KENS 中性子科学研究系

KEK

月例研究報告 10月

1. 研究グループの活動状況

(1) 量子物性グループ

【 BL12高分解能チョッパー分光器HRC 】

◆ 研究成果

量子スピン正方カゴメ格子反強磁性体のスピンダイナミクス

藤原理賀(東理大理)、森田克洋(東理大理)、幸田章宏(KEK),岡部博孝(KEK)、伊藤晋一(KEK)、羽合孝文(KEK)、河村聖子(JAEA)、中島健次(JAEA)他

 正方カゴメ格子は、スピンの配位数がカゴメ格子と同じであり、三角形を含む格子であるため、強い幾何学的フラストレーションを内包する系である。量子スピン正方カゴメ格子反強磁性体に関する理論研究では、プラケット一重項相やトポロジカルスピン液晶相の存在が報告されているが、実際の物質例は存在しなかった。
 我々が合成した新物質KCu6AlBiO4(SO4)5Clは、量子スピン正方カゴメ格子反強磁性体の初のモデル物質である。量子スピン(S = 1/2)を担うCu2+が正方形および不等辺三角形を形成している(図(a)、(b))。Cu2+周りのアニオンの配列から、3種類の反強磁性最近接相互作用J1J2J3により正方カゴメ格子が形成されていることがわかっている。
 J-PARCに設置されている分光器を使用し、ミュオンおよび中性子を利用した相補的な実験手法を駆使する事で、本物質のスピンダイナミクスを明らかにした。
 μSR実験はMLF・D1を用いて実施した。帯磁率温度依存性から見積もられた最近接相互作用値より3桁以上低い温度領域においても、長距離磁気秩序の形成を意味するμSRスペクトルの1/3-tailは観測されなかった(図(c))。極低温58 mKにおけるミュオン緩和率の縦磁場依存性は、典型的なRedfield緩和関数では説明できないことが判明した(図(d))。これはミュオンが感じる内部磁場の揺動が単一の周波数で特徴付けることが出来ないことを意味しており、量子スピン液体候補物質で観測された振る舞いと一致する。
 中性子非弾性散乱実験はMLF・BL12、14のHRC、AMATERASを用いて実施した。比較的高いエネルギー領域ではフラットな磁気励起が観測された(図(e))。冷中性子領域(Ei = 1.69 meV)では、少なくとも装置の分解能の範囲内(FWHM = 0.05 meV)では、ギャップレスな連続磁気励起の存在を確認している(図(f))。これらは粉末平均化された磁気励起スペクトルであるが、一次元量子スピン系の粉末平均化されたS(q,ω)の特徴と一致する点が多い。つまり、分数励起を伴ったギャップレスなスピン液体状態の形成を支持する結果である。
 J1-J2-J3正方カゴメ格子を有効スピン模型として用いたS(q,ω)の計算結果は、実験結果とは一致しない結果であった。有効スピン模型の再検討などを含め、現在その不一致の原因を調査中である。今回のモデル物質の発見が、未解明部分を多く含む正方カゴメ格子磁性体の物質探索および実験・理論研究の両研究を加速させることを期待している。

 本研究成果は,Nature communications 11, 3429 (2020).に掲載された。



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◆ その他成果

日本物理学会2020年度秋季大会2020.9.8-11

  • 齋藤開、羽合孝文、今布咲子、日髙宏之、網塚浩、益田隆嗣、神山崇, 萩原雅人、鳥居周輝、Cho Kwanghee、横尾哲也、中島多朗、伊藤晋一、
    "CeRh2Si2の非弾性中性子散乱と粉末中性子回折の結果について"
  • 中島多朗、藤代有絵子、金澤直也、齋藤開、伊藤晋一、有馬孝尚、十倉好紀、
    "カイラル磁性体MnGeのスピンヘッジホッグ・反ヘッジホッグ格子相における中性子小角非弾性散乱"
  • 佐藤卓、廣戸孝信、H. Cao、羽合孝文、横尾哲也、伊藤晋一、田村隆治、
    "Au-Si-Tb 1/1 近似結晶の磁気構造と結晶場分裂"



(2) ソフトマターグループ

【 BL16ソフト界面解析装置SOFIA 】

◆ 論文等

  • N. L. Yamada, T. Hosobata, F. Nemoto, K. Hori, M. Hino, J. Izumi, K. Suzuki, M. Hirayama, R. Kanno, and Y. Yamagata,
    "Application of Precise Neutron Focusing Mirror for Neutron Reflectometry - Latest Results and Future Prospects",
    J. Appl. Crystallogr. (accepted).



(3) 水素貯蔵基盤研究グループ

【 BL21高強度全散乱装置NOVA 】

◆ 論文等

  • Peijie Zhang, Xingyu Tang, Yida Wang, Xuan Wang, Dexiang Gao,Yapei Li, Haiyan Zheng, Yajie Wang, Xinxin Wang, Riqiang Fu, Mingxue Tang, Kazutaka Ikeda, Ping Miao, Takanori Hattori, Asami Sano-Furukawa, Christopher A. Tulk, Jamie J. Molaison, Xiao Dong, Kuo Li, Jing Ju, Ho-kwang Mao,
    "Distance-Selected Topochemical Dehydro-Diels-Alder Reaction of 1,4-Diphenylbutadiyne toward Crystalline Graphitic Nanoribbons",
    J. Am. Chem. Soc. (2020) (accepted).
  • Hajime Yamamoto, Satoru Sekikawa, Haruka Taniguchi, Michiaki Matsukawa, Kei Shigematsu, Takashi Honda, Kunihiko Yamauchi, Kazutaka Ikeda, Toshiya Otomo, Terutoshi Sakakura, Masaki Azuma, Shigeki Nimori, Yukio Noda, Hiroyuki Kimura,
    "Reversible thermally controlled spontaneous magnetization switching in perovskite-type manganite",
    Appl. Phys. Lett., 117, 112404, (2020).
  • Riki Kataoka, Masashi Nozaki, Toru Kimura, Kouji Sakaki, Toshikatsu Kojima, Kazutaka Ikeda, Toshiya Otomo, Nobuhiko Takeichi, Atsunori Kamegawa,
    "Zirconium Hydride-Stabilized Yttrium Hydride (ZSY): Stabiliza- tion of a Face-Centered Cubic YH3 Phase by Zr Substitution",
    J. Alloys Compd., 851, 156071, (2020).