | 山田 悟史(KEK 物質構造科学研究所 助教) | 了承 | 終了 |
2018S12 | パルス熱外中性子の利用 | 清水裕彦(名古屋大学大学院理工学研究科 教授) | 採択 | 新規 |
大学共同利用中性子実験課題として、申請54件のうち、採択44件、予備採択6件、不採択4件とすることが、物構研運営会議により承認された。
論文等
論文等
データリダクションソフトSOFIA converterのアップデート
J-PARC MLFのBL16に設置された中性子反射率計SOFIAでは解析ソフトウェアIgorをベースとしたデータリダクションソフトを提供している。このソフトはGUIを備え、初心者でも変換可能な作りとなっている。
今回、更なる信頼性と効率性の向上を目的として以下の機能強化を行った。
図1. SOFIA converterによるデータ変換の流れ。
粘着剤/被着体界面のエージング過程におけるナノ構造の変化(日東電工(現CROSS) 宮崎Gr.との共同研究)
粘着剤とは永久接着ではなく一時接着に用いられる材料で、被着体にすぐ接着し、また容易に引き剥がすことができるという特徴を有する。日常生活では、包装や事務用に用いられる粘着テープはもちろん、スマートフォンなどの液晶保護フィルムなど幅広い用途に活用されている。
一方、このように身近な材料であるにも関わらず、粘着剤が「なぜ剥がれないのか?」という本質的な点において明確な回答はまだ得られていない。例えば、1 cm幅の粘着テープを引き剥がすのに数Nの力が必要になるが、この際に生じる力としては粘着剤を変形させる力や、界面の結合を切る力が支配的と考えられている。一方、バルクとしての粘着剤の物性が経時変化しないような条件下であるにもかかわらず、エージングによって粘着力が大きくなることが知られており、これは単純な弾性率や界面張力では説明することができない。そこで、本研究では被着体と粘着剤の界面におけるナノ構造に着目し、エージングによって生じる動的変化と粘着力の関係を明らかにすることを試みた。 用いた粘着剤は高分子であるポリメチルメタクリレート(PMMA)とポリn-ブチルアクリレート(PnBA)のブロック共重合体で、PMMAとポリスチレン(PS)を被着体としてその接着力、およびナノ構造の経時変化を調べた。図2に幅10 mm、剥離速度10 mm/minで測定した140℃でエージングした際の粘着力の時間依存性を示す。被着体がPMMAの場合はエージングが進行すると共に粘着力が増大し、10分弱で約4.5 Nで飽和するのに対して、PSが被着体の場合は粘着力がほとんど変化していない。
これに対応するナノ構造を評価するために重水素化した被着体でサンドイッチした粘着剤について、中性子反射率計SOFIAを用いてエージングの効果を調べた。図3に実験データとそれを解析して得られたナノ構造の模式図を示す。まず、粘着剤を構成するPMMAとPnBAは界面エネルギーが大きく異なるため本来は混じり合うことができないのだが、ここでは化学的に強制的に結合させられており、ラメラ構造を形成することによって自由エネルギーを最小化する。エージング前はこのラメラ構造が無配向であるため接着剤層は一様となっているが、接着力が変化したPMMAを用いた系では、エージングによって無配向だった粘着剤が界面に水平方向に配向を起こし、深さ方向に対する散乱長密度が周期的に変化している。この際、粘着剤中のPnBAはコントラストをつけるために重水素化してあり、散乱長密度が低い成分が界面に存在していることから、粘着剤中のPMMAと被着体のPMMAが高い親和性によって偏析していることがわかる。
一方、接着力が変化しなかったPSでは構造変化が生じていないように見える。しかし、電子顕微鏡や斜入射小角X線散乱を用いた評価により、無配向のラメラが界面に垂直方向に配向したラメラへと変化していることがわかった。これは、PSの界面自由エネルギーがPMMAとPnBAの中間となっていることから、PSとの界面にPMMAもしくはPnBAが偏析するより、垂直配向する方が界面自由エネルギーとして利得が得られるためだと考えられる。
また、PMMAでサンドイッチした系については10秒間隔の構造変化を確認したところ、10分弱の時間スケールでラメラの配向が生じることが観察されたことから、今回の実験結果はエージングによるラメラの配向変化が粘着力の増加の起源となっていることを強く示唆している。これは、被着体であるPMMAと粘着剤中のPMMAは同じ表面自由エネルギーを有しているため、ラメラが界面に平行に配向することによって大きな界面自由エネルギーの利得が得られるためだと解釈できる。
参考文献
K. Shimokita, I. Saito, K. Yamamoto, M. Takenaka, N. L. Yamada, T. Miyazaki, Langmuir 34, 2856-2864 (2018).
図2. 140℃でエージングした際の粘着力の時間依存性。
* Reproduced from Figure 9 in the reference.
図3. 140℃でエージングした際の中性子反射率実験の結果と、それを基に得られた界面ナノ構造。(a)は被着体としてPMMAを用いてサンドイッチした場合、(b)は被着体としてPS用いてサンドイッチした場合を示している。
* Reproduced from Figure 3 and 4 in the reference (schematic illustration is added).
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