KENS

KEK

月例研究報告 9月

1. 共同利用状況など

【 中性子共同利用実験審査委員会 】

 委員会を2022年7月22日に開催した。マルチプローブ共同利用実験課題について、終了課題2件の報告があった。2022年度中性子共同利用S1型実験課題各年評価の実施要項について審議し、研究計画書の提出期限を2022年11月11日とした。2023年度中性子共同利用S1型実験課題公募の公募要項について審議し、申請書の提出期限を2022年11月11日とした。2022B期の中性子共同利用S1型課題へのビームタイム配分について審議した。

 

2. 研究グループの活動状況

(1) 量子物性グループ

【 BL12高分解能チョッパー分光器HRC 】

◆ 研究成果

Van der Waals化合物CeTe3とCeTe2Seの結晶場準位の観測による磁気秩序の研究

植田大地(KEK, OIST), 小林理気(琉球大学), 澤田拓希(OIST), 岩田由規(琉球大学), 矢野真一郎(NSRRC), 國吉真伍(OIST, 琉球大学), 藤澤唯太(OIST), 益田隆嗣(東大物性研, KEK), 岡田佳憲(OIST), 伊藤晋一(KEK)

 空間群Cmcm(No. 63)に属するCeTe3系は、図1(a)に示すようにTeのスクエアネットとCeを含むブロッキングレイヤーから構成され、Teレイヤー間がvan der Waals結合しているため、劈開が容易でバルクと表面の両面から研究を遂行できるCe系において数少ない金属間化合物である。これまでの研究で、CeTe3においては 磁化容易軸方向に磁場を印加した際にスピンフロップ転移が観測され、秩序状態において磁気モーメントが容易軸方向を向いていることが示唆されたが、CeTe2Seにおいては、磁化困難軸方向に磁場を印加した際にスピンフリップ転移が観測され、磁気モーメントが困難軸方向を向いていることが示唆された[1]。そこで、CeTe2Seの磁気モーメントが磁化困難軸方向を向く原因を明らかにするために、三軸分光器(ANSTO, Sika)とチョッパー分光器(J-PARC, MLF, HRC)において、CeTe3とCeTe2Seの多結晶試料を用いた中性子非弾性散乱実験を行い、結晶場準位を決定した。
 図1(b, c)は、それぞれCeTe3とCeTe2Seの測定結果を示したもので、CeTe3においては10, 22 meV付近、CeTe2Seにおいては23, 26 meV付近に結晶場準位に起因する磁気励起を観測した。ここで、J = 5/2を持つCe3+イオンは結晶場効果によって3つの二重項に分裂し、その基底状態が定性的な物性を決定する。本系における結晶場ハミルトニアンは、3つの結晶場パラメータを変数に持つ。結晶場モデル計算によって解析を行い結晶場準位を決定すると、両化合物の基底状態は磁化容易軸が面内方向のΓ7(1)で、CeTe2Seにおいて磁気モーメントが磁化困難軸方向を向く原因が、単に結晶場による基底状態の影響に無いことを明らかにした。より詳細に両化合物の結晶場準位を比較すると、結晶場パラメータB20の符号に違いがあることが明らかとなった。結晶場パラメータB20は、面内と面間方向の磁気異方性を与えるパラメータで、B20 > 0において磁化容易軸は面内方向となり、B20 < 0において容易軸は面間方向となる。結晶場モデル計算による解析から、CeTe3においてB20 = 5.08 Kとなり、CeTe2SeにおいてB20 = -3.55 Kという結果が得られ、B20のみに注目すると、CeTe2Seで示唆された磁気モーメントが面間方向を向く振る舞いと矛盾しないことが明らかとなった。従って、結晶場モデル計算における解析では、他2つの結晶場パラメータとの競合によって磁化容易軸が面内方向と決定されたが、結晶場パラメータの競合に磁気揺らぎが影響を与えることで、B20 < 0の性質に従い磁気モーメントが面間方向を向くことを示唆した。
 CeTe2Seと同様に磁気モーメントが磁化困難軸方向を向く化合物と比較すると、これらの間には空間反転対称性の破れが共通していることが明らかとなった。空間反転対称性の破れた系においては反対称スピン軌道相互作用(ASOI)が物性発現に影響を与えることが期待され、理論的にはASOIの効果によって磁気揺らぎが異方的になることが期待される[2]。本系においては、Ce原子を中心として面間方向に空間反転対称性が破れているため、面間方向の磁気揺らぎが抑制され、面内方向の揺らぎが増強されることが期待される。さらに、磁気揺らぎと電子の運動エネルギーの大きさに注目したquantum order by disorderの考えでは[3]、磁気揺らぎの大きさが電子の運動エネルギーより大きくなることで、系全体のエネルギーを下げるために磁気モーメントが磁化困難軸方向を向くことを指摘している。従ってCeTe2SeにおいてはB20 < 0の性質と、磁性を担うCe原子の磁気揺らぎが面内方向で増強されエネルギーが増大することから、磁気モーメントが磁化困難軸方向を向くことを明らかにした。
 本研究成果は、J. Phys. Soc. Jpn.に掲載される。

[1] R. Okuma, et al., Sci. Rep. 10, 15311 (2020).
[2] T. Takimoto, J. Phys. Soc. Jpn. 77, 113706 (2008).
[3] A. G. Green, et al., Annu. Rev. Condens. Matter Phys. 9, 59 (2018).

 

図1. (a) CeTe3系の結晶構造。(b) Sikaで測定したCeTe3の結晶場励起。(c) CeTe2Se の結晶場励起。

 

◆ 論文等

  • Daichi Ueta, Riki Kobayashi, Hiroki Sawada, Yuki Iwata, Shin-ichiro Yano, Shingo Kuniyoshi, Yuita Fujisawa, Takatsugu Masuda, Yoshinori Okada, and Shinichi Itoh,
    "Anomalous magnetic moment direction under magnetic anisotropy originated from crystalline electric field in van der Waals compounds CeTe3 and CeTe2Se",
    J. Phys. Soc. Jpn. 91, 094706 (2022).

 

◆ その他(学会発表)

  • Shinichiro Asai, Miyuki Fujiwara, Kohei Yamagami, Kenta Kuroda, Takeshi Kondo, Yoshinori Okada, Shinichi Itoh, Matthias Frontzek, Takatsugu Masuda,
    “Neutron scattering study on van der Waals ferromagnet Fe5-xGeTe2”,
    International Conference on Neutron Scattering (ICNS 2022), Buenos Aires, Argentina, poster, international (2022/08/21-25)
  • Hodaka Kikuchi, Shinichiro Asai, Hirotaka Manaka, Masato Hagihala, Shinichi Itoh, Takatsugu Masuda,
    “Inelastic neutron scattering study in Kagome-Triangular lattice CsCrF4”, International Conference on Neutron Scattering (ICNS 2022), Buenos Aires, Argentina, poster, international (2022/08/21-25).

 

(2) ソフトマターグループ

【 BL16ソフト界面解析装置SOFIA 】

◆ 論文等

  • M. Uyama, A. Takahara, Y. Higaki, N. L. Yamada, H. Iwase,
    "Rheo-SANS & NR studies for polyether modified silicone vesicle systems",
    J. Oleo Sci. (2022) (in press).
  • Y. Higaki, R. Furusawa, T. Otsu, N. L. Yamada,
    "Zwitterionic Poly(carboxybetaine) Brush/Albumin Conjugate Films: Swollen Structure and Lubricity",
    Langmuir, 38, 9278 (2022).

 

(3) 水素貯蔵基盤研究グループ

【 BL21高強度全散乱装置NOVA 】

◆ 論文等

  • N. Kitamura, K. Kimura, N. Ishida, C. Ishibashi, Y. Idemoto,
    "Effects of Ca substitution on the local structure and oxide–ion behavior of layered perovskite lanthanum nickelate",
    Frontiers in Materials 22, 954729, (2022).
  • R. Miyazaki, K. Ikeda, N. Kitamura, Y. Takabayashi, K. Kimura, K. Hayashi, T. Hihara,
    "Reverse Monte Carlo analysis of NaI-LiI solid electrolyte based on the neutron total scattering data",
    Materials Today Communications 32, 104014, (2022).

 

(4) 中性子光学研究グループ

【 BL05中性子光学基礎物理測定装置NOP 】

◆ 研究成果

A novel nuclear emulsion detector for measurement of quantum states of ultracold neutrons in the Earth’s gravitational field (名古屋大学 武藤直人他)

 原子核乾板はゼラチン中でハロゲン化銀結晶を成長、分散させた原子核乳剤をプラスチックまたはガラスの基材に塗ったもので、荷電粒子に対してカメラのフィルムのように軌跡を記録する。プラスチックまたはガラスの代わりとして中性子を吸収し荷電粒子を放出する10B4CがスパッタリングされたSi板を使用することで冷、超冷中性子を高効率かつ高空間分解能で検出できる。本検出器の分解能を実測するためにBL05ビームラインにてGd格子の透過像をおよそ1000 m/sの冷中性子で取得し、その像の端のぼやけ具合をエラー関数でフィットすることで分解能を評価した。使用したGd格子は9.00 µm(=d_m)周期の櫛型構造をもつSi板にGdを蒸着したもので開口幅がおよそ4 µmである(Figure 1)。分解能の評価方法は取得した中性子の位置分布を周期d_mで割った剰余に対する位置分布へ変換し、エラー関数をフィッティングすることである。本実験から中性子ビームの広がりや各櫛のGdのばらつきなどを含めた包括的な検出器の分解能が0.56 µmであることを示した(Figure 2)。また、本検出器を用いた実験として超冷中性子の量子状態の測定がある。本検出器をフランスILL実験施設に持ち込み、そのテスト実験を行い、実際に重力により量子化した中性子の位置分布の取得に成功した。今後は高い空間分解能を活かした、より精細な位置分布の取得や中性子のイメージングへの活用が期待されている。

 

図2. Electron micrograph showing a cross section of a Gd grating that was manufactured by the same process as that used in this experiment.

図3. Fit result of the distribution of neutrons around the Gd grating edge. The blue histogram data is an excerpt of the data. The red line shows the result of the least squares fit of error function to the data.

 

参考文献
N. Muto et al., JINST 17 (2022) P07014.