本講演では,一理論家の私見として,物性物理学の現状と将来への展望について議論する。物性物理学は,多自由度が存在する凝縮体を対象にして, (1) 超伝導のBCS理論,(2) 近藤効果,(3) 強磁場下2次元電子系の分数量子ホール効果などの代表的研究により,深化・発展した。また素粒子物理学や宇宙物理学に対しても新しい有用な概念を提供して きた。例えば相転移現象の研究で形成された概念「自発的対称性の破れ 」は,超伝導の南部理論を足掛かりにして,素粒子物理学でも必須の基礎概念に成長した。一方,トランジスタや永久磁石などの応用研究にも,物性物理学がフ ルに貢献してきた。分数量子ホール効果は,電界効果トランジスタを舞台に,革命的な基礎概念(分数統計粒子)が生み出された例である。最近では, さらに新奇な非アーベル粒子や,ニュートリノに触発されたマヨラナ粒子などの凝縮体での実験的検出が論じられている。
物性諸現象は変幻自在に見えるが,臨界的性質に着目すると少数のグループに分類される。これを実行するための道具立てとして,(1) 繰り込みと有効モデル,および(2)素励起描像が有用である。これらを通じて,巨視的な自由度を持つ系を定性的・直感的に理解することができる。また系の (隠れた)対称性を自覚することは,思いがけない類推を通じた理解をもたらす。
今後の新展開が期待できる例として,最近提案された新しいタイプの電子秩序状態を論ずる。これは3価のPrや4価のUなど,イオンあたり偶数のf 電子を含む凝縮系で生じている可能性がある。通常の磁性や超伝導の秩序変数は1体の物理量としてあらわされるが,新しい秩序変数は2体以上の物理 量で自然に表現される(複合体秩序)。その際,隠れた対称性としてSO(5)が存在する。この対称性の自覚が系の理解を格段に深める事情を議論する。