東北大学大学院理学研究科の佐藤宇史(たかふみ)准教授、同原子分子材料科学高等研究機構の高橋隆教授、および大阪大学産業科学研究所の瀬川耕司准教授と安藤陽一教授のグループは、新しい電子素子の材料として注目されている「トポロジカル絶縁体」の性質の鍵を握る「ディラック電子」のキャリアを自在に制御することに成功しました。この成果は、次世代の超高速コンピュータや画期的省エネルギー電子機器を支えるスピントロ二クス技術とその産業化に大きく貢献することが期待されます。
図1: ディラック錐状態における電子のエネルギー関係の模式図
バンド分散が直線的なため、電子の有効質量がゼロのディラック電子となる。(a)と(b)は、ディラック電子キャリアがp型(正孔注入)とn型(電子注入)の場合の比較。(a)の赤と青の矢印はスピンの向きを示す。
図2: Bi2-xSbxTe3-ySeyの結晶構造
トポロジカル絶縁体は、物質内部(バルク)では電気を通さない絶縁体でありながら、表面には電気が流れる特殊な金属状態が現れる物質です。この表面状態を実現しているのが、質量ゼロの性質を持つ「ディラック電子」で、動きやすく不純物に動きを邪魔されにくいという、普通の金属電子とは大きく異なる性質を持ちます。さらに、電子のスピン(磁石の性質)を、磁場を使わずに電場によって制御できるため、スピンの性質を素子に利用する「スピントロニクス」のデバイスとして有力視されています。
トポロジカル絶縁体をスピントロニクスデバイスへ応用するには、バルクの絶縁性を十分に保ちながら、表面のディラック電子の基本的性質(電荷移動の担い手である「キャリア」の符号や量など)を制御する必要があります。
今回、研究グループはビスマステルル(Bi2Te3)のBiをアンチモン(Sb)に、Teをセレン(Se)に部分置換した物質Bi2-xSbxTe3-ySey(略してBSTS、図2)の大型単結晶育成に成功し、フォトンファクトリーのビームラインBL-28Aにおいて、外部光電効果*1)を利用した角度分解光電子分光*2)という手法を用いて、BSTSから直接引き出した電子のエネルギー状態を高精度で調べました(図3)。その結果、SbとSeの組成を同時に調整することにより、バルクの高い絶縁性を常に保ったまま、表面ディラック電子のキャリア符号(p型/n型)とキャリア量を自在に制御できることが明らかになりました。
半導体エレクトロニクスでは、デバイスを構成するのにp型とn型の両方の半導体が不可欠であり、シリコン素子ではキャリア制御に成功したことが、爆発的な半導体技術の発展と産業化へつながりました。今回の研究で、トポロジカル絶縁体における表面ディラック電子のキャリア制御を実現したことは、次世代トポロジカル絶縁体デバイスの産業応用に向けての大きな突破口になります。今回の成果を新物質設計の指針とすることで、新しいトポロジカル絶縁体物質の開発が進み、次世代の省エネ技術である革新的なスピントロニクスデバイスや、超高速処理を行う量子コンピュータの実現の可能性がさらに一歩進むと期待されます。
本研究成果は、平成24年1月24日(英国時間)に英国科学雑誌Nature Communicationsオンライン版で公開されました。また、本研究は、東日本大震災による被害からの復旧後のBL28Aから得られた初めての研究成果です。
*1 外部光電効果
物質に紫外線やX線を入射すると電子が物質の表面から放出される現象。物質外に放出された電子は光電子とも呼ばれる。
*2 角度分解光電子分光
結晶表面に高輝度紫外線を照射して、結晶外に放出される電子のエネルギーと運動量を同時に測定する実験手法。この方法により、固体中の電子のエネルギーと運動量の関係(バンド分散)を決定でき、バンド分散から物質の示す超伝導や光学的性質などの様々な性質を説明できる。