がたん、ごとん、、、がたん、ごとん、、、電車のBGMに心地よく響く音、これは線路のレールとレールの継ぎ目を電車が通過することで発生する音です。炎天下の真夏、凍える真冬、どんな時でもレールはまっすぐ平行になっていなければ電車が脱線してしまいます。レールは一本一本が長いために、熱くなると膨張するレールの歪みも大きくなります。そのため、レールにはあらかじめ伸びしろとして、隙間が空けられているのです。その隙間ががたん、ごとん、、、という音を起こしているのです。もし、熱膨張しない金属が使われていたらこんな音もしなかったのかもしれません。
今から100年以上も前、スイスのギョームという物理学者によって、極低温から室温まで温度が変化しても、ほとんど熱膨張しない金属が発見されました。ニッケル(Ni)と鉄(Fe)の合金で『不変』という意味のinvarからインバー合金と呼ばれています(図2)。この特徴から、今では時計や実験装置の部品など、精密機器に利用されています。
通常、物質は温度の上昇とともに構成する原子の振動が激しくなり、原子同士がぶつからないようにするため、原子間距離が広がり物質そのものの膨張につながります。では、インバー合金はなぜ熱膨張しないのでしょうか?その理由が説明されたのは、インバー合金が発見されてから60年も経ってからのことでした。そのモデルによると、原子は熱振動により原子間距離が広がりますが、温度上昇に伴って原子半径は小さく不安定な「低スピン状態」になります。つまり、原子間距離の膨張と原子半径の収縮が同時に起きて、効果が相殺されるため熱膨張が起こらない、というのです(図3)。しかし、このモデルは室温程度以上の温度でしか実際の挙動と一致せず、100ケルビン(-173℃)以下の低温領域ではうまく説明できていませんでした。そこで自然科学研究機構分子科学研究所の横山利彦(よこやま としひこ)教授と総合研究大学院大学の江口敬太郎(えぐち けいたろう)氏は、インバー合金がなぜ低温領域でも熱膨張しないのか、その謎の解明に挑みました。
横山教授らは、KEKの放射光科学研究施設フォトンファクトリーのBL-9Aを利用しXAFS(X線吸収微細構造分光)を用いて、インバー合金の鉄原子とニッケル原子の原子間距離を詳しく調べました。XAFSはある特定の原子について、隣接する原子の種類とその原子との距離を調べられる手法です。横山教授らは、これを温度変化させながら計測し熱膨張を測定しました。すると、鉄原子については原子間距離に変化が無く、熱膨張していないことが分かりました。一方ニッケル原子については温度上昇とともに熱膨張がはっきりと観測されました(図4〇)。
これまでの古典的モデルでは、絶対零度(0ケルビン、-273℃)で原子は完全に静止していることになります。横山教授らは、量子揺らぎのために絶対零度でも原子は動いていると考え、シミュレーションし測定結果と比較しました。量子揺らぎとは、量子力学の不確定性原理の一つで、質量が小さく低温であるほど原子の位置を一点に決められない性質のことです。その結果、低温領域での測定値(図4〇)とシミュレーション値(図4●)が一致することから、低温で熱膨張が起こらない原因が量子揺らぎそのものであることを突き止めたのです。
すでに幅広く活用されている有用なインバー合金について、その特性のメカニズムを解明したことは、材料開発に新たな視点を加えたことになります。鉄とニッケルの合金は熱膨張だけでなく、いろいろな特性が知られています。このようなメカニズム解明によって、新たな機能材料が生み出されるのかもしれません。
この成果は米国の物理学会誌Physical Review Lettersのオンライン版に8月3日に掲載されました。
放射光科学研究施設 フォトンファクトリー
https://www2.kek.jp/imss/pf/
自然科学研究機構分子科学研究所 横山研究室
http://msmd.ims.ac.jp/yokoyama_g/
Physical Review Letters
http://prl.aps.org/abstract/PRL/v107/i6/e065901
自然科学研究機構 分子科学研究所
http://www.ims.ac.jp/indexj.html
2011.08.01 プレスリリース
熱膨張しない不思議な“不変”合金の不変の原因を解明
https://www.kek.jp/ja/NewsRoom/Release/20110801100935/index.html