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3. 研究成果 3.2 標準理論の精密検証とその予言する新しい現象の発見 3.2.5 強い相互作用の結合定数sの測定とそのエネルギー依存性の証明 量子色力学(QCD)は強い相互作用を記述する理論であり、多くの反応等でその正しさが実験的に確かめられてきた。この理論によると、強い力はクォークと結合するグルーオンと呼ぶ粒子によって媒介され、力が強いということはクォークとグルーオンの結合の強さに起源があると考えられる。この強さを結合定数sと呼び、QCDの最も基本的な量である。 電子・陽電子衝突反応では図27(左図)に示すように、電子と陽電子が対消滅してできた仮想光子からクォーク対が発生する反応が起こるが、非常に短い時間の内にクォーク(反クォーク)は多数のハドロンに変化してしまう。測定器で見えるのは平均約15個の安定なハドロンであるが、これらは元となったクォークの運動方向を大体覚えているので、図27(右図)にあるような2つの”ジェット”状の粒子の流れが観測される。このようなジェットを詳細に調べることによって、クォークがハドロンに転化する過程などを調べることができる。 次の図28(左図)に示すグラフは、前図の場合と同じ様にクォーク対が作られた場合を表すが、ハドロン化する前にクォークからグルーオンが放出される過程に対応している。このグルーオンも複数のハドロンに転化し、測定器には3番目のジェットとして観測される。この実際の例が図28(右図)である。中心から3本のジェットが発生しているが、このうち2本はクォークによるもの、1本がグルーオンによるものであると考えられる。この3ジェット事象が起こる割合は、クォークとグルーオンの結合の強さによって決まり、強い力の結合定数を測定する手段となる。 相互作用の強さを表現する結合定数は、どの相互作用でも反応エネルギーによって変化する。量子色力学が記述する強い力の結合は、関係しているエネルギーが高くなると弱まっていくと予想される。これは電磁相互作用の場合と逆である上に、そのエネルギー変化はもっと大きいはずである。図29に、観測された3ジェット事象の割合を示す。トリスタンでのデータによって測定範囲が広まり、反応エネルギーによって 変化する振る舞いが明確になった。強い相互作用の基本に関わるこの事実は、3.2.6で立証したグルーオンの自己相互作用能力に由来するものであり、この2つの実験結果は量子色力学の根幹を証明したことになる。また、クォークの数は16以下であることの間接的証明にもなっている。 次のステップは、理論的に予言できない結合定数の大きさを決めることである。表9にトリスタンの3実験グループが測定した値を示す。この表中の数字は測定値、実験誤差と理論的不定性による誤差の和の順に並んでいる。誤差は主に理論的不定性によるもので、これは実際に測定できるのがクォークやグルーオンではなく、複雑なパターンで発生するハドロン群であることに関連している。 こうして求めたsそのもののエネルギー依存性は、QCDに対する絶好のテストとなる。しかし、エネルギーの対数に反比例すると予想され、非常に広いエネルギー範囲での測定が必要になる。TOPAZグループは、そういう観点からPEP4(PEP、エネルギー29GeV)とALEPH(LEP、92GeV)と共同研究を行い、共通した解析手法を用いることによって、このエネルギー依存性を詳しく調べることに成功した。この結果を図30に示す。 このようにトリスタン実験は、強い相互作用の結合定数を精度よく測定し、また他の加速器における実験との共同研究によってそのエネルギー依存性を明らかにしてきた。このような精密測定は、3つの相互作用の起源が一つであるという大統一理論の検証に向けて、大きな第一歩となった。 |
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