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月例研究報告 11月

(1) 量子物性グループ

【 BL12高分解能チョッパー分光器HRC 】

◆ 研究成果

二次元三角格子ハイゼンベルグ反強磁性体h-(Lu,Y)MnO3h-(Lu,Sc)FeO3のスピン再配列と層間相互作用

 本研究は、二次元三角格子ハイゼンベルク反強磁性体(2D-TLHAF)である六方晶h-(Lu,Y)MnO3h-(Lu,Sc)FeO3の磁気構造と磁気励起を調べた。これらの物質はフラストレート磁性体でありスピン再配列を示す等、マルチフェロイック特性を持つため重要な研究対象となってきた。本研究では中性子粉末回折、中性子非弾性散乱、および偏極中性子散乱実験を実施した。
 h-Lu0.47Sc0.53FeO3の磁気構造は、2つの既約表現であるΓ1 (P63cm)とΓ2 (P63c′m′)によって、h-Lu0.3Y0.7MnO3の構造はΓ3 (P6′3cm′)とΓ4 (P6′3c′m)によって表される。中性子粉末回折実験と偏極中性子散乱実験を行うことにより、2つの既約表現を用いる必要であることが確かめられた。この結果、磁気構造の正確な記述が可能となった。さらに中性子非弾性散乱実験をおこなうことでスピン波分散関係が調べられ、スピンハミルトニアンが表された。h-Lu0.47Sc0.53FeO3ではc軸に沿ってフラットな分散を示す一方で、h-Lu0.3Y0.7MnO3ではc軸に沿った明確な分散が観察された。これは、後者における層間相互作用の存在を示唆している。ハミルトニアンには、層内と層間相作用が含まれており、スピン波の理論的計算と実験結果が一致していることが確認された。これまでこの系におけるスピン再配列は層間相互作用が重要とされてきたが、本研究では層間相互作用がないh-Lu0.47Sc0.53FeO3でもスピン再配列が起こることを示した。
 最後にスピン再配列およびマルチフェロイック特性について議論する。従来は単一の既約表現で磁気構造を説明すると、スピン再配列が発生するとされていた。この研究では2つの既約表現を用いることで、磁気構造が温度に応じて徐々に変化することが示され、スピン再配列の必要性がないことが示唆された。h-Lu0.47Sc0.53FeO3の磁気構造は、Γ1 (P63cm)とΓ2 (P63c′m′)によって、h-Lu0.3Y0.7MnO3はΓ3 (P6′3cm′)とΓ4 (P6′3c′m)によって表されます。対称性の議論から前者では磁気電気結合により磁気電気効果を示すことができるが、後者では磁気弾性結合を介してのみ磁気電気効果が起きる必要があることがわかった。似たような結晶構造および磁気構造でもマルチフェロイクスの原因が異なる可能性があることが示された。
 この研究は、今後の2D-TLHAFにおけるスピン再配列現象およびマルチフェロイック特性の理解を深めるための重要な知見を提供するものであり、特にスピン再配列の理解において新たな視点を提供する。
 本研究成果に関する論文は、Physical Review Bに掲載される予定である。

 

図1: (a) BL12(HRC)で得られたLu0.3Y0.7MnO3のスピン波分散関係。図中の点は中性子散乱データのQカットによって決定された。線はこれらの点を最小二乗法を用いてフィッティングした結果。(b) 線形スピン波理論を用いた動的構造因子の計算結果。(c) BL12で得られたl方向のLu0.3Y0.7MnO3のスピン波分散関係(層間の相互作用に関係)。データはT = 5 Kで測定。

 

◆ 論文等

 

◆ プレスリリース

 

(2) ソフトマターグループ

【 BL16ソフト界面解析装置SOFIA 】

◆ 論文等

  • Fumiya Nemoto, Fumi Takabatake, Norifumi L. Yamada, Shin-ichi Takata, and Hideki Seto,
    “Difference in Structural Changes of Surfactant Aggregates near Solid Surface under Shear Flow Versus those in the Bulk”,
    J. Chem. Phys. 161, 164902 (2024).
  • Y. Ueda, C. Micheau, K. Akutsu-Suyama, K. Tokunaga, M. Yamada, N. L. Yamada, D. Bourgeois, and R. Motokawa,
    “Fluorous and organic extraction systems: a comparison from the perspectives of coordination structures, interfaces, and bulk extraction phases”,
    Langmuir (2024).
  • K. Nagase, K. Yamaoka, R. Shimane, N. Kojima, N. L Yamada, H. Seto, and Y. Fujii,
    “Temperature-Dependent Behavior of Poly(N-isopropylacrylamide) Brushes via Neutron Reflectometry”,
    Surf. Interfaces 54, 105268 (2024).
  • K. Ito, K. Tamura, K. Shimizu, N. L. Yamada, K. Watanabe, K. Suzuki, R. Kanno, and M. Hirayama,
    “Degradation of a lithium cobalt oxide cathode under high voltage operation at an interface with an oxide solid electrolyte”,
    RSC Appl. Interfaces 1, 790-799 (2024).

 

◆ 受賞

  • 安部美季,
    “中性子反射率法によるドデカン酸カリウムとジグリセリン誘導体混合系の気/液界面における吸着特性の解明”,
    第42回関西界面科学セミナー 優秀ポスター賞 (2024-07-27).
  • 安部美季,
    “中性子反射率法を用いたドデカン酸カリウムとジグリセリン誘導体混合系の気/液界面における吸着挙動の評価”,
    第75回コロイドおよび界面化学討論会 若手口頭講演賞 (2024-10-02).

 

(3) 水素貯蔵基盤研究グループ

【 BL21高強度全散乱装置NOVA 】

◆ 論文等

  • Takayoshi Katase, Seiya Nomoto, Xinyi He, Suguru Kitani, Takashi Honda, Hidenori Hiramatsu, Hideo Hosono, and Toshio Kamiya,
    "Simultaneous realization of single-crystal-like electron transport and strong phonon scattering in polycrystalline SrTiO3-xHx",
    ACS Appl. Electron. Mater. 6, 7424–7429 (2024).