KENS

月例研究報告 4月

1. 研究グループの活動状況

(1) 量子物性グループ

【 BL12高分解能チョッパー分光器HRC 】

◆ 研究成果

スピン3/2 反強磁性交替鎖物質NdCrAO5 (A = Ti, Ge)の中性子散乱研究

長谷正司 (NIMS), 浅井晋一郎 (東大物性研), 左右田稔 (お茶の水大), 川名大地 (東大物性研), 益田隆嗣 (東大物性研), 伊藤晋一(KEK), 横尾哲也 (KEK), 河野昌仙 (NIMS),Vladimir Yu. Pomjakushin (PSI), Andreas Dönni (NIMS), Martin Rotter (McPhase Project)

 

 量子スピン系で発現する面白い現象の1 つが、スピン・ギャップを伴うスピン1 重項非磁性基底状態である。この基底状態はスピン・クラスター、交替鎖、競合鎖などで現れる。多くのモデル物質が見つかっているが、ほとんどがスピン1/2 または1 の物質である。スピンが3/2 以上のモデル物質としては、Fig. 1 に示すスピン3/2 反強磁性交替鎖RCrGeO5(R = Y, Sm)[1]と、スピン3/2メープルリーフ格子Na2Mn3O7[2]が知られている。
 我々はNdCrAO5 (A = Ti, Ge)に注目した。NdCrTiO5のCr3+スピンは低温で、非磁性状態ではなく、磁気秩序状態になるからである[3]。NdCrTiO5とNdCrGeO5の磁気転移温度(それぞれTN = 21 K [3]と2.5 K [4])が大きく異なる原因を調べるために、BL12のHRC分光器を用いて、粉末試料の非弾性中性子散乱測定を行い、磁気励起を観測し、励起エネルギーを評価した。また、PSIのHRPT回折計を用いて、NdCrGeO5の磁気構造を決めた。
 Fig. 2に非弾性中性子散乱強度のI(Q,w)マップを示す[5]。NdCrTiO5では、ω = 6.9 meV、Q = 1.1 Å-1付近にCr3+スピンの強い磁気励起と、小さなQ領域の19 meV付近までに弱い磁気励起が見られた。スピン・ギャップの値は6.9 meVと評価した。Q = 1.1 Å-1は鎖内のCr-Cr長さ[4]から計算される磁気励起のゾーンセンターのQ = 1.08 Å-1と一致する。21と28 meV付近に見られる励起はNd3+の結晶場励起である。NdCrGeO5では、ω = 19 - 24と26.5 meV付近に励起が見られた。23.5と26.5 meV付近の励起はNd3+の結晶場励起で、24 meV以下の励起はCr3+スピンの磁気励起である。スピン・ギャップの値は20 meVと評価した。1.9 Kでの磁気構造から、CrとNdモーメントはともに秩序化していることが分かった。しかしながら、Crモーメントの大きさは0.22 μBで、NdCrTiO5のCrモーメントの大きさ(6 Kで1.6−2.4 μB)[3]よりもかなり小さい。NdCrTiO5では、小さなスピン・ギャップのため、他の相互作用の影響で、1重項基底状態と3重項の第1励起状態との混成が起こり、Cr3+スピンが磁性的になる。そして、Cr とNd モーメントがともに秩序化するので、TNが高くなると考えられる。一方、NdCrGeO5では、大きなスピン・ギャップのため、Cr3+スピンはほぼ無秩序状態で、Ndモーメントのみが秩序化するので、TNが低くなると考えられる。スピン鎖内のCr-Cr距離は、NdCrTiO5ではd1 = 2.88、d2 = 2.95 Å (d2/d1 = 1.03) [3]、NdCrGeO5ではd1 = 2.78、d2 = 2.96 Å (d2/d1 = 1.06)である。交換相互作用の大きさは主としてCr-Cr距離で決まるので[1]、NdCrGeO5と比べて NdCrTiO5J1は小さく、J2/J1は1(ギャップレスの均一鎖)に近くなる。よって、スピン・ギャップが小さくなると考えられる。

[1] M. Hase et al., Phys. Rev. B 90, 024416 (2014).
[2] C. Venkatesh et al., Phys. Rev. B 101, 184429 (2020).
[3] K. Gautam et al., Phys. Rev B 100, 104106 (2019).
[4] R. V. Shpanchenko et al., J. Solid State Chem. 181, 2433 (2008).
[5] M. Hase et al., J. Magn. Magn. Mater. 623 (2025) 172970.

 

Fig. 1: Cr3+スピン(青●上)のスピン系(スピン3/2 反強磁性交替鎖)を示す模式図。長さがd1d2 のCr-Cr 間の交換相互作用パラメータをそれぞれJ1J2と定義する。

 

Fig. 2: NdCrTiO5 (a)とNdCrGeO5 (b)の粉末試料の非弾性中性子散乱強度のI (Q, ω)マップ。中性子の入射エネルギーはそれぞれ51と46 meVである。)

 

【 BL23偏極中性子散乱装置POLANO 】

◆ 論文等

  • Jae-Ho Chung, Kwangwoo Shin, Tetsuya R. Yokoo, Daichi Ueta, Masaki Imai, Heung-sik Kim, Do Hoon Kiem, Myung Joon Han, Shin-ichi Shamoto,
    "Massive Dirac magnons in the three-dimensional honeycomb magnetic oxide FeTiO3",
    Sci Rep. 15, 5978 (2025).

 

(2) 水素貯蔵基盤研究グループ

【 BL21高強度全散乱装置NOVA 】

◆ 論文等

  • Yasuo Kameda, Yuko Amo, Takeshi Usuki, Yasuhiro Umebayashi, Hikari Watanabe, Kazuhide Ueno, Kazutaka Ikeda, Takashi Honda, Toshiya Otomo,
    "Solvation structure of Li+ in highly concentrated LiTFSA-DMSO solutions studied by means of neutron diffraction with 6Li/7Li isotopic substitution method",
    Bull. Chem. Soc. Jpn. 98, uoaf020, (2025).

 

(3) 中性子光学研究グループ

【 BL05中性子光学基礎物理測定装置NOP 】

◆ 受賞