◆ 研究成果
空間点対称性の破れたCePtSi3の結晶場励起の中性子非弾性散乱実験による観測
スピンホール効果やマルチフェロイクス、トポロジカル絶縁体、空間反転対称性の破れた超伝導体など、空間反転対称性の破れに伴って現れる新奇現象の研究は現代物性物理学の一つの潮流となっている。特に空間反転対称性の破れたCeTSi3 (T = 遷移金属元素)系では、非従来型の圧力誘起超伝導や多段メタ磁性転移など興味深い現象が報告されている[1,2]。このようにc軸方向に空間反転対称性の破れた物質では、Rashba型の反対称スピン軌道相互作用(ASOI)が伝導電子のスピン状態に依存して作用するため、ASOIの効果が物性にどのように影響するのか大きな興味が持たれ盛んに研究されている。我々は、CeTSi3系の研究の手始めとして、超伝導の報告は無いがこれまでに多結晶体の報告しかないCePdSi3の単結晶試料を育成し、比熱や磁化測定を行い結晶場準位を見積もった[2]。この結果は先行研究で報告されている中性子非弾性散乱実験の結果とも良い一致を示し[3]、CePdSi3の基底状態の波動関数はΓ6であることが分かった。次のステップとして、この系の基底状態の波動関数と結晶場準位に注目すると、先行研究で報告されているCePtSi3のマクロ物性測定により見積もられた結晶場第二励起は86 meVと他のCeTSi3と大きく異なっていることに気づいた[4]。そこで、CePtSi3の多結晶試料を用いて中性子非弾性散乱実験を行い、結晶場準位を再検討することとした。
CePtSi3の多結晶試料を用いた測定は、中性子の入射エネルギーEi = 50 meVが最大となるようチョッパーを調整し、GM冷凍機を用いて最低温度2.8 Kで行った。また、マルチEi測定によってEi = 258, 11 meVの測定も同時に行った。図1(a)は、Ei = 258 meVにおける測定データで先行研究で報告されている86 meV付近には励起は観測されなかった。一方図1(b)は、Ei = 50 meVにおける測定データで、アルミの散乱と非磁性参照物質LaPtSi3を用いて113系のフォノンの寄与を差し引いたCePtSi3のデータである。このデータにおける2.9 < |Q| < 3.1の範囲で散乱強度を積分した際のエネルギー方向への1次元カットが図1(c)である。これらの図に黒い矢印で示す5.3, 17.5 meV付近に結晶場励起が観測された。この観測された結晶場準位を反映した結晶場モデル計算の結果は、比熱や磁化の振舞いを良く説明することが出来、CePtSi3の基底状態の波動関数はΓ6となり、結晶場準位の振舞いはCePdSi3とよく似ていることが分かった。従って、圧力誘起超伝導体であるCeRhSi3, CeIrSi3の基底状態の波動関数はΓ7であり、超伝導の発現が無く多段メタ磁性転移を示すCePdSi3, CePtSi3においてはΓ6となり、CeTSi3系においては基底状態の波動関数の違いによって、発現する物性の違いを区別することが出来る。つまり、Ce3+イオンの4f電子が周りの陰イオンからクーロン力を受ける結晶場効果は、c-f混成と密接に関係しており、超伝導の発現する系においては、混成効果によってf電子は遍歴的になり、波動関数はΓ7が選択される。一方、超伝導が発現しない系においては混成の効果が弱く、局在的な描像で多段メタ磁性転移や空間反転対称性の破れに起因したDM相互作用による弱い強磁性などの特徴を示す。
参考文献
[1] N. Kimura et al., Phys. Rev. Lett. 95, 247004 (2005)等.
[2] D. Ueta et al., J. Phys. Soc. Jpn. 85, 1014703 (2016).
[3] D. Ueta et al., Physica B 536, 21 (2018).
[4] M. Smidman, Ph.D. thesis, The University of Warwick (2014).
図1. (a) 中性子の入射エネルギーを258 meVとした際のCePtSi3の中性子非弾性散乱実験の測定結果。(b) Ei = 50 meVで測定したデータにおけるCePtSi3の磁気散乱の寄与。(c) 2.9 < |Q| < 3.1の範囲で磁気散乱を積分したときのエネルギー方向への1次元カット。内挿図はEi = 11 meVの測定結果から得られた1次元カット。
◆ その他成果
◆ 装置整備・開発等
POLANOではYUIをベースとした機器制御を行っているが、新たな機器導入に併せた開発、アップグレードを推進している。冷凍機用の温度コントローラーLS350を導入し、制御プログラムのアップデートが行われた。また、温度計や各種チョッパーのログ機能(log visualizer)の更新が行われ、特にログの描画機能が改善された(図2)。今後、新たな試料環境機器の導入や偏極度解析の実現を目指しており、制御・解析プログラムのさらなる整備を進めていく。
図2. Log visualizerにより表示した、(左):真空散乱槽の真空度と、(右):試料冷凍機温度の時間変化。アップデートに伴い、拡大縮小機能やグラフのExport機能などの利便性が向上した。
◆ その他成果
◆ 研究成果
La、Mn置換したSrTiO3の静的・動的構造特性とその熱伝導度との関係
量子常誘電体として知られるペロブスカイトTi酸化物SrTiO3はSrサイトへのLa置換(Sr1-xLaxTiO3)等によって電子をドープすると良い熱電特性を示す [1]。熱電物質の性能指数は ZT = S2σT/κ(S:ゼーベック係数、σ:電気伝導度、κ:熱伝導度)で表され、ZTを向上させるには電気伝導度を損なわずに熱伝導度を抑えることが重要である。最近、La置換に加えてTiサイトへの微量のMn置換(Sr1-xLaxTi1-yMnyO3)によって熱伝導度が大幅に減少することが見出された[2]。電子ドープしたSrTiO3の熱伝導度は格子による寄与が支配的であるため、この熱伝導度の低下はなんらかの格子の変化を伴っていると考えられる。そこで、La、Mn置換したSrTiO3の粉末試料に対して中性子回折実験および中性子非弾性散乱実験を行い、その構造特性を調べた。
図3(a)は粉末回折パターンの一部を示したものである。La置換試料、Mn置換試料の結晶構造はSrTiO3と変わらず立方晶であったのに対し、La+Mn共置換試料では正方晶に変化していることが分かった。この正方晶はSrTiO3の低温相で知られている構造と同じ構造である。わずかな元素置換による構造の変化はSrTiO3が元々有する構造不安定性を反映しているものと考えられるが、SrTiO3の構造相転移温度において熱伝導度が大きな変化を示さないことなどから、正方晶への構造変化はLa+Mn共置換試料で見られた熱伝導度の低下の起源とは考えにくい。そこで次に中性子非弾性散乱実験を行ったところ、La+Mn共置換試料では運動量Qの広い範囲にわたって低エネルギーの非弾性散乱強度が増加していることが分かった。図3(b)は中性子非弾性散乱スペクトルをQについて積分したエネルギースペクトルである。La+Mn共置換試料において約10 meV以下の強度が増大していることが分かる。さらに、この低エネルギースペクトル強度を熱伝導度と比較したところ、両者の間に明確な相関があることが明らかになった(図3(c))。低エネルギースペクトルの増大はQに依らず、その強度はQ2に比例するため、何らかの局所的な構造の動的揺らぎによるものであることを示しており、そうした構造揺らぎがフォノンを散乱することで熱伝導を低下させていると考えられる。この構造揺らぎの起源としては共置換によって生じたMn3+イオンがもたらす局所的Jahn-Teller歪みや、SrTiO3が有する強誘電不安定性が考えられる。
本研究の中性子回折実験と中性子非弾性散乱実験はそれぞれNOVA(課題番号2016A0284、2016B0240)および四季(課題番号2014A0083、2016I0001)を用いてすべて室温で行った。本研究の結果はScientific Reports誌に掲載された[3]。
参考文献
[1] T. Okuda et al., Phys. Rev. B 63, 113104 (2001).
[2] T. Okuda et al., J. Phys. Soc. Jpn. 85, 094717 (2016).
[3] R. Kajimoto et al., Sci. Rep. 8, 9651 (2018).
図3. (a) SrTiO3 (STO)、SrTi0.98Mn0.02O3 (STMO)、Sr0.95La0.05TiO3 (SLTO)、Sr0.95La0.05Ti0.98Mn0.02O3 (SLTMO2)、Sr0.95La0.05Ti0.96Mn0.04O3 (SLTMO4) の中性子回折パターンおよびそのRietveld解析結果。(b) 上記5試料の中性子非弾性散乱スペクトル(Q = 0.5-5.5 Å-1の範囲で積分)。(c) 5試料の低エネルギー(5-10 meV)のスペクトル強度ΔSと熱伝導度κの関係。両者共にSrTiO3の値に対する相対値として示している。
◆ 装置整備・開発等
ラジアルコリメータの整備・完成
物性を理解する上で極低温・高温下といった様々な試料環境における実験が重要であるが、熱遮蔽や高真空を保持するための真空容器などの構造体によりバックグラウンドが高くなる。J-PARCの高強度中性子線を生かす上で、こうした試料環境由来のバックグラウンドを軽減することを目的とし、JAEA 神原氏らの協力によりラジアルコリメータ「NOVARC」を製作した。現在、遮蔽効果を上げる改良を計画中である。
図4. BL21用ラジアルコリメータ NOVARC