2011年12月1日、北九州国際会議場にて開催された第23回エラストマー討論会において、第9回CERI(一般財団法人・化学物質評価研究機構)最優秀発表論文賞の表彰式が行われ、横浜ゴム株式会社の鹿久保(かくぼ)隆志氏・網野直也氏、東京工業大学の小澤健一助教が受賞しました。この賞は社団法人・日本ゴム協会主催の年次大会・討論会にて研究発表されたものの中から、化学物質の評価・管理に関連分野において科学技術の進歩・発展に貢献する優れた発表をした者に対し贈られるものです。
受賞対象となった研究は「ゴム接着処理後のブラス表面の角度分解光電子分光解析」です。自動車のタイヤには、構造強化と耐久性向上のため、タイヤゴムの中にスチール製ワイヤーが埋め込まれています。ワイヤーとゴムの接着力の大きさやその経年劣化は、タイヤそのものの寿命に大きく関わります。研究グループは、ワイヤーとゴムの界面における接着力の発現とその劣化機構が界面での化学組成とどのように関連しているのかを明らかにするために、フォトンファクトリーのビームラインBL-3BとBL-13Aにおいて光電子分光法を利用して研究を行いました。
スチール製ワイヤーは真鍮(銅Cuと亜鉛Znの合金)メッキが施されています。これによりゴムとワイヤーの接着力がメッキを施していないものに比べると強固になります。これまでの研究で、タイヤゴムに添加した硫黄(S)と真鍮の銅が反応して形成される硫化銅層が接着力の起源であることが分かっていました。ところが、どのような組成の硫化銅がどのような割合で形成されているのか、形成機構がどうなっているのかについてはよく分かっていませんでした。また、ゴムには接着力の経年劣化を抑えるために様々な化合物が添加されていますが、その一つである有機酸コバルト(Co)は非常に有効であるにもかかわらず、どのような役割を果たしているかは分かっていませんでした。これを詳細に調べ、接着や劣化のしくみを解明できれば、長寿命なタイヤを目指した材料設計が可能になります。 研究では、モデル試料として用いた真鍮板を生ゴムに埋め込み、加熱処理(これを加硫処理という)を施した後に取り出して真鍮表面の化学組成を調べました。その結果、表面にはゴムに添加した硫黄が多く析出しており、これが真鍮の銅と反応することで硫化銅層を形成していることが分かりました。また、形成される硫化銅はCuSとCu 2Sの二種類であること、CuSはより深いところに、Cu 2Sはゴムと直接接触する浅いところに多く形成されていることが分かりました。さらに、硫化銅層形成の初期段階ではCu 2Sが多く、反応時間が長くなるとともにCuSが多くなることが判明しました。強固な接着はCu 2Sが担っており、CuSの過剰成長は接着力低下の原因であることを突き止めました。また有機酸コバルトの役割に関しては、ゴムへの添加量が増えると真鍮表面に析出する硫黄量が少なくなっていることから、硫化銅層の過剰成長を抑えているということが分かりました。
コバルトは有害な物質ですが、この研究で有機酸コバルトの役割が解明され、接着寿命を左右する硫化銅の形成を制御できる可能性が示されたことによって、代替物質を探索するヒントが得られました。これにより,無害でより長寿命なタイヤを設計する指針が立てられるものと期待されます。
◆関連サイト