KENS

月例研究報告 5月

1. 共同利用状況など

【 人事 】

 5月1日付で植田大地氏が博士研究員として着任した。

【 MLF利用実験 】

 J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)では、国内の新型コロナウィルス感染の広がりを受けて、4月8日に新たな利用者の受け入れを一時停止し、更に4月20に施設の利用運転を停止した。



2. 研究グループの活動状況

(1) 量子物性グループ

【 BL12高分解能チョッパー分光器HRC 】

◆ 学位論文

  • 浅野駿 博士,
    "量子ビーム分光による214系銅酸化物超伝導体の電子状態に対するアニール効果の研究", 東北大学 (2020/3)



【 BL23偏極中性子散乱装置POLANO 】

◆ 研究成果

 スピンパイエルス系CuGeO3における磁気相関の発達(CROSS 池内)

 CuGeO3は、スピンパイエルス転移を示す無機系として知られる有名な物質である。これまでの中性子非弾性実験ので、一次元Heisenberg型磁気励起やスピン一重項ギャップが観測され、基底状態において典型的なスピン相関を持つことが明らかにされてきた[1-4]。一方で、本来パイエルス系の臨界現象であるはずのソフトモードが、(超格子反射が発見されているにも関わらず)未だ確認されていない。また、スピンと格子が結合した特異な励起が、磁気Γ点近傍に存在することが理論的に示唆されていている[5]。本研究では、スピン一重項の出現を導くスピンと格子、またその結合励起の変化を明らかにし、パイエルス転移の微視的理解に資する結果を得えることを目指している。その上で、偏極チョッパー分光器の利用は理想的であるが、現行、少なくとも国内で、BL23 POLANO/J-PARC 分光器の胎動のみが可能性を持つ。
 まずは偏極実験に先立ち、非偏極条件でCuGeO3の非弾性散乱実験を行った。転移温度(14 K)上下で散乱強度の差分を取ったところ、低温で有意な強度の発達が見られた(図1)。励起は、一次元スピン鎖方向Lに伝搬しており、一重項―三重項励起に対応するdes Cloizeaux-Pearson モードの存在を確認できた。本研究は、“CuGeO3のソフトモードはどこにあるのか?”という1993年に発見されて以来の謎を、微視的な機構から解明するきっかけを与え、さらには、格子スピン複合系で実現する種々の物性を理解する上での基礎となる理解を与えるものと期待できる。>

参考文献
1. K. Ikeuchi et al., J. of Kor. Phys. Soc., 63, 333-336 (2013).
2. M. Arai et al., Phys. Rev. Lett. 77, 3649 (1996).
3. J. E. Lorenzo et al., Phys. Rev. B 50, 1278 (1994).
4. K. Hirota et al., Phys. Rev. Lett. 73, 736 (1994).
5. T. Sugimoto et al., J. Phys. Soc. Jpn. 81, 034706 (2012).

図1. CuGeO3におけるT = 5 Kと50 Kの非弾性散乱強度の差分。



(2) ソフトマターグループ

【 BL16ソフト界面解析装置SOFIA 】

◆ 論文等

  • T. Kimura, T. Kawamoto, M. Aoki, T. Mizusawa, N. L. Yamada, K. Miyatake, and J. Inukai,
    "Sublayered Thin Films of Hydrated Anion Exchange Ionomer for Fuel Cells Formed on SiO2 and Pt Substrates Analyzed by Neutron Reflectometry under Controlled Temperature and Humidity Conditions",
    Langmuir 36, 4955-4963 (2020).
  • H. Kawaura, M. Harada, Y. Kondo, M. MIzutani, N. Takahashi, and N. L. Yamada,
    "Operando Time-slicing Neutron Reflectometry Measurements of Solid Electrolyte Interphase Formation on Amorphous Carbon Surfaces of a Li-ion Battery",
    Bull. Chem. Soc. Jpn. (2020).



(3) 水素貯蔵基盤研究グループ

【 BL21高強度全散乱装置NOVA 】

◆ 論文等

  • Takeshi Yajima, Hotaka Nakajima, Takashi Honda, Kazutaka Ikeda, Toshiya Otomo, Hikaru Takeda and Zenji Hiroi,
    "Titanium Hydride Complex BaCa2Ti2H14 with a 9-Fold Coordination",
    Inorg. Chem. 59, 4228-4233 (2020).
  • Toshiya Otomo, Kazutaka Ikeda, Takashi Honda,
    "Structural Studies of Hydrogen Storage Materials with Neutron Diffraction: A Review",
    J. Phys. Soc. Jpn. 89, 51001 (2020).

◆ 学位論文

  • 角田茉優 修士,
    "J-PARC高強度中性子全散乱装置へのコリメータ導入による低バックグラウンド測定の実現", 茨城大学 (2020/3)



(4) 構造科学グループ

【 BL08超高分解能粉末中性子回折装置 SuperHRPD 】

◆ 研究成果

 世界最高クラスの新型電解質材料を発見 -燃料電池・センサー・電子材料等の開発を加速- (東工大 八島 正知 他)

 酸化物イオン伝導体は、固体酸化物形燃料電池、酸素分離膜、触媒およびガスセンサーなどに幅広く応用できる材料だが、酸化物イオン伝導を示す物質系は限定される。候補となる物質系の一つ、層状ペロブスカイト物質群には、Ruddlesden-Popper相M2[An-1BnO3n+1]、Dion-Jacobson相M[An-1BnO3n+1]、Aurivillius相 (Bi2O2)(An-1BnO3n+1)などがあり、様々な機能開発が行われている。
 八島らは、これまで、層状ペロブスカイト構造を持つDion-Jacobson相で酸化物イオン伝導が見つかっていないことに注目し、無機結晶構造データベース(ICSD)に登録されているDion-Jacobson相の83個のデータに対して、結合原子価法に基づくスクリーニングを行い、酸化物イオンの移動エネルギーを見積もることで候補材料CsBi2Ti2NbO10−δを抽出した。合成したCsBi2Ti2NbO10-δの電気伝導度測定、SuperHRPD (J-PARC MLF) を用いた回折測定により、広い温度範囲における結晶構造の変化を調べた。その結果、833 Kで直方→正方相転移し、酸化物イオン伝導度の不連続な増加を伴うことを見出した。また、SuperHRPDデータをZ-Rietveldを用いてマキシマムエントロピー法で解析するなどにより、O2-の拡散経路を解明、高い酸化物イオン伝導度の起源を明らかにした。これらの結果に基づき、「大きなサイズの陽イオンCs+とBi3+の変位による高イオン伝導」という酸化物イオン伝導体の新しい設計法の提案に繋がった。

 研究成果は、2020年3月6日に、英国の科学雑誌Nature Communicationsに掲載された。
 プレスリリース 3月13日  http://j-parc.jp/c/press-release/2020/03/13000491.html

参考文献
1. Wenrui Zhang, Kotaro Fujii, Eiki Niwa, Masato Hagihala, Takashi Kamiyama, Masatomo Yashima, Nature Communications 11, 1224 (2020). Oxide-Ion Conduction in the Dion−Jacobson Phase CsBi2Ti2NbO10-δ.

図2.(左)図aは中性子回折により求めた酸化物イオン伝導体CsBi2Ti2NbO9.80(2)の結晶構造。図bは、最大エントロピー法により得られた700℃における中性子散乱長密度の等値面(1.0 fm Å-3、黄色)で、酸化物イオンの伝導経路を表している。(中央)イオン伝導度(対数)550℃以上でイオン伝導度に不連続的な増加が見られる。(右)833 Kにおいて1次の直方→正方相転移が見出された。


 

◆ 論文等

  • K. Matan,T. Ono, G. Gitgeatpong, K. de Roos, M. Ping, S. Torii, T. Kamiyama, A. Miyata, A. Matsuo, K. Kindo, S. Takeyama, Y. Nambu, P. Piyawongwatthana, T. J. Sato, and H. Tanaka,
    " Magnetic structure and high-field magnetization of the distorted kagome lattice antiferromagnet Cs2Cu3SnF12",
    Phys. Rev. B. 99, 224404 (2020).
  • Yuwaraj K. Kshetri, Takashi Kamiyama, Shuki Torii, Sang Hoon Jeong, Tae-Ho Kim, Heechae Choi, Jun Zhou, Yuan Ping Feng & Soo Wohn Lee,
    "Electronic structure, thermodynamic stability and high temperature sensing properties of Er-α-SiAlON ceramics",
    Sci Rep, 10, 4952 (2020).
  • Md. Mahbubur Rahman Bhuiyan, Xu-Guang Zheng, Masato Hagihala, Shuki Torii, Takashi Kamiyama, and Tatsuya Kawae,
    "Spin order in the classical spin kagome antiferromagnet MgxMn4-x(OH)6Cl2",
    Phys. Rev. B 101, 134424 (2020).
  • Kee Hwan Lee, In Yong Hwang, Jae-Ho Chung, Hiroki Ishibashi, Yoshiki Kubota, Shogo, Kawaguchi, Sanghyun Lee, Shuki Torii, Masato Hagihala and Takahashi Kamiyama,
    "Stabilization of orthorhombic distortions in Cu- and Co-doped ferrimagnetic Mn3O4",
    Phys. Rev. B 101, 085126 (2020).
  • Wenrui Zhang, Kotaro Fujii, Eiki Niwa, Masato Hagihala, Takashi Kamiyama & Masatomo Yashima,
    "Oxide-ion conduction in the Dion–Jacobson phase CsBi2Ti2NbO10-δ",
    NATURE COMMUNICATIONS 11, 1224 (2020).

◆ 学位論文

  • 森田敦 修士,
    "CH3NH3SnX3 (X = Br, I) の構造と相転移", 筑波大学 (2020/2)



【 BL09特殊環境中性子回折装置SPICA 】

◆ 研究成果

 新奇な4元系酸フッ化物正極における充放電を実証―革新型蓄電池の実現へ向けて― (RISING2 京大 高見剛 他)

 既存のリチウムイオン電池(LIB)を凌ぐ蓄電池として、フッ化物イオン電池が注目されている。しかし、LIB正極を構成する酸化物とは異なり、(酸)フッ化物自体の数が少なく、その合成技術も未確立である。多元系で新物質を開拓することも必要だ。
 RISING2(代表安部武志京都大教授)の高見剛京都大特定准教授らは、フッ素化剤を用いたnon-topotactic 反応により、新奇な4元系酸フッ化物Bi0.7Fe1.3O1.5F1.7 の合成に成功し、フッ素イオンを伝導種とした充放電を実証した。さらに、SPICAを用いた中性子回折実験と結晶構造解析により、伝導種のフッ素の含有量と原子位置を決定した。この物質を正極、Pb を対極として、サイクリックボルタンメトリー測定を行ったところ、酸化・還元ピークを観測した。また、全固体セルにおける放電容量は360 mAh/g となり、高い値を達成した。磁化測定により、充放電に伴うPb 対極のフッ素化・脱フッ素化の割合を定量評価した。X 線蛍光分析およびX 線回折により、放電に伴うBi への相転移とFe の価数減少を明らかにした。充放電時の不可逆性の克服等課題は残るが、多元系(酸)フッ化物開発への新しい展開を生み出すことが期待される。また、モデル電極の2元系金属フッ化物の知見と合わせることで、革新的な高容量蓄電池の開発を加速させる成果といえる。
 本研究は、齊藤高志KEK特任准教授、神山崇KEK教授、河原克巳京大研究員、福永俊晴京大特任教授らの協力で実施され、研究成果は、2020 年4 月27日に、米国物理協会の国際雑誌「APL Materials」のオンライン版に掲載された。さらに、本論文は「Editor's Pick」(注目論文)に選ばれ、米国物理協会から「Science Highlight」(Scilight)としても特集された。

参考文献
 T. Takami, T. Saito, T. Kamiyama, K. Kawahara, T. Fukunaga, and T. Abe, APL Materials 8, 051103 (2020).
 [selected as Editor's Pick and Science Highlight] A new Bi0.7Fe1.3O1.5F1.7 phase: crystal structure, magnetic properties, and cathode performance in fluoride-ion batteries.

図3. Bi0.7Fe1.3O1.5F1.7の結晶構造。Bi(紫色球)、Fe(青色球)、F(赤色球)、O(緑色球)、及び、[(Fe,Bi)(F,O)6]六面体(薄緑色)。

 

◆ 論文等

  • Tsuyoshi Takami, Takashi Saito, Takashi Kamiyama, Katsumi Kawahara, Toshiharu Fukunaga, and Takeshi Abe,
    "A new Bi0.7Fe1.3O1.5F1.7 phase: Crystal structure, magnetic properties, and cathode performance in fluoride-ion batteries",
    APL Materials 8, 051103 (2020).
  • Kazuhiro Mori, Atsushi Mineshige, Takashi Saito, Maiko Sugiura, Yoshihisa Ishikawa, Fumika Fujisaki, Kaoru Namba, Takashi Kamiyama, Toshiya Otomo,Takeshi Abe, Toshiharu Fukunaga,
    "Experimental Visualization of Interstitialcy Diffusion Pathways in Fast-Fluoride-Ion-Conducting Solid Electrolyte Ba0.6La0.4F2.4",
    ACS Appl. Energy Mater. 3, 2873 (2020).
  • Yuta Yasui, Eiki Niwa, Masahiro Matsui, Kotaro Fujii, Masatomo Yashima,
    "Discovery of a Rare-Earth-Free Oxide-Ion Conductor Ca3Ga4O9 by Screening through Bond Valence-Based Energy Calculations, Synthesis, and Characterization of Structural and Transport Properties",
    Inorg. Chem. 58, 9460-9468 (2019).



【 研究会等 】

◆ 2019年度中級者向けZ-Code講習会

 2020年3月9日(月)9:20~3月10日(火)17:00にエッサム神田ホールにおいて予定していた講習会は新型コロナの感染拡大により中止したが、同じスケジュールでにWebセミナーを実施した。Cisco-Webexを用いた。KEK東海1号館からは3名の講師が、東北大学(仙台)と九州大学(福岡)からそれぞれ1名の講師が講義を行ったが、2日間に渡り大きなトラブルもなく実施でき、今後、Webセミナーが有効な手段であることが確認できた。

図4. Webexを用いた中級者向けZ-Code Web講習会の様子。



【 ソフトウェア配布 】

 Z-Code 配付サーバhttps://z-code.kek.jp/zrg/を通じて、リートベルト解析ソフトウェアZ-Rietveld、結晶構造や密度分布表示ソフトウェア、指数付けソフトウェアConograph、サンプルデータ、および、クイックガイドを配布している。いずれも下記のアドレスからダウンロードできる。

 https://z-code.kek.jp/zrg/

(配布内容)
Z-Rietveld for macOS 10.12 or later (Ver. 1.1.5) ,
Z-Rietveld for Windows (Ver. 1.1.0) 更新
Z-Rietveld QuickGuide_JPN for Ver. 1.1.2 (Ver. 1.0)
Z-Rietveld QuickGuide_ENG for Ver. 1.1.2 (Ver. 1.0)
Z-3D for Mac (Ver. 0.5.0) 更新
Z-3D for Windows (Ver. 0.4)
Z-3D QuickGuide_JPN (Ver. 1.0)
Z-3D QuickGuide_ENG (Ver. 1.0)
Conograph_Mac (Ver. 0.9)
Conograph_Win_JPN (Ver. 0.9)
Conograph_Win_ENG (Ver. 0.9)
Z-Rietveld Sample_data (Ver. 2020/03/07) 更新
Z-MEM sample data (Ver. 2020/04/10) 更新

なお、すべての問い合わせ等は zrg-info@z-code.kek.jp

 

◆ Windows版Z-Rietveldの更新について

 macOS版Z-Rietveldと同様に、Windows版Z-Rietveldにおいても、Rietveld解析とMEM解析の一体化が実現した。また、解析結果まとめ表示をlog出力に加えた。

図5. Z-Rietveld 1.1.0.の画面(MEM解析画面)とMEM解析結果の一例をZ-3Dで表示(Rb4Cu16I7.2Cl12.8)。