KENS

月例研究報告 1月

1. 共同利用状況など

【 中性子共同利用実験審査委員会 】

 J-PARCにおいて高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所が保有する中性子科学実験装置を用いて行うプロジェクト研究型課題(S1型課題)、装置調整課題、及び、マルチプローブ課題の審査が、2024年12月20日に開催された中性子共同利用実験審査委員会において行われた。S1型課題では課題ごとに審査委員会委員を主査として予備審査(研究会)を事前に行い、主査による評価をもとに審査が行われた。審査結果は2025年1月に開催される物質構造科学研究所運営会議で審議される。

 

2. 研究グループの活動状況

(1) 量子物性グループ

【 BL12高分解能チョッパー分光器HRC 】

◆ 研究成果

室温で自発ホール効果を示すAltermagnet FeSの発見

高木里奈(東大物性研), Seno Aji (東大物性研(当時)), 齋藤開(東大物性研), 中島多朗(東大物性研, 理研CEMS), 関真一郎(東大) 他

 物質中の磁気モーメントは様々な秩序をとりうるが、最もシンプルかつ産業的にも応用されているものは、磁気モーメントが同じ方向にそろった強磁性体である。この強磁性状態において、スピンの上向き、下向きの自由度を区別することで、磁気ハードディスクなどの情報記憶素子として活用されてきた。一方、もう1つの代表的な磁気秩序として、隣接する磁気モーメントが反平行に整列した反強磁性体が知られている。しかし、反強磁性体におけるup-downとdown-upのスピン状態は、通常は平行移動によって完全に一致してしまうため、区別して読み出すことが困難で、情報の保持には不向きであると考えられてきた。
 最近、反平行なスピン配列と、特殊な対称性の原子配列を併せ持つ、「交代磁性体(Altermagnet)」と呼ばれる新しいカテゴリの磁性体が理論的に提案され、精力的に研究されている。交代磁性体では、磁性原子以外の空間的な配置も考えると、up-downとdown-upの秩序が並進操作で一致しないため、両者が異なる物性応答を示すことが期待される。具体的にはup-downとdown-upの秩序の下で運動する電子が、量子力学的な機構を通じてそれぞれ逆符号の大きな仮想磁場を感じることがわかっており、磁化がほぼゼロであるにも関わらず、それぞれの状態が逆符号のホール効果を示すことが知られている。(図1(b)参照)
 本研究グループは室温で磁気秩序を示すAltermagnetであるFeSを見出し、室温で確かに自発ホール効果が生じていることを明らかにした。このホール効果を説明するためには、図1(a)に示したような磁気構造が実現していることが期待されるが、この系は低温で磁気モーメントの方向が90度回転する、spin-reorientation転移を示すこと、またFeとSの組成比によっては結晶構造が超構造を示すことが知られていたため、中性子散乱による磁気構造を検証が必要であった。図2(a)はJ-PARC MLFのBL12(HRC)で測定したFeS単結晶の002反射強度を帯磁率と比較したものである。帯磁率に異常の現れる190 Kにおいて002反射強度が大きく減少しており、これは高温では図1(a)に示したような磁気モーメントがc軸垂直なq=0反強磁性秩序が実現しており、190 Kにおいて磁気モーメントの向きがc軸平行に変化したと考えると矛盾がない。この低温の磁気構造を明らかにするために、JRR-3の5G PONTAにおける偏極中性子散乱実験が行われた。図2(b)に示されたようなセットアップで中性子の偏極方向は鉛直方向にセットされた。これを用いて101反射を測定したところ、q=0でのspin-flip散乱が観測された。この結果とHRCでの結果を合わせると、低温相の磁気構造は磁気モーメントをc軸方向に向けたq=0反強磁性構造であることが確かなものとなり、低温相で自発ホール効果が消失することとも整合する。
 この結果はNature Materials誌に掲載された。[1]

参考文献
[1] R. Takagi et al., Nat. Mater (advanced online publication) (2024). https://doi.org/10.1038/s41563-024-02058-w

 

図2.(a)FeS単結晶試料の帯磁率と002反射の温度依存性。(b) JRR-3 5G PONTAにおける実験配置の模式図及び低温相(100 K)で観測した101反射の偏極中性子散乱プロファイル。(両方とも[1]のsupplementary materialsから引用)

 

図1.(a)FeSにおけるスピン配列と原子配列。(b)室温における磁化とホール抵抗率の外部磁場依存性。(プレスリリース「室温で情報の読み書きが可能な交代磁性体(「第三の磁性体」)を発見―超高密度・超高速な次世代の情報媒体に―」https://www.issp.u-tokyo.ac.jp/maincontents/news2.html?pid=25441 より)

 

◆ プレスリリース

  • 東京大学、理化学研究所、J-PARCセンター、高エネルギー加速器研究機構、科学技術振興機構(JST),
    "室温で情報の読み書きが可能な交代磁性体 (「第三の磁性体」) を発見 -超高密度・超高速な次世代の情報媒体に-"
    https://j-parc.jp/c/press-release/2024/12/13001432.html (2024-12-13).

 

(2) ソフトマターグループ

【 BL06中性子共鳴スピンエコー装置群VIN-ROSE 】

◆ 論文等

  • Yamashita N., Hirayama T.,
    "A method for simultaneously measuring friction and gap at metal–lubricant interface by combined use of atomic force microscopy and line-and-space patterned metal films",
    Front. Mech. Eng. 10, 1-10 (2024).

 

【 BL16ソフト界面解析装置SOFIA 】

◆ 論文等

  • Yamashita N., Hirayama T.,
    "A method for simultaneously measuring friction and gap at metal–lubricant interface by combined use of atomic force microscopy and line-and-space patterned metal films",
    Front. Mech. Eng. 10, 1-10 (2024).
  • Shimokita K., Yamamoto K., Miyata N., Shibata M., Nakanishi Y., Arakawa M., Takenaka M., Kida T., Tokumitsu K., Tanaka R., Shiono T., Yamada M., Seto H., Yamada N.L., Aoki H., Miyazaki T.,
    "Neutron Reflectivity Study on the Adsorption Layer of Polyethylene Grown on Si Substrate",
    Langmuir 40, 15758–15766 (2024).

 

(3) 水素貯蔵基盤研究グループ

【 BL21高強度全散乱装置NOVA 】

◆ 論文等

  • Chai K., Yamaguchi T., Zuo T., Tseng J., Ikeda K., Zhou Y.,
    "Structure, Microheterogeneity, and Transport Properties of Ethaline Decoded by X-ray/Neutron Scattering and MD Simulation",
    J. Phys. Chem. B 128, 7445–7456 (2024).
  • Yasuo Kameda, Yuto Oshita, Yuko Amo, Takeshi Usuki, Hikari Watanabe, Yasuhiro Umebayashi, Kazutaka Ikeda, Takashi Honda, Toshiya Otomo,
    "Experimental determination of the relationship between S=O bond length and its stretching frequency of the DMSO molecule",
    Bull. Chem. Soc. Jpn. 97, uoae120 (2024).
  • Yasuo Kameda, Tsubasa Mimuro, Shin-ichi Kondo, Takeshi Honda, Toshiya Otomo,
    "Structure of Ion Pair Receptor Combined with Li+Cl in Concentrated Acetonitrile Solutions Studied by Neutron Diffraction with 6Li/7Li Isotopic Substitution Method",
    J. Phys. Chem. B 128, 12533–12539 (2024).

 

(4) 構造科学グループ

【 BL08超高分解能粉末中性子回折装置 SuperHRPD 】

◆ 論文等

  • Xu-Guang Zheng, Ichihiro Yamauchi, Masato Hagihala, Eiji Nishibori, Tatsuya Kawae, Isao Watanabe, Tomoki Uchiyama, Ying Chen, Chao-Nan Xu,
    "Unique magnetic transition process demonstrating the effectiveness of bond percolation theory in a quantum magnet",
    Nat. Commun. 15, 9989 (2024).

 

◆ プレスリリース

  • 国立大学法人東北大学、国立大学法人佐賀大学、国立大学法人筑波大学、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構、国立大学法人九州大学、国立研究開発法人理化学研究所、J-PARCセンター,
    "パーコレーション理論を新規量子磁性体で初実証 新しい"静的短距離磁気秩序"を発見- 次世代磁気デバイスへの活用に期待 -"
    https://j-parc.jp/c/press-release/2024/11/28001425.html (2024-11-28).

 

(5) KENS-DAQグループ

【 BL08超高分解能粉末中性子回折装置 SuperHRPD 】

◆ 学会発表

  • 大下英敏ほか,
    「KENS NDDグループによる中性子検出器システムの開発」, 中性子科学会第24回年会,国内,ポスター発表,(2024/12/04).
  • 瀬谷智洋ほか,
    「実験データ保存用ストレージサーバーのリプレイス」, 中性子科学会第24回年会,国内,ポスター発表,(2024/12/05).