2018年12月27日に、物構研中性子共同利用実験審査委員会が開催され、S1課題審査、マルチプローブ課題審査、装置調整課題の審査が行われた。S1課題は、先導的研究と装置の高度化、ならびに一般課題の支援を行うものである。S1課題の有効期間は5年間で、2014年より開始された7つのS1課題が最終年度を迎えた。これらの課題をさらに発展させるための7つの新規課題が、同委員会においてヒアリング審査され、2019年2月の物構研運営会議において採択された。
学部から修士学生を対象として、KEKの研究グループにおいて最大8週間滞在するインターンシッププログラムが2019年度も実施されている。多数の応募があり、18名が選考された。中性子では、Indian Institute of Technology(インド)とInstitut Teknologi Bandung(インドネシア)の学生2名を受け入れ、データ解析の実習等を行なっている。とくに理由がある場合を除き、滞在期間は6月から9月として、見学会やKEKの研究のレクチャーなど学生が集合する機会を設けて学生同士の交流にも配慮したプログラムになっている。
◆ その他成果
装置整備
POLANOでは3He位置敏感型検出器(PSD)の読み出しにNEUNETを用いているが、不感検出器の調査中にNEUNETドーターボードの設定に不具合があることが明らかになったのでここに報告する。一枚のNEUNETには現状4枚のドーターボードがあり、それぞれを認識するためのアドレスを定義するジャンパースイッチがある。このジャンパースイッチ設定に誤りが見つかった。一枚のNEUNETボードで8本のPSD信号を処理することができるが、誤設定の影響により読みだされた信号が入れ替わっていたことになる。その影響を模式的に示すと図のように、#5⇔#7、#6⇔#8の検出信号が入れ替わった状態で処理されることになる。全数検査の結果、POLANOで導入されている44枚のNEUNETのうち2枚において誤った設定が見つかった。現在はドーターボードの設定を変更し、すべて正しい状態に修正された。なお、本調査は大下氏らKENS-DAQチームの協力により行われた。
図1. NEUNETのドーターボードの誤設定による影響を示したもの。PSDを黄棒で示した。 正しい設定の場合に、左図のような赤線で示した位置に中性子が検出されたとすると、誤った設定では、読み取り信号が入れ替わることにより、右図に示すようになる。
◆ その他成果
総研大のサマースチューデントプログラム
国外の学部学生や大学院生に対して、J-PARCでの体験学習(インターンシップ)を実施する総研大サマースチューデントが開催されている。KENS量子物性グループ(POLANO, HRC)では、中国山東大学学部生1名を1月16日–2 月8日の期間に受け入れた。学生は、非弾性散乱や結晶学に関する講義を受け、POLANOとHRCの装置調整を体験した。また、POLANOを使って実際の試料を用いた非弾性散乱実験を行い、最後に、このプログラムで体験したことをまとめて発表を行った。
POLANOの実験では、ZrH2の非弾性散乱実験を体験した。ZrH2内の水素の振動モードは量子力学的調和振動子で記述できることが知られている。粉末試料を室温で測定することにより、等間隔のエネルギー準位や波動関数で記述される形状因子が観測できる。量子力学を履修したばかりの学部生にとって、物理学を身近で体験できる実験と考えられる。図2はPOLANOにおいて観測された非偏極条件でのZrH2の非弾性散乱スペクトルであり、調和振動子で記述される動的構造因子S(Q,E)が明瞭に観測されていることがわかる。130°までの散乱角をカバーするPOLANOを用いることによって500meV以下のエネルギー領域でのS(Q,E)の全貌が観測されている。これはPOLANOが水素化合物の研究にも強力な研究ツールであることを示している。
図2. POLANOで測定したZrH2
図3. POLANOのスタッフ(左)とデータを解析する学生(右)。
学会発表
日本中性子科学会第18回年会
日時:2018/12/04-2018/12/05
場所:茨城県立県民文化センター
◆ 研究成果
ナフィオン/石英界面におけるプロトン伝導度の異方性(九州大学 田中グループ)
ナフィオンは炭素とフッ素で構成されたテフロン骨格の側鎖にスルホン酸基を有した高分子で、その高いプロトン伝導性により、燃料電池において水素を輸送する媒質としての活用が期待されている材料である。そのため、その高いプロトン伝導性の起源を明らかにすべく日夜研究が進められており、X線や中性子線を用いたナノ構造解析の分野では、含水することによって形成される水のチャネル構造によってプロトン伝導率が実現されることが報告されている。特に、電極や触媒などナフィオンの支持体との界面付近においては、ナフィオン中のチャネル構造が界面に対して異方性を有しているという報告が数例あるが、これとプロトン伝導率の関係については調べた研究例は無い。
そこで、九州大学の田中グループはSiO2上に塗布したナフィオン膜に着目し、水に浸漬させた状態での界面構造を中性子反射率法で評価した。結果は図4に示す通りで、石英基板とナフィオン膜の界面に特徴的な積層構造が観測された。これはナフィオン分子の親水性側鎖が偏析して含水量が多い”water rich layer”と、ナフィオン分子の疎水性主鎖が偏析して含水量が少ない”waterless layer”が交互に積層していることを意味しており、先行研究で観測された界面構造とも良く一致した。この結果は基板と平行方向および垂直方向に対して構造が異方性を有していることを意味していることから、薄膜中のプロトン伝導度、特に基板と平行方向と垂直方向の異方性について図5(a)および(b)に示す試料を作成し、交流インピーダンス測定に基づくプロトン伝導度σの評価を行った。この際、膜厚を変化させることによって異方性を有する界面層の比率を変化させ、その影響を評価した。結果は図5(c)および(d)に示す通りで、膜厚が減少し、界面層の割合が高くなるほど点線で示すバルクの値から離れていくこと、そして垂直方向のプロトン伝導度は薄膜化することによって減少していくのに対し、垂直方向では逆に増加することが明らかとなった。これは界面層においては界面に水平方向に対して水のチャネルが2次元的に広がっているため水平方向に対するプロトン伝導度が高くなった一方、垂直方向に対してはwaterless layerに阻まれてプロトンの伝導度が劇的に減少していることを意味している。
以上のように、本研究では分子設計だけでなく構造を制御することによってもプロトン伝導度を劇的に向上可能であることを示すことに成功した。また、ここでは具体的な結果は示さないがナフィオン/SiO2膜を積層することにより、積層数に応じて面内方向のプロトン伝導度がさらに増加することも明らかになっており、これらの知見を実材料に生かすことによって、より高性能な燃料電池につながることが期待される。
本成果はLangmuirに受理され、カバー論文として採録された。
Reference
Y. Ogata, T. Abe, S. Yonemori, N. L. Yamada, D. Kawaguchi, K. Tanaka, "Impact of the Solid Interface on Proton Conductivity in Nafion Thin Films", Langmuir 34 (2018) 15483-15489.
図4. 水に浸漬させたナフィオン/SiO2界面における(a)中性子反射率プロファイル、および(b)これをフィッティングすることにより得られた散乱長密度b/Vの深さ依存性。
* Reproduced from Figure 3 in the reference.
図5. 交流インピーダンス測定における試料配置の模式図とその実験結果。(a)基板に追直方向のプロトン伝導度の測定および(b)水平方向の測定の模式図と、(c)基板に垂直方向および(d)基板に水平方向のプロトン伝導度。いずれに結果も薄膜化して基板界面の影響を大きくなるほど、バルクの値(点線)に対する変化量も大きくなる。
* Reproduced from Figures 1 and 2 in the reference.
◆ その他成果
課題実施状況、装置メンテナンス、他
SOFIAでは、装置責任者の山田が2018年4月より育休を取得しており、2019年3月まで特別助教の根本を中心に装置の維持やユーザーサポート等を行ってきた。以下に、これまでの状況を簡単に示す。
課題実施状況
メンテナンス状況
◆ 論文等
◆ 論文等