東京大学大学院理学系研究科の吉田鉄平助教、藤森淳教 授、KEK物構研の組頭広志教授らのグループは、電子相関が強い酸化物SrVO3において、伝導電子が他の動き回る電子や格子振動から受ける動的なポテンシャル(自己エネルギー※1)を実験で決定することに成功しました。
ペロブスカイト型※2結晶構造をもつバナジウム酸化物は、電子比熱係数の値が大きいなど、電子間の相互作用が強いことが知られています。単位格子当たりの3d軌道電子が1個なので、モデル化しやすいことから、電子相関効果を調べるために、電子状態の理論計算や、実験的研究が盛んに行われてきました。
研究チームは、SrTiO3基板上にパルスレーザー堆積法でSrVO3薄膜をエピタキシャル成長させることで、電子状態の研究に最適な、平坦な結晶表面を作製しました。 そして、KEKフォトンファクトリーのビームラインBL-28A における角度分解光電子分光※3によってバンド構造を測定し、さらに、動き回る他の電子や格子振動から電子が受ける動的なポテンシャルをあらわす「自己エネルギー」を広いエネルギー範囲にわたって精密に求めることに初めて成功しました。
図2 (a)SrVO3のバンド構造と(b)実験から求められた自己エネルギー
その結果、バンド構造に折れ曲がり(キンク)が観測され(図2(a))、そのエネルギーが酸素に由来した格子振動に一致することが分かりました。銅酸化物高温超伝導体にもキンクが観測されており、その起源について論争が続いていますが、今回の結果は、銅酸化物のキンクと、よく似ており、銅酸化物の場合も格子振動が起源であることを示すものだと言えます。
さらに、新しい解析方法を用いることで、低エネルギーの格子振動のみでなく、電子間の相互作用も含む広いエネルギー範囲で自己エネルギーを決定することに成功しました(図2(b))。第一原理計算※4で説明することができない、自己エネルギーを実験的に決定できたことで、物質中の電子が相互作用しながら複雑な運動をする様子がより正しく理解できるようになり、今後、様々な物質の物性解明に応用されることが期待されます。
この成果は米国物理学会の発行するPhysical Review Lettersに7月31日(現地時間)に掲載されました。
他の動き回る電子や、格子振動との相互作用によって電子が感じるポテンシャルの動的な部分(時間的に揺らぐ部分)で、電子エネルギーの関数となっている。動的なポテンシャルを受ける結果 、電子が有限な寿命を持ち、バンド構造がシフトする。
遷移金属イオン等を中心として酸素原子で構成される八面体構造。八面体の中心や八面体の外周にある遷移金属イオンや希土類イオンを変化させる事で、伝導性、超伝導、磁性、強誘電性など多彩な物性を示す事が知られている。
物質に光を当てると、光電効果によって光電子が飛び出す。この光電子の放出角度と運動エネルギーを測定することにより、バンド分散、フェルミ面などを調べる方法。
量子力学の原理(第一原理)に基づいた電子の振る舞いの計算方法。