KENS

月例研究報告 6月

1. 研究グループの活動状況

(1) 量子物性グループ

【 BL12高分解能チョッパー分光器HRC 】

◆ 研究成果

スピンダイマー形成化合物 Ce5Si3の中性子非弾性散乱実験による磁気励起の観測

植田大地(KEK), 岩田由規(琉大理), 小林理気(琉大理), 桑原慶太郎(茨城大院理工), 益田隆嗣(東大物性研, KEK), 伊藤晋一(KEK)

 正方晶Cr5B3型のCe5Si3は,Ce2サイトがシャストリーサザーランド格子(SSL)を形成していることから幾何学的フラストレーションの存在が期待される希土類金属間化合物である。先行研究の比熱測定においてショットキー型の異常が低温で観察され、Ce2サイトの基底状態がスピンダイマーであることが提案されている[1]。しかしながら Ce2サイトのスピンダイマー形成を微視的な実験から直接確かめた研究はこれまでなかった。本研究では Ce5Si3のスピンダイマー形成の直接的な証拠を得るために、J-PARC, MLF に設置された高分解能チョッパー分光器HRCを用いて、Ce5Si3のスピンダイマー形成に起因する低エネルギー磁気励起の観測と,結晶場励起の観測によるスピンダイマー形成の基となる2つのCeサイトの結晶場準位の決定を行なった。
 15.3 K, Ei = 123 meV で実施した実験では結晶場励起に起因する4つの磁気励起が観測され,解析からCe1サイトとCe2サイトの両方の結晶場準位を決定した。得られた結晶場準位はCe5Si3の磁化率の振る舞いもよく説明しCe1サイトの磁気モーメントは面間方向が磁化容易軸であり、Ce2サイトの磁気モーメントは面内容易軸であることが明らかとなった。
 0.3 K,Ei = 3 meV の実験では 0.6 meV 付近にスピンダイマーに起因する分散を伴う低エネルギー磁気励起を観測することに成功した。この磁気励起が示す明確な分散関係と磁気散乱のQ依存性は、従来の SSL モデルでは説明することができない。これらの振る舞いは 4f電子系におけるSSLの特徴を示しているのかもしれない。また、この物質が示すショットキー型の比熱異常の解析結果は,スピンダイマー形成により生じる励起三重項が分裂している可能性を示唆しており、Ce1 サイトによる内部磁場や SSL レイヤー間の相互作用により生じるこの物質特有の性質かもしれない。さらに、このダイマー形成を示唆する比熱温度以上においても本励起は観測された。今後Ce1サイトが磁気秩序しない同構造の物質や,Ce1サイトをLaなどの非磁性元素で置換した物質での実験や、磁場中非弾性散乱実験を実施することで,この物質が示す特異なスピンダイマーの詳細を明らかにすることができると考える。
 この結果は Phys. Rev. B 109, 205127 (2024)に掲載された。

[1] M. Kontani, et al., J. Magn. Magn. Mater. 70, 378 (1987).

 

図1: Ce5Si3 の(a)結晶構造と(b)結晶場励起。(c)Ce2 サイトのスピンダイマー形成に伴う低エネルギー磁気励起と (d)その温度依存性。(e) Ce5Si3 の比熱と磁気エントロピーの温度依存性。青と黒の線はそれぞれ三重項励起が縮退していることと縮退が解けていることを仮定した時の計算曲線。

 

◆ 論文等

  • Daichi Ueta, Yuki Iwata, Riki Kobayashi, Keitaro Kuwahara, Takatsugu Masuda, Shinichi Itoh,
    "Neutron scattering study on dimerized 4f1 intermetallic compound Ce5Si3",
    Phys. Rev. B 109, 205127 (2024).

 

(2) ソフトマターグループ

【 BL16ソフト界面解析装置SOFIA 】

◆ 論文等

  • S. Asano, J. Hata, K. Watanabe, K. Shimizu, N. Matsui, N. L. Yamada, K. Suzuki, R. Kanno, and M. Hirayama,
    "Formation Processes of a Solid Electrolyte Interphase at a Silicon/Sulfide Electrolyte Interface in a Model All-Solid-State Li-Ion Battery",
    ACS Appl. Mater. Interfaces 16, 7189‒7199 (2024).
  • C. Micheau, Y. Ueda, R. Motokawa, K. Akutsu-Suyama, N. L. Yamada, M. Yamada, S. A. Moussaoui, E. Makombe, D. Meyer, L. Berthon, D. Bourgeois,
    "Organization of malonamides from the interface to the organic bulk phase",
    J. Mol. Liq. 401, 124372 (2024).
  • Y. Shiraki, N. L. Yamada, K. Ito, and H. Yokoyama,
    "Adhesion to Untreated Polyethylene by Diffusion: Effect of Polyurethane Adhesive Molecular Weight on Polyethylene Penetration”,
    Polymer 302, 127073 (2024).
  • K. Ito, K. Tamura, K. Shimizu, N. L. Yamada, K. Watanabe, K. Suzuki, R. Kanno, and M. Hirayama,
    "Degradation of a lithium cobalt oxide cathode under high voltage operation at an interface with an oxide solid electrolyte",
    RSC Appl. Interfaces (2024).

 

◆ 受賞

  • 白木 慶彦(東ソー株式会社),
    "新規相溶化技術を利用したポリオレフィンへの接着",
    高分子学会技術賞 (2024-05-24).

 

(3) 水素貯蔵基盤研究グループ

【 BL21 高強度全散乱装置 NOVA 】

◆ 論文等

  • K. Hikima, K. Ogawa, R.F. Indrawan, H. Tsukasaki, S. Hiroi, K. Ohara, K. Ikeda, T. Watanabe, T. Matsunaga, K. Yamamoto, S. Mori, Y. Uchimoto, A. Matsuda,
    "Structure and particle surface analysis of Li2S– P2S5 – LiI-type solid electrolytes synthesized by liquid-phase shaking",
    J. Solid State Electrochem. 28, (2024).

 

◆ プロシーディングス

  • Shusuke Takada, Masaki Fujita, Yu Goto, Takashi Honda, Kazutaka Ikeda, Yoichi Ikeda, Takashi Ino, Koji Kaneko, Ryuju Kobayashi, Manabu Okawara, Takayuki Oku, Takuya Okudaira, Toshiya Otomo and Shingo Takahashi,
    "Study of Magnetic Environment for Neutron Spin Filters Using Polarized 3He at J-PARC and JRR-3",
    JPS Conf. Proc. 41, 011005 (2024).