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月例研究報告 5月

1. 共同利用状況など

【 J-PARC MLF 2018B一般課題公募 】

 上記の課題公募が、平成30年5月17日(木)~ 6月7日(木)を受付期間として実施された。MLF全体として300件を超える応募があった。



2. 研究グループの活動状況

(1) 量子物性グループ

【 BL12高分解能チョッパー分光器HRC 】

◆ 論文等

  • S. Hayashida, O. Zaharko, N. Kurita, H. Tanaka, M. Hagihala, M. Soda, S. Itoh, Y. Uwatoko, and T. Masuda,
    “Pressure-induced quantum phase transition in the quantum antiferromagnet CsFeCl3”,
    Phys. Rev. B 97 (2018) 140405(R).



◆ 研究成果

 量子磁性体CsFeCl3の圧力誘起量子相転移

 量子揺らぎに起因する量子相転移は、相転移の臨界点近傍で増幅される量子揺らぎの効果によって非自明な現象を示すため、非常に関心がもたれている[1]。特に、量子磁性体では理論と実験の検証が比較的容易であることから、量子相転移の研究の舞台として盛んに研究が行われている。我々は量子磁性体としてS = 1容易面型反強磁性体CsFeCl3に注目している。本物質は強い容易面型の磁気異方性によって基底状態はSz = 0の一重項状態が実現している[2]。圧力下の磁化率測定により圧力誘起の磁気秩序が現れることが示され[3]、CsFeCl3は圧力誘起の量子相転移を示す量子磁性体として興味がもたれる。そこで、本研究ではCsFeCl3の圧力誘起の秩序状態を調べるために圧力下の中性子散乱実験をJ-PARC MLFの高分解能チョッパー分光器HRCとスイスPSIの単結晶中性子回折計ZEBRAで行った。
 図1(a)はHRCの白色ラウエで測定されたピークの温度変化を表している。P = 1.4 GPaでd* = 0.6 Å-1にピークが観測された。温度の減少とともに強度が増加していることから磁気ピークだと示唆される。また、このピークの反射指数は(1/3,1/3,0)となり、磁気伝搬ベクトルが(1/3,1/3,0)だと同定された。HRCでの実験を元にスイスPSIのZEBRAでより詳細な中性子回折実験を行った。図1(b)は0.0 GPaと2.0 GPaにおける回折プロファイルを表している。(1/3,1/3,0)にある磁気ピークが圧力の印加によって現れることが分かった。更に他の磁気ピークについても測定し磁気構造解析を行い、ab面内で120度構造を形成していることが明らかとなった。また、秩序変数の温度依存性を解析した結果、臨界指数はβ = 0.24(1)と見積もられた。この値はXY型の積層三角格子モデルの値に近く、U(1)×Z2のユニバーサリティクラスに属する。このU(1)×Z2はスピンのカイラリティだけが秩序化したカイラル液体状態が予想されているため[4]、今回の研究結果から、量子磁性体CsFeCl3はカイラル液体状態を示す候補物質だと提案される。今後、カイラル液体状態の探索や、量子臨界点近傍における非自明な磁気励起の観測などの発展が期待される。
 本研究成果は、Physical Review Bに掲載された[5]。HRCでの中性子散乱実験はS型課題(2015S01,2016S01,2017S01)により実施された。

図1. (a)HRCで測定されたP = 1.4 GPaにおける磁気ピークの温度変化。(b)ZEBRAで測定された P = 0.0 GPaと2.0 GPaにおけるCsFeCl3の中性子回折プロファイル。挿入図は決定された磁気構造。

参考文献
[1] S. Sachdev, Quantum Phase Transitions, 2nd ed. (Cambridge University Press, Cambridge, UK, 2011).
[2] H. Yoshizawa et al., J. Phys. Soc. Jpn. 49, 144 (1980).
[3] N. Kurita and H. Tanaka, Phys. Rev. B 94, 104409 (2016).
[4] Z. Wang et al., Phys. Rev. B 96, 184409 (2017).
[5] S. Hayashida, O. Zaharko, N. Kurita, H. Tanaka, M. Hagihala, M. Soda, S. Itoh, Y. Uwatoko, and T. Masuda, Phys. Rev. B 97, 140405(R) (2018).



(2) ソフトマターグループ

【 BL06中性子共鳴スピンエコー装置群VIN-ROSE 】

◆ 装置整備・開発等

 BL06中性子共鳴スピンエコー分光装置においてスピンエコー観測に成功等

 BL06 VIN ROSEでは、京都大学とKEKが協力して2台の中性子共鳴スピンエコー分光装置(MIEZE型及びNRSE型)の建設を進めている。京都大学原子炉実験所、理化学研究所、及びKEKの研究協力により、全長90 cmのm = 5 NiC/Ti回転楕円体スーパーミラーを製作し、J-PARC MLF BL06ビームラインにて集光特性を評価し、2対のスーパーミラーを用いて直径1 mmのピンホール像を5 m離れた位置に結像することに成功した(図2)。回転楕円体集光の中性子スーパーミラーの実用化は、世界初である。また、NRSE分光装置にこの集光系を組み合わせて(図3)、中性子スピンエコー測定を実施し、広い波長領域(0.67〜1.62 nm)においてエコー信号の観測に成功した(図4)。実験は共鳴スピンフリッパーの実効振動数200 kHzで行い、下流の高周波駆動の共鳴スピンフリッパーの間隔を変えることでスピンエコー信号を観測した。
 BL06では、MIEZE型分光器を使用しての一般課題実験を2017年度から受け入れているが、NRSE型分光器でも2019年度の一般課題受け入れを目指してコミッショニングを進める予定である。

図2. 実験に用いた長さ90 cmの回転楕円体中性子集光スーパーミラー。

図3. BL06 VIN ROSEに設置されたNRSE分光装置の写真。

図4. BL06 NRSEにおいて観測した中性子スピンエコー信号。縦軸は飛行時間(左軸)及び波長(右軸)、横軸は最下流の高周波共鳴スピンフリッパーの位置。



 VIN ROSEにおける中性子ピクセル検出器(Mpix)の開発

 J-PARC MLFのBL06に中性子スピンエコー分光器群(VIN ROSE)が建設されている。VIN ROSEでは、物質中の緩和現象などのいわゆるスローダイナミクスを観察することができる。2018年A期よりVIN ROSEのMIEZE分光器において一般課題の募集が開始されている。MIEZE分光器で観察されるMIEZEシグナルは共鳴スピンフリッパーの設定振動数に依存した時間ビートシグナルであり、物質中のスピンと相互作用することで変調することが知られている。現在、400 kHzのMIEZE振動数まで実現しており、高い精度で物質中の緩和現象を観察するためには、サブナノ秒程度の高い時間分解能を持つ中性子検出器が必要である。我々はMIEZE分光器で使用することができる中性子二次元検出器として、中性子ピクセル検出器(Mpix:エムピックス)の開発を進めている。Mpixの概観を図1に示す。Mpixは320 mm×320 mmの有感領域と高い時間分解能を低コストで実現する。中性子コンバーターとして、0.25 mm厚の6LiF/ZnS(Ag)シンチレータを使用し、受光素子には10 mm間隔に配置された1024個のMulti-Pixel Photon Counter(MPPC)[1]を使用している。2018年5月に従来使用されている抵抗分割型PMT二次元検出器(RPMT)[2]との比較試験をおこなった。MpixとRPMTの仕様を比較した場合、Mpixの有感領域は約10倍、導入コストは1/3程であり、現実的な予算でMIEZE分光器における中性子小角散乱システムを実現することが期待できる。図2にMIEZE分光器で測定されたTOF分布の比較を示す。規格化した中性子強度は実効的な中性子感度に依存し、Mpixの中性子強度はRPMTに比べて56%程であった。両者において同じ中性子コンバーターが使用されたので、実効的な中性子感度の違いは受光素子の量子効率の違いに加えて、受光素子に光を導く効率の違いと考えられる。MIEZEシグナルの評価として、平均中性子強度に対する時間ビートシグナルの振幅の比であるコントラストが用いられた。図3にMpixとRPMTによるコントラストの比較を示す。Mpixで導出されたコントラストは概ねRPMTと同じであり、MpixがMIEZE分光器で使用できることを示している。今後はより詳細な性能評価をおこなうと共に、RPMTの性能に近づける改良をおこなう予定である。

参考文献
[1] 浜松ホトニクス、www.hamamatsu.com/jp/ja/index.html.
[2] 佐藤節夫、中性子検出器の読み出し回路の開発、日本中性子科学会誌「波紋」vol.15、No.1(2005)p.78-p.81.

図5. Mpixの概観

図6. MIEZE分光器で測定されたTOF分布の比較

図7. MpixとRPMTによるコントラストの比較



【 BL16ソフト界面解析装置SOFIA 】

◆ 論文等



(3) 水素貯蔵基盤研究グループ

【 BL21高強度全散乱装置NOVA 】

◆ 論文等

  • F. Takeiri, T. Yamamoto, N. Hayashi, S. Hosokawa, K. Arai1, J. Kikkawa, K. Ikeda, T. Honda, T. Otomo, C. Tassel, K. Kimoto, and H. Kageyama,
    “A Fluorine-rich Perovskite Oxyfluoride AgFeOF2”,
    Inorg. Chem. 57 (2018) 6686-6691.
  • Y. Kameda, S. Maeda, Y. Amo, T. Usuki, K. Ikeda, T. Otomo,
    “Neutron Diffraction Study on the Structure of Hydrated Li(+) in Dilute Aqueous Solutions”,
    J. Phys. Chem. B 122 (2018) 1695-1701



◆ 研究成果

 新規ペロブスカイト酸フッ化物AgFeOF2の磁気構造解析

 高圧法を用いることで、新規ペロブスカイト型酸フッ化物AgFeOF2を合成し、従来AMO2F (M: 遷移金属) に限られていたペロブスカイト型酸フッ化物のアニオン組成を拡張することに成功した。これによって、アニオン組成比の異なる既知の酸フッ化物AFeO2F (A = Sr, Pb, Ba)[1-3]、あるいは酸化物LnFeO3 (Ln = lanthanide)[4] との系統的な比較が可能となり、その磁気相互作用をアニオン組成比の観点から議論できる。そこでJ-PARC MLFのNOVAにおいて粉末中性子回折実験を200-550 Kの温度範囲でおこない、その磁気構造解析によって、AgFeOF2TN = 480 K 以下でG-type反強磁性秩序を形成することを明らかにした(図8)。転移温度TNを反強磁性相互作用の尺度とすると、一連のFeIIIペロブスカイトにおけるそれは、酸素の量が増すほど大きくなっていることがわかる(図9)。これはFe-O-Feの超交換相互作用の大きさが、Fe-F-Feのそれに比べて有意に大きいことを示唆しており、磁性材料設計におけるアニオンチューニングの重要性を物語っている。本研究成果は、Inorganic Chemistry誌に受理された[5]。これらの中性子実験は、一般課題2016A0068によって行われたものである。



図8. AgFeOF2の(a) 200 Kにおける中性子回折プロファイルと(b) 磁気モーメントの温度依存性。



図9. AFeIII(O,F)3におけるネール温度のアニオン組成比依存性。

参考文献
[1] Berry, F. J., et al., Solid State Commun. 134, 621-624 (2005).
[2] Inaguma, Y., et al., Chem. Mater. 17, 1386-1390 (2005).
[3] Heap, R., et al., Solid State Commun. 141, 467-470 (2007).
[4] Seo, J. W.et al., J. Phys.: Condens. Matter 20, 264014 (2008).
[5] Takeiri, F. et al., Inorg. Chem. 57, 6686-6691 (2018).