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月例研究報告 8月

1. 研究グループの活動状況

(1) 量子物性グループ

【 BL12高分解能チョッパー分光器HRC 】

◆ 研究成果

カゴメ・三角格子積層系YBaCo4O7における磁気励起
[左右田稔(お茶大)、伊藤晋一(KEK物構研)、横尾哲也(KEK物構研)、Georg Ehlers(ORNL)、古川はづき(お茶大)、益田隆嗣(東大物性研)]

 RBaCo4O7(R=Y、希土類等)は、CoO4四面体が作るカゴメ格子と三角格子が交互に積層した構造をとる。磁性を担うCoイオン間には反強磁性相互作用(ワイス温度-300 K ~ -200 K)が働いており、幾何学的フラストレーションが期待される系である。さらにRBaCo4O7におけるカゴメ格子と三角格子の積層構造は、典型的な幾何学的フラストレーション系であるパイロクロア構造と似ており、新規磁性相等が期待される興味深い物質である。今回は、YBaCo4O7単結晶を用いた中性子非弾性散乱実験をMLF・BL12のHRCを用いて行い、この系の磁気励起に注目した。
 YBaCo4O7の中性子強度を幅広いQ領域で測定したところ、ブロードな磁気励起が45 meV程度まで観測され、その磁気励起が立ち上がるQは磁気Bragg反射とは異なることがわかった。さらに、低エネルギー領域における中性子強度のQ依存性は、スピン液体が期待されるherbertsmithiteの中性子散乱実験結果と似たものとなっている。図1(a)にHRCで観測された典型的な中性子強度マップを示す。磁気反射周期と異なり、単純なスピン波ではないため、本研究ではfirst moment sum ruleを用いて観測された磁気励起を解析した。その結果、カゴメ格子内の磁気的相互作用とカゴメ格子と三角格子を結ぶ磁気的相互作用がほぼ等価であり、図1(b)に示すような3次元的フラストレーションネットワークが実現していることがわかった。今後、パイロクロア磁性体やherbertsmithiteとの関係を明らかにしていくことで、幾何学的フラストレーション系研究がさらに広がっていくことが期待される。
この研究成果は、Physical Review B vol. 101, 214444 (2020)に掲載された。



図1. (a) HRCで測定されたYBaCo4O7の中性子強度マップ。(b) first moment sum rule解析で決定されたCoイオンの3次元的ネットワーク。



◆ 論文等

  • T. Hiroto, T. J Sato, H. Cao, T. Hawai, T. Yokoo, S. Itoh, and R. Tamura,
    "Noncoplanar ferrimagnetism and local crystalline-electric-field anisotropy in the quasicrystal approximant Au70Si17Tb13",
    J. Phys.: Condens. Matter, 32, 415802, (2020).
  • Qingyong Ren, Chenguang Fu, Qinyi Qiu, Shengnan Dai, Zheyuan Liu, Takatsugu Masuda, Shinichiro Asai, Masato Hagihala, Sanghyun Lee, Shuki Torri, Takashi Kamiyama, Lunhua He, Xin Tong, Claudia Felser, David J. Singh, Tiejun Zhu, Jiong Yang, and Jie Ma,
    "Establishing the carrier scattering phase diagram for ZrNiSn-based half-Heusler thermoelectric materials",
    Nature Communications, 11, 3142, (2020).



(2) ソフトマターグループ

【 BL06中性子共鳴スピンエコー装置群VIN-ROSE 】

◆ 論文等

  • T. Okudaira, T. Oku, T. Ino, H. Hayashida, H. Kira, K. Sakai, K. Hiroi, S. Takahashi, K. Aizawa, H. Endo, S. Endo, M. Hino, K. Hirota, T. Honda, K. Ikeda, K. Kakurai, W. Kambara, M. Kitaguchi, T. Oda, H. Ohshita, T. Otomo, H.M. Shimizu, T. Shinohara, J. Suzuki, T. Yamamoto,
    "Development and application of a 3He neutron spin filter at J-PARC",
    Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A, 977, 164301, (2020)



【 BL16ソフト界面解析装置SOFIA 】

◆ 装置整備・開発等

 レーザー加熱装置のユーザー利用開始

 SOFIAではJ-PARC MLFの大強度中性子ビームを利用して、最短数秒の間隔で時分割測定が可能である。ただし、測定時間が短くなっても試料環境の変化がそれに追従できなければ意味が無い。そこで、SOFIAではレーザー加熱装置を製作して10秒程度で室温から200℃まで昇温できるようにしていたが、試料のアライメントに難がある他、クラス4レーザーを使用するため、ユーザーに安全教育をどのように実施するかが検討事項となっていた。
 今回、試料の位置再現性を向上させるための治具を製作すると共に、安全教育のルールについて整備を行い、広くユーザーが利用できるようになった。試料サイズは2インチ基板に限定されるが、効率的に温度変化させられることから、温度ジャンプ後の経時変化だけでなく、温度を細かく変化させる測定の効率も向上すると期待できる。

図2. 改造を施したレーザー加熱装置の試料設置部(3点支持)



 測定プログラムの改造

 SOFIAでは、測定・解析における利便性の高さを一つの特徴としている。今回、これをさらに改善すべく以下の機能を実装した。

  • 測定中にTOFを束ね、検出器の数え落としの指標となる瞬間的な計数率を計算すると共に、これを利用してリアルタイムで反射率への変換もできるようにした。
  • 2つあるモーターの制御系を独立に初期化できるようにし、片方にトラブルが生じた際にもう片方に影響が及ばないようになった。
  • 自動測定について以下の機能を追加した。
    o 試料のアライメントを行う際、測定条件と独立にスリット条件を設定できるようにした。
    o 今までは測定を中断する際に即時停止しかできなかったが、測定しているデータを取り終わってから中断できる機能を追加した。
    o 自動測定の最後に試料ステージを交換位置に自動で移動できるようにした。
    o チョッパーのstart/stop/回転数変更ができるようにした。



図3. 新しい測定プログラムのスナップショット



 コロナ禍対応

 2020A期はまさにコロナ禍のまっただ中であったが、東海在住者による3件の一般課題に加えて、緊急事態宣言解除後に外部ユーザーによる3件の一般課題、そして代行測定による3件の一般課題を実施した。ただし、実験内容としては代行測定可能であったものの、研究室自体が閉鎖されてしまったため試料が準備できない等の問題があり、秋以降のビームタイムに備えて、なるべく早く試料を準備するようユーザーへ依頼を行っています。
 一方、代行測定においては決められたルーチンの測定を行うことは(マンパワーの問題はあるものの)可能であるが、実験条件を詰めながら行う測定に対応するには密なコミュニケーションが求められる。そのために、リモートでも装置内部の様子等が確認できるよう対応を行っており、第二波、第三波により再びJ-PARCへの来所が困難な状況が生じた際も、被害を最小限にとどめられるよう対策を進めている。



図4. webカメラを増設し、リモートで装置内部の状況を確認しながら会話している様子



 オンライン講義の実施

 コロナ禍における試みとして、ユーザーを対象とした中性子反射率法に関する講義をオンラインで実施した。広く周知したわけではなかったが、最終的に60人ほどの参加者が集まり、講義は大盛況であった。その後、アンケート調査を行ったところ、評価は概ね良好で、また次回の講義を希望する声も多く聞かれた。
 昨今、学会や研究会をいかに安全かつ効率的に実施するかは喫緊の課題と言えるが、今回の試みには大きな手応えを感じており、今後も継続を検討している。

図5. アンケート結果の抜粋



(3) 水素貯蔵基盤研究グループ

【 BL21高強度全散乱装置NOVA 】

◆ 論文等

  • T. Okudaira, T. Oku, T. Ino, H. Hayashida, H. Kira, K. Sakai, K. Hiroi, S. Takahashi, K. Aizawa, H. Endo, S. Endo, M. Hino, K. Hirota, T. Honda, K. Ikeda, K. Kakurai, W. Kambara, M. Kitaguchi, T. Oda, H. Ohshita, T. Otomo, H.M. Shimizu, T. Shinohara, J. Suzuki, T. Yamamoto,
    "Development and application of a 3He neutron spin filter at J-PARC",
    Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A, 977, 164301, (2020).
  • Yuki Matsumoto, Yusuke Nambu, Takashi Honda, Kazutaka Ikeda, Toshiya Otomo, Hiroshi Kageyama,
    "High-pressure Synthesis of Ba2CoO2Ag2Te2 with Extended CoO2 Planes",
    Inorg. Chem., 59, 8121–8126, (2020).



(4) 構造科学グループ

【 BL08超高分解能粉末中性子回折装置 SuperHRPD 】

◆ 論文等

  • Qingyong Ren, Chenguang Fu, Qinyi Qiu, Shengnan Dai, Zheyuan Liu, Takatsugu Masuda, Shinichiro Asai, Masato Hagihala, Sanghyun Lee, Shuki Torri, Takashi Kamiyama, Lunhua He, Xin Tong, Claudia Felser, David J. Singh, Tiejun Zhu, Jiong Yang, and Jie Ma,
    "Establishing the carrier scattering phase diagram for ZrNiSn-based half-Heusler thermoelectric materials",
    Nature Communications, 11, 3142, (2020).