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last update:07/03/08  

   image 箱の中の玉の色    2007.3.08
 
        〜 Belle実験で観測された量子もつれ 〜
 
 
  東京とニューヨークに兄弟がいて、ハワイにいる両親が毎週1回決まった日時に、それぞれに小包を送り届けているとします。小包の箱の中には玉が入っていて、玉の色はいつもある決められたルールによって組み合わせられています。この玉の色の組み合わせのルールを知っていれば、東京の兄は、自分に届いた箱を開けて玉の色を見た瞬間に、ニューヨークの弟に届いたはずの玉の色を知ることができます。では、東京の兄が箱を開ける時に玉の色の組み合わせを選ぶ仕掛けが小包についていたとすると、ニューヨークの弟が受け取るべき玉の色はどうなるでしょうか? 極微の世界を扱う量子力学では、この時、不思議な現象が起きることが知られています。アインシュタインを悩ませたこの現象は「量子もつれ」と呼ばれていて、21世紀の科学技術にとって非常に重要なものになると考えられています。

今回は、Belle実験グループがB中間子の崩壊において観測した量子もつれについてご紹介しましょう。

「瞬時に」相手の状態を選ぶ?

「量子もつれ」(量子エンタングルメント)というのは、複数の物理系の間の距離に依存しない非局所的な相関現象のことです。極微の世界では、粒子が波の性質を持ったり、波が粒子の性質を持つ、という、日常ではなかなか実感することのできない量子力学の大きな特徴がありますが、距離に関係なく(非局所的に)相手の状態を決定することができる(相関がある)というのも、量子力学のもう一つの大きな特徴です。

冒頭の箱の中の玉の例で、一方の玉の色が赤なら他方は白、一方が青なら他方は黄というルールはきちんと決まっているものとします。この時、両者の玉の色のルールはハワイの両親が決めているので、東京の兄は自分に届いた玉の色を見た瞬間にニューヨークの弟に届いた玉の色がわかります。

ここでもし、玉の色の組み合わせを(赤・白)と(青・黄)のどちらにしたいかを、箱を開ける前に兄弟が自分たちで決めることができるスイッチを取り付けたとしましょう。箱にはスイッチが2つあって、1番を押せば(赤・白)、2番ならば(青・黄)の組み合わせとするのです。

量子力学では、東京の兄が箱を開ける前にもし1番を押せば、彼が見つける玉の色は赤か白かのどちらかになり、遠く離れた弟の玉の色もその瞬間に白か赤に決まることになります。

常識で考えると、色の組み合わせは送り手の両親が箱に玉を入れた瞬間に決まっているはずですが、量子力学では、箱の中の玉の色は箱を開ける前には決まっておらず、箱を開ける際に、どちらの色の組み合わせにするかを観測者(兄弟)が決めることができます。

このように、常識的には不可能な、遠くはなれた場所で奇妙な相関を引き起こす現象のことを「量子もつれ」と呼びます。

アインシュタイン・ポドルスキー・ローゼンのパラドックス

この一見奇妙な現象が起きる可能性は、量子力学がつくられた直後の1935年にアインシュタイン、ポドルスキー、ローゼンの3人が理論的に指摘し、量子力学の根幹に触れる問題として大きな反響を呼びました。アインシュタインらは「量子もつれ」現象がもたらす一見矛盾した(パラドックス的)状況は、量子力学が不完全なものであることを示唆すると考えたのです。

その後ボーアが反論し、さらに「シュレーディンガーの猫」のパラドックスで有名なシュレーディンガーも議論に加わるなど、論争は大きな広がりを見せていきました。

アインシュタインらは、奇妙なパラドックスが発生しないような「隠れた変数の理論」と呼ばれる量子力学に代わる理論を想定していました。しかし、両者の相関の違いについての理論的な研究が1964年にベルによって示され、1982年、アスペらが可視光域の光子を用いた実験によって量子力学の方が正しいことを確認したのです。

B中間子と反B中間子の対で量子もつれを確認

Bファクトリーでは電子・陽電子の衝突によってB中間子と反B中間子の対が生成されます。これらの粒子は1兆分の1秒という短い時間で崩壊しますが、その様子をBelle測定器(図1)で詳細に観測すると、B中間子が生成されてからどのくらいの時間でどのように壊れたかを調べることができます。

B中間子は、生成されてからの時間に応じてその反粒子である反B中間子になったり、またB中間子に戻ったり(ビー・ビーバー振動)します(図2)。Bファクトリーで生成されたB中間子と反B中間子は、それぞれがビー・ビーバー振動して、ある瞬間にどちらとして検出されるかは量子力学の確率によってのみ決まります。このとき、ある時刻で一方が B中間子として検出された場合に「相手がB中間子であるか反B中間子であるかは確率的に決まる(相手のビー・ビーバー振動は独立である)」とする立場と、「必ず反B中間子となる(相手のことがわかる)」とする立場の2つがあり得ます(図3の1)。Belle実験ではB中間子のある決まった崩壊様式を検出しました(図3の3)。量子力学にもとづく予想では、最初のB(または反B)中間子を検出した瞬間、その相手はすべてが反粒子(非対称度が1)となります。2つの粒子の崩壊に時間差があると、相手は量子力学にもとづく確率によってビー・ビーバー振動をするはずです(図4)。

Belle実験による測定結果は量子力学の予想と完全に一致し、量子力学とは異なる立場を取る理論的予想が排除されました(図5)。東京の兄が箱を開ける際に押したスイッチが、ニューヨークの弟が受け取る玉の色をリセットしたのです。

量子力学の不思議な性質である「もつれ」は、B中間子と反B中間子が生成される100億電子ボルトのエネルギー領域でも起こることが、これで確かめられました。

21世紀の科学技術発展の基礎へ

「量子もつれ」という現象は、古典物理学には無い量子力学の顕著な特徴です。近年、この現象を応用して革新的な技術を生み出そうとする動きが盛んになっています。量子計算や量子暗号など、21世紀の科学技術の発展にとって非常に重要となると考えられている技術が「量子もつれ」にその基礎を置いていることは特筆に値します。

「量子もつれ」の完全な理解と応用には、理論的にも実験的にもまだまだ多くの課題が残されていて、今後のさらなる研究が期待されています。従来まで検証されていなかった高いエネルギー領域で、量子もつれの振る舞いを精密に検証することができたBelle実験の今後の研究の進展にご期待ください。

この結果は3月10日からイタリアのラ・テュイールで開催される素粒子物理学分野の国際会議「Rencontres de Moriond 2007」で発表されます。


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→Belleグループのwebページ(英語)
  http://belle.kek.jp/
→KEKBのwebページ(英語)
  http://www-acc.kek.jp/KEKB/

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    B中間子の巨視的量子もつれを観測

 
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[図1]
Bファクトリー実験のBelle測定器。1999年からこれまでに約7億対のB中間子と反B中間子の組のデータを蓄積した。
拡大図(111KB)
 
 
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[図2]
B中間子は、生成された後にそれぞれの反粒子である反B中間子(ビーバー)に変化、その逆も起きる。つまりB中間子または反B中間子として検出される「確率」は振り子のように時間的に振動する。これを「(ビー・ビーバー)振動」と呼ぶ。
拡大図(27KB)
 
 
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[図3-1]
BファクトリーではB中間子と反B中間子が同時に生成される。生成されたB中間子と反B中間子はそれぞれがビー・ビーバー振動し、各時刻でどちらとして検出されるかは量子力学の確率によってのみ決まる。このとき、ある時刻で一方がB中間子として検出された場合に「相手がB中間子であるか反B中間子であるかは確率的に決まる(相手のビー・ビーバー振動は独立である)」とする立場と、「必ず反B中間子となる(相手のことがわかる)」とする立場の2つがあり得る。
拡大図(19KB)
 
 
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[図3-2]
量子力学ではこの場合、「必ず反B中間子となる(相手のことがわかる)」とする立場を取る。これを「量子もつれ」と呼ぶ。2個の粒子が十分離れていてもこの立場を取るために、光の速度を超えて相手の粒子の状態がわかるというのは一見、相対性理論と矛盾しているように見える。
拡大図(28KB)
 
 
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[図3-3]
実験ではB中間子のある崩壊様式を検出する。この時、終状態の子供粒子の電荷情報から崩壊時点でのB中間子か反B中間子かを判別することができる。例えば子供粒子に陽電子がある場合の親はB中間子、電子がある場合の親は反B中間子と判別される。崩壊点の精密測定からそれぞれのB中間子または反B中間子の崩壊の時間差を決定することができる。電子の代わりにミュー粒子に崩壊する場合も同様に測定される。
拡大図(26KB)
 
 
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[図4]
量子力学にもとづく予想では、最初のBまたは反B中間子(B1)を検出した瞬間、その相手(B2)はすべて(100%)がB1の反粒子である。その後、B2は時間が経つにつれ、量子力学にもとづく遷移確率によってビー・ビーバー振動をする。
拡大図(32KB)
 
 
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[図5]
Belle実験による測定結果は量子力学の予想と完全に一致し、量子力学とは異なる立場を取るモデルを棄却した。
拡大図(20KB)
 
 
 
 
 

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