◆ 研究成果
KCu4P3O12の非弾性中性子散乱研究:機械学習に基づいたデータ駆動手法の有効性の確認
長谷正司(NIMS), 田村亮(NIMS), 福島幸治(東京大学), 浅井晋一郎(東大物性研), 益田隆嗣(東大物性研), 伊藤晋一(KEK), デニ アンドレアス(NIMS)
物質の磁性を理解するためには、スピン間に働く相互作用の値を正確に決める必要がある。帯磁率や磁化曲線から相互作用の値を決めることが多いが、複数の相互作用がある場合、値が一意に決まらないことがある。そこで、田村と福島は、複数の相互作用の値とそれらの誤差を評価するために、機械学習に基づいたデータ駆動手法を開発し[1]、その手法をKCu4P3O12に適用した[2]。結晶構造から期待されるスピン模型をFig. 1に示す。帯磁率と複数の温度での磁化曲線から4 種類の相互作用の値を評価した。それらの値から計算された 励起エネルギーをTable 1に示す。
本データ駆動手法で得られた相互作用の値が正しいかどうかを確認するために、BL12のHRC を用いて、KCu4P3O12の粉末試料の非弾性中性子散乱測定を行い、磁気励起を観測し、励起エネルギーを評価した[3]。Fig. 2に散乱強度のエネルギーw依存性を示す。5.5 Kでは、3.0、4.1、5.9、8.8 meV付近に [(a), (b)]、49 Kでは、3.8と5.9 meV付近に[(e)]磁気励起が観測された。計算結果との比較から、3.0、4.1、8.8 meV励起はそれぞれ、基底状態(GS)から第1、2、4励起状態(1ES、2ES、4ES)への磁気励起である。なお、GSと3ESの間の励起は禁制である。温度上昇に伴い、3.0 meV励起の強度は急激に下がり、49 Kでは観測されないのに対し、5.9 meV 励起は49 K でも存在する。励起強度の温度依存性は始状態の存在確率で決まる。よって、5.9 meV励起の始状態はGSでなく1ESであり、4ESへの励起だと考えられる。同様に、3.8 meV 励起は1ES から3ES への励起だと考えられる。温度上昇に伴い、1.0と2.0 meVの間の強度は上がる[(c), (d)]。よって、この領域に1ESから2ESへの励起が存在すると推測される。以上より、GS と1ES からの全ての低エネルギー磁気励起を確認した。また、実験と理論の励起エネルギーの値は、ほぼ一致した。機械学習に基づいたデータ駆動手法の有効性を示している。
[1] R. Tamura and K. Hukushima, Phys. Rev. B 95, 064407 (2017), PLoS ONE 13, e0193785 (2018).
[2] R. Tamura et al., Phys. Rev. B 101, 224435 (2020), 日本物理学会誌 76, 652 (2021).
[3] M. Hase et al., Phys. Rev. B 109, 094434 (2024).
Fig.1: KCu4P3O12のスピン模型(S = 1/2)。機械学習に基づいたデータ駆動手法から得られた相互作用の値は、J1 =−8.54 ± 0.51 meV (反強磁性)、J2 =−2.67 ± 1.13 meV、J3 = −3.90 ± 0.15 meV、J4 = 6.24 ± 0.95 meV (強磁性)である。ハミルトニアンは−ΣJiSjSkで定義した。
Fig.2: KCu4P3O12 粉末の中性子散乱強度のエネルギーw 依存性。入射した中性子のエネルギーは15.3 meVである。ピンクと青の▲は、それぞれ、GS と1ES からの励起エネルギーの理論値を表す。横線は分解能を示す。
Table 1: KCu4P3O12のスピン模型の低エネルギー固有状態。Sは全スピンである。観測された磁気励起をO、禁制励起をFで示す。3ESの励起エネルギーの実験値は、GSから1ESと1ESから3ESの励起エネルギーの和である。
◆ 論文等
◆ 受賞
◆ 論文等
◆ 受賞
◆ 論文等
◆ 研究成果
Development of Neutron Interferometer Using Multilayer Mirrors and Measurements of Neutron-Nuclear Scattering Length with Pulsed Neutron Source
理化学研究所 藤家拓大他
理化学研究所(理研)、名古屋大学、KEK、J-PARCセンター、京都大学らの研究グループは、従来手法を大幅に上回る感度で中性子に及ぼされる相互作用を測定できる、新型中性子干渉計の開発に成功しました。
中性子を利用した干渉計は、その量子性を利用することで中性子による相互作用を精密に測定できるため、物質分析などさまざまな物理実験に利用されてきましたが、ビーム制御の難しさと実験体系の制約から感度向上に限界がありました。
本グループは、反射できる中性子の波長を自在に選べる「多層膜中性子ミラー」を用いた中性子ビームの制御に着目しました。干渉計に必要な4枚のミラーはそれぞれ独立に作成され、実験に応じて柔軟に位置を変更できます。さらに、多層膜中性子ミラーは結晶に比べ幅広い波長の中性子を利用できるので、中性子の利用効率が向上し、測定時間が短くなることで、防振装置など安定化のための仕組みが簡便になりました。
干渉縞の測定実験は、J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)で行い、中性子の波長に依存した干渉縞を初めて観測することに成功しました。さらに、繰り返し飛来するパルス状の中性子による干渉縞を時間変化に追随して観測できるようになったことで、観測データから時間に依存したノイズの除去が可能となりました。また利用波長の最適化や装置の大型化など、今後の開発によってさらなる高度化が可能です。
今回の干渉計は、幅広い中性子を利用して波長に対する干渉縞を取得するという、新しい原理で動作します。従来型と比べて飛躍的に感度が向上し、取り扱いが容易になったので、物質分析の高度化、原子核や素粒子の間に働く力の研究や宇宙膨張の謎の解明など、幅広い分野の研究に活用されると期待されます。
参考文献
“Development of Neutron Interferometer Using Multilayer Mirrors and Measurements of Neutron-Nuclear Scattering Length with Pulsed Neutron Source”, Takuhiro Fujiie, Masahiro Hino, Takuya Hosobata, Go Ichikawa, Masaaki Kitaguchi, Kenji Mishima, Yoshichika Seki, Hirohiko M. Shimizu, and Yutaka Yamagata, Phys. Rev. Lett. 132, 023402 (2024).
Fig.3: 開発された新型中性⼦⼲渉計