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根岸英一教授×ERL 21世紀のサイエンスを語る(前編)

物構研ハイライト
2012年5月 8日
ERLシンポジウムにて講演された根岸英一教授

3月14日、つくば国際会議場にてERLシンポジウムが開催されました。ERL(エネルギー回収型ライナック)は次世代の放射光源としてKEKを中心に計画している新型の加速器で、ERLが実現すればサイエンスの可能性は大きく拓かれます。このシンポジウムでは、今後のサイエンスについて、第一線で活躍している研究者が一堂に会し、議論が展開されました。その中で特別基調講演をされた、2010年ノーベル化学賞受賞者である根岸英一教授(米国パデュー大学)のインタビューをお送りします。

聞き手はERL計画推進室長の河田洋教授、物質科学をリードしてきた根岸教授に、測定、分析開発の立場から21世紀のサイエンスについて伺いました。


河田:本日はERLシンポジウムに来ていただき、どうもありがとうございました。参加していただいて、どのような印象を持たれたでしょうか。

根岸:こちらの皆さんの専門の「測定」といったところは、私なんぞはずぶの素人で、NMRにしても電子顕微鏡にしても「使う」側なんです。そういう分野と私どもの接点を探した時に、私が専門的な立場からどういう発言ができるかということを若干気にしていましたが、いわゆる化学や化学反応のことも非常に突っ込んだ議論が出ておりまして、いくつか非常に興味深い話がありました。参加させていただいて良かったと思っております。

根岸英一教授(左)と河田洋ERL計画推進室長(右)

河田:ありがとうございます。

根岸:正直言いまして、今聞いたばかりのお話(三菱化学科学技術研究センター合成技術研究所の瀬戸山 亨 氏による講演*1)は、私が考えているそのものずばりのことであって、もうここまで来ているというか..。まだ数字上の問題があるようですし、どのぐらいのスピードで伸びて行くかということはわかりませんが、素晴らしい研究が行われていると思いましたね。こういうことがかなり進むと、学界の分野からは離れて企業の仕事になってくる、そうなると、学界の人間の出る幕はなくなってくるんですよ。

河田:いいえ先生、それはやっぱり基礎的なこと、基礎の反応プロセスなどをきっちり押さえておくというのは、必要なことだろうと思います。

根岸:まあそうですね。今私は極論を発したわけですが、学界の人間のやることはいくらでもあると思います。ただ、それを企業研究の実態を十分把握しつつやっていく必要があるなということを強く感じました。

根岸カップリングの広がりと残った課題

河田:それではもう少し先生のご専門のところをお伺いします。今後、根岸先生が人工光合成に関するプロジェクトを立ち上げていこうとされていることについて、どういうヴィジョンをお持ちであるかということをお聞きしたいと思います。瀬戸山先生のご講演は、実際工業界ではこういう戦略でやっているというお話だったのですが、根岸先生のお立場ではどういうヴィジョンや戦略をお考えであるか、もっと言えば「根岸カップリング」をどう発展させていかれるのでしょうか。

根岸:最後のご質問に対してはクリアにお答えできます。根岸カップリング、つまりパラジウム触媒によるクロスカップリングは、有機化学史上、最も広範囲かつ選択的に応用できる反応だという、非常に大きな自負を持っております。これがもっと応用できるのは間違いないですし、製薬や高性能の電気材料といった応用面ではすでに実用化されて、採算ベースにも乗っています。だけど、それで全てかというとそうではない。不斉合成というのは、ある程度複雑な有機物になると必ずあります。

C(炭素)の数が1や2ぐらいの簡単な有機物では不斉合成はあまり重要ではありませんが、炭素が3つや4つになりますと不斉点が必ず出てきます。例えばグルコースは炭素が6つありますが、そのうちの4つは不斉です。つまり2×2×2×2で16の単糖類があるわけです。これらは、生物から見れば16種類のれっきとした違う化合物です。天然ではこのように不斉をコントロールしながらの合成をきちんとやっているわけですが、(人工的に実現するのは)まだ非常に難しい。実は100年も前、2番目のノーベル化学賞受賞者のドイツのエミール・フィッシャーという、おそらくはこれまでに存在した最も多才な有機化学者のひとりだと思いますが、この方がすでに先鞭を付けています。それにもかかわらず、まだまだ実用的な観点からするとうまいものができていないですね。野依先生*2ノールズ先生*3の「還元」はもう工業的にしっかりと根付いています。それからシャープレス先生*4のエポキシレーションは本当に大規模で、医薬関係ではもう十分に使われていると思います。そういった酸化や還元という不斉の反応はかなり進歩していますが、炭素と炭素、いわゆるクロスカップリングのようなプロセスでの不斉はまだまだです。
不斉点というのは要するに右手左手の関係です。右手型のものと左手型のものは必ず光を反対の方向に回す性質があります。ほとんどの場合、それは別な化合物であると考えなければいけないわけです。

河田:サリドマイドはまさに右回りと左回りですね。

根岸:はいはい、あの場合は右手型がトランキライザーとして優れたもので、左手型は奇形を発生します。これは有機化学の最も基礎ではありますが、残された非常に大きな課題ですね。我々のチームの研究でも大きくとりあげるべきと思っております。

この続きは後編(5月9日公開予定)にてお送りします。

脚注

*1 「Green Sustainable Industrial Chemistryへの取り組み -持続可能社会へ向けたGSC技術実用化への課題-」瀬戸山 亨(三菱化学・科学技術研究センター合成技術研究所)
*2 野依良治。「キラル触媒による不斉水素化反応の研究」で2001年にノーベル化学賞を受賞。
*3 ウィリアム・ノールズ。アメリカ合衆国の化学者。野依良治氏とともに2001年ノーベル化学賞を受賞。
*4 バリー・シャープレス。アメリカ合衆国の化学者。「キラル触媒による不斉酸化反応の研究」で2001年にノーベル化学賞を受賞。

関連サイト

第2回ERLシンポジウム
ERL計画推進室
ERL情報サイト
放射光科学研究施設フォトンファクトリー

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