図1 V型ATPaseの構造モデル
V型ATPaseは9-13種類のタンパク質からなる超分子複合体で、水溶性タンパク質部分(V1部分)と膜タンパク質部分(Vo部分)からなる。括弧内の名称は腸球菌V-ATPaseサブユニットの旧名。触媒頭部(A3B3)でATPを加水分解し、回転軸(DFd)とローターリング(c)を回転させ、水素イオンを細胞外(またはオルガネラ内)へ輸送する。
千葉大学の村田 武士 特任准教授(JSTさきがけ研究者、理化学研究所 客員研究員)らは、骨粗鬆症やがんなどの疾病に関与する酵素、V型ATPaseが分子モーターとして働く回転軸の詳細構造をフォトンファクトリー、SPring-8を利用し、解明しました。ATPのエネルギーが回転運動に変換される仕組みを原子レベルで解明することは、V型ATPaseの阻害方法が予測可能となり、立体構造に基づいた骨粗鬆症やがんなどの治療薬の創製に繋がるものと期待されます。
V型ATPaseは、細菌からヒトまで多くの生体膜中に存在し、ATPのエネルギーを使って水素イオンを運ぶことで膜内外のpHを調整する酵素です。また、骨の形成に関わる破骨細胞やがん細胞の細胞膜にも存在し、骨粗鬆症やがん細胞の増殖・転移に関与していることが知られています。
V型ATPaseは9~13種類のタンパク質からなる超分子複合体で、水溶性タンパク質部分と膜タンパク質部分から構成されています(図1)。触媒頭部(A3B3複合体)でATPが加水分解され、そのエネルギーを使って軸部分が回転し、これに伴って水素イオンが輸送されると考えられていますが、詳細構造が不明であったため詳しい仕組みは未解明でした。
研究グループは、細菌(腸球菌)にもヒトV型ATPaseによく似た酵素が存在することを発見し、その生化学的・構造生物学的研究を進めてきました。そして、A3B3複合体の大量精製に成功し、ATPなどのヌクレオチドは入れない条件で良質の結晶を得ることができ、 X線結晶構造(分解能2.8 A)を明らかにしました。また、ATPに似た構造をもつAMP-PNP※1 存在下で、A3B3複合体のX線結晶構造(分解能3.4 A)も明らかにしました。これらの構造解明にはPFのビームラインBL-1A、NW12A、NE3A等が利用されました。
この2つの構造を比べた結果、A3B3複合体は「ATPが結合できないフォーム:Empty」、「ATPを結合することができるフォーム:Bindable」、「ATPを結合しているフォーム:Bound」の3つの異なるA-B複合体から構成されていることが明らかになりました(図2)。
図2 触媒部分(A3B3複合体)のX線結晶構造
a) 横から見たA3B3複合体の結晶構造。
b) 上から見たA3B3複合体の結晶構造。見やすくするためにN末βバレルドメインとC末ドメインのみを表示している。
3ヶ所あるATP結合部位を赤い矢印で示した。
c), d) AMP-PNPが結合したA3B3複合体の結晶構造。a)、b)と同様に表示。
さらに表面プラズモン共鳴法※2 を用いて、A3B3複合体とDF複合体からV1-ATPase(A3B3DF複合体)の再構成条件を検討した結果、DF複合体は単にA3B3複合体の構造変化に応じて回転しているのではなく、A3B3複合体と結合して構造を変化させて、ATPの分解場所を決定していることが示唆され、全く新規なV1-ATPaseの回転メカニズムモデルを構築しました。
本研究成果は、2013年1月13日の英国科学雑誌「Nature」のオンライン速報版に掲載されました。