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渡邊 昇KEK名誉教授 ご逝去にあたって

2015年8月27日

陽子加速器による世界初の核破砕パルス中性子源、KENS(KEK Neutron Source)を立ち上げ、パルス中性子科学の礎を築き、開拓された渡邊 昇KEK名誉教授が2015年8月19日ご逝去されました。享年82歳。ここに謹んで哀悼の意を表すとともに、故人のご冥福をお祈り申し上げます。


渡邊昇先生の突然のご訃報に接し、物質構造科学研究所は深い悲しみにくれております。先生のご生前の笑顔と熱意のこもったお仕事ぶりが、昨日のことのように思い浮かびます。

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故 渡邊 昇 KEK名誉教授
写真は2011年12月のAONSA賞受賞時のもの

渡邊昇先生は、1967年より東北大学原子核理学研究施設で電子リニアックを用いたパルス中性子散乱による物質材料研究を世界に先駆けて行い、その後、新しいアイデアによる装置開発や散乱手法を発展させてこられました。さらに1980年より高エネルギー物理学研究所(現 高エネルギー加速器研究機構)ブースター利用施設で陽子加速器による世界初の核破砕パルス中性子源KENSと、それを利用する中性子科学研究施設の立ち上げや運営にリーダーとして尽力されてきました。当時のKENSから発信される研究成果は、原子炉からの定常中性子源とは質的に異なる核破砕中性子源の新しい可能性を示すものとして世界の注目を集め、後のイギリスやアメリカにおけるさらに大型のパルス中性子研究施設建設の礎となり、我が国ではJ-PARCの物質・生命科学実験施設へと発展を遂げました。このように先生が東北大学とKENSで蒔かれたパルス中性子の種は、国内のみならず世界中に広がり、大きな花を咲かせ実をつけました。この種は同時に国内外に多くの人材を育て上げ、世界中の研究者からこの分野における開拓者として深い尊敬の念をもって讃えられております。渡邊先生は常日頃から、「ビームの強度が100倍になって、100倍の仕事をしていたらだめだ、100x100の1万倍の研究を目指す必要がある」と仰っていました。常に先を見据えた先生の言葉は、我々が肝に銘じておく必要があると思っております。渡邊先生が自らの人生をかけて築き上げられた中性子科学を、先生の薫陶をお受けした私どもが引き継ぎ、さらに発展させていくことをここにお誓いいたします。

故人のご冥福をお祈りいたしますとともに、ご遺族の皆様に心よりお悔やみ申し上げます。

高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 所長 山田 和芳