No.1 2012年5月発行
3月14日、つくば国際会議場にてERLシンポジウムが開催された。ERL(エネルギー回収型ライナック)は次世代の放射光源としてKEKを中心に計画している新型の加速器で、ERLが実現すればサイエンスの可能性は大きく拓かれる。本シンポジウムでは、今後のサイエンスについて、第一線で活躍している研究者が一堂に会し、議論が展開された。
その中で特別基調講演をされた、2010年ノーベル化学賞受賞者である根岸英一教授(米国パデュー大学)へのインタビュー。聞き手はERL計画推進室長の河田洋教授、物質科学をリードしてきた根岸教授に、測定、分析開発の立場から21世紀のサイエンスについて伺った。
河田:本日はERLシンポジウムに来ていただき、どうもありがとうございました。参加していただいて、どのような印象を持たれたでしょうか。
根岸:こちらの皆さんの専門の「測定」といったところは、私なんぞはずぶの素人で、NMRにしても電子顕微鏡にしても「使う」側なんです。そういう分野と私どもの接点を探した時に、私が専門的な立場からどういう発言ができるかということを若干気にしていましたが、いわゆる化学や化学反応のことも非常に突っ込んだ議論が出ておりまして、いくつか非常に興味深い話がありました。参加させていただいて良かったと思っております。
河田:ありがとうございます。
根岸:正直言いまして、今聞いたばかりのお話(三菱化学科学技術研究センター合成技術研究所の瀬戸山 亨 氏による講演*1)は、私が考えているそのものずばりのことであって、もうここまで来ているというか..。まだ数字上の問題があるようですし、どのぐらいのスピードで伸びて行くかということはわかりませんが、素晴らしい研究が行われていると思いましたね。こういうことがかなり進むと、学界の分野からは離れて企業の仕事になってくる、そうなると、学界の人間の出る幕はなくなってくるんですよ。
河田:いいえ先生、それはやっぱり基礎的なこと、基礎の反応プロセスなどをきっちり押さえておくというのは、必要なことだろうと思います。
根岸:まあそうですね。今私は極論を発したわけですが、学界の人間のやることはいくらでもあると思います。ただ、それを企業研究の実態を十分把握しつつやっていく必要があるなということを強く感じました。
韓国科学技術院(KAIST)のイ・ヒョッチョル教授らの研究グループは、KEK物質構造科学研究所の足立伸一教授、東京工業大学大学院理工学研究科の腰原伸也教授、および米国シカゴ大学の研究グループとの共同研究により、X線を用いて、水中のタンパク質分子のねじれ運動を100億分の1秒の時間精度で動画観測することに初めて成功した。
血液中で酸素分子を運搬するタンパク質であるヘモグロビン分子に短時間のレーザー光を照射し、照射後に進行するタンパク質の分子構造変化を、フォトンファクトリーのNW14Aを利用し、時間分解X線溶液散乱法によって追跡した。この手法は、生体環境に極めて近い室温の水溶液中で、様々なタンパク質が実際に働く自然な姿を動画として捉えることを可能とする画期的な手法であり、生命活動にとって重要なタンパク質の分子機能を解析するための新技術として大いに期待される。
本研究成果は、米国化学学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版で公開された。
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日本原子力研究開発機構の研究グループは、高エネルギー加速器研究機構、J-PARCセンター、広島大学、東京大学、ケンブリッジ大学(英国)と共同で、レアアースメタルの水素化物の結晶構造を、J-PARC物質・生命科学実験施設BL21のNOVAと大型放射光施設SPring-8を用いて解明した。その結果、これまでなかったNaCl構造をもつ希土類金属の1水素化物(LaH)の存在を発見した。
希少金属である希土類金属は水素との親和性が極めて高く、水素を多量に吸収して水素との化合物(水素化物)を形成する。水素原子が金属格子の隙間に入り込むことで、水素の吸蔵・放出するため、水素貯蔵材料の構成材料として注目されている。通常、水素原子は初めに金属格子の四面体サイトのみを占有して2水素化物を形成、次に八面体サイトを占有し金属格子の隙間が飽和した3水素化物を形成する(図)。八面体サイトのみが水素で占有された1水素化物は、これまで希土類金属では報告されていなかった。
研究グループでは、代表的な希土類金属であるランタン(La)の2水素化物(LaH2)が10万気圧超の圧力下で、高水素濃度と低水素濃度の2種類の状態をとることを見出していた。今回、J-PARCの物質・生命科学実験施設 にて水素(H)を重水素(D)に置き換えた2水素化物(LaD2)の中性子回折実験を高圧力下で実施し、3水素化物(LaD3)に近い水素化物と低重水素濃度の1水素化物(LaD)の形成を初めて観測した。LaDは八面体サイトのみが重水素原子で占有されたNaCl構造をしており、その1水素化物(LaH/LaD)が高圧力下で安定に存在できることを第一原理計算によって示した。
この発見によって、希土類金属は全ての金属の中で唯一、1水素化物、2水素化物および3水素化物という3つの状態を形成し、それらの金属格子構造が全て面心立方構造であることが示された。希土類金属は高水素親和性のため水素貯蔵材料の構成元素として広く利用されており、今後、水素化物中の水素と金属の結合状態を詳細に調べることにより、水素と金属の相互作用の解明、さらには高濃度の水素を吸収する希土類合金の開発指針が得られると期待される。
詳しくはこちら。KEKプレスリリース
KEK が次世代放射光源として検討を進めている ERL(エネルギー回収型ライナック)の実証器であるコンパクト ERL(cERL)の建設が順調に進んでいる。
ERL 開発棟では放射線シールド用コンクリートが次々と建てられ、並行して電子ビームの入射器用クライオモジュールの組み立てが、同棟内クリーンルームで行われている(右図)。2012 年度の cERL 運転開始を目指し、建設チームは忙しく働いている。
2010 年度から J-PARC の物質・生命科学実験施設 (MLF) に建設されている大強度超低速ミュオン専用ビームライン。超低速ミュオン発生装置超低速ミュオン発生装置を格納するシールディングエリアや、大強度ライマンαレーザーシステムを設置するクリーンルームが建設されている。このレーザーシステムにより熱ミュオニウムがイオン化され、超低速ミュオンが得られる。このほか、ユーザーのための実験環境も整備が進められている。
2 月 9 日、J-PARC の 物 質・生命科学実験施設 (MLF)にて建設されている中性子のビームラインBL09、SPICA(スピカ)に中性子ビームを導入、観測した(下左図)。また 3月17日には、導入した中性子ビームを利用して爆縮ダイヤモンドの回折線の観測に成功した(下右図)。現在6月以降の本格的なコミッショニング作業に向け、準備が進められている。
SPICA は材料に中性子ビームを照射した際に現れる干渉縞から蓄電池材料中の原子配列を調べられる。中性子はリチウムなどの軽元素を効率良く観察できるため、この装置で得られたデータから現在広く利用されているリチウム二次電池中の化学反応機構の解明など、構造という視点から蓄電池材料の基礎研究から応用研究の広い分野の研究推進が期待されている。特にこの装置では、高温・低温、ガス中、磁場、電場など様々な環境下でその材料のその場 (in situ) 測定が可能。これらの試料環境装置を今後整備予定。SPICA は独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の革新型蓄電池先端科学基礎研究事業(RISING 事業) によって建設が進められている。
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平成 24 年 4 月 1 日より、以下の新体制となりました。
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物構研のロゴマークが決まりました。
このマークは、物構研の特徴である、放射光・中性子・ミュオン・低速陽電子の 4 つのプローブをモチーフにしたものです。 中央に集まっているようにも、外に広がっているようにも見えるデザインは、知を集約し、物質の構造を解明し、その情報を社会に発信する、という物構研のミッションを表現しています。
研究最前線で活躍する研究者と共に実験や解析、最終日には全員が研究成果発表する、研究を 9 日間にわたって体験するプログラム。申込受付は5/18(金)まで。
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KEK のつくばキャンパスを公開。普段は見ることのできない実験施設を見学、講演や体験イベントなど科学技術に直接触れることができます。