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熱膨張しない金属「インバー合金」のインバー/逆インバー特性の起源を解明

物構研トピックス
2013年2月 7日
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図1 マンガン・ニッケル合金の結晶構造
左はひとつの正方格子を取り出したもので、おおよそ頂点と各面の中心に原子が存在する。
右図はマンガン88%、ニッケル12%合金の構造。マンガンとニッケルの配置は完全にランダムになり、この系では、縦方向の長さcが横方向の長さaに比べてやや長い直方体となる。

自然科学研究機構分子科学研究所の横山利彦教授、総合研究大学院大学物理科学研究科の江口敬太郎博士課程院生は、インバー合金と呼ばれる熱膨張のないマンガン・ニッケル合金の平均結晶構造と局所構造を解析し、正方格子の長い辺に熱膨張が生じないインバー効果と、正方格子の短い辺に熱膨張が通常より大きい逆インバー効果が同時に生じていることを見出しました。

通常、金属は温度変化と共に熱膨張・収縮しますが、極低温から室温以上という広い温度範囲にわたってほとんど熱膨張しない合金が、1897年スイスのギヨームによって発見されました。鉄65.4%とニッケル34.6%の合金で、不変という意味のインバー合金と呼ばれています。今日では、インバー効果を示す合金はたくさん発見され、精密機器などに利用されています。

横山教授らは、マンガン88%、ニッケル12%のインバー合金を用い、結晶の正方格子が縦方向と横方向で異なる熱膨張が同時に起こることと、温度が上がると正方格子から立方格子に代わりながら形状記憶性が生じているしくみを調べました。

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図2 マンガン88%、ニッケル12%合金の格子定数a (○), c (●)の温度変化(a)、マンガン(●, ○)およびニッケル(□)周囲の最近接結合距離(b)。
計算結果は赤の実線。格子定数では、長いcはほとんど温度変化しないが、短いaは普通より大きな温度変化を示す。また、マンガン周囲は2種類の結合が分離して観測され、正方格子であることと整合するが、ニッケル周囲は平均的に1種類の結合しかなく、あたかも立方格子のように見える。実際には、ニッケルの方がいろんな距離をもち、平均的に1種類に見えている。

マンガン・ニッケル合金の平均的な格子定数に加え、局所的な構造・熱膨張をフォトンファクトリーのビームライン9CのX線吸収微細構造分光(XAFS)を用いて調べました。すると長い辺cは熱膨張がほとんどなく、短い辺aは熱膨張があることがわかり、マンガン周囲では2種類の結合距離(図2(a)の誤差バーつき●と○)があるのに対し、ニッケル周囲では1種類の結合距離(誤差バーつき□)しかないことがわかりました。この合金の構造は、少し縦長の正方格子(図1右)で、ある原子の周囲には、8つのやや長い結合と4つのやや短い結合があるはずです。

実験的に得られた熱膨張を示すモデルをいくつか考え、量子揺らぎを含めた理論シミュレーションによりどのモデルが最も適当かを検討した結果、マンガン原子が、低温で卵型、高温で球形の2種類の状態をとり、卵型の長い軸はc軸方向に向きを揃える(図3)ことがわかりました。また温度が上昇すると球形のマンガンの割合が増えてきて、a軸とc軸の距離の差は小さくなり、球の直径(2.62 A)が、卵型の短い直径(2.57 A)よりかなり大きく、長い直径(2.64 A)よりわずかに短いということが示されました。一方、ニッケル原子は温度によらず球形の1種類です。
これらの結果として、図2のように、長い辺c方向では熱膨張のないインバー効果、短い辺a方向では熱膨張が大きい逆インバー効果が生じているということをつきとめました。

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図3 マンガン88%、ニッケル12%合金中のマンガン原子
低温では縦に長い卵型だが、高温になると球形のマンガン原子の割合が増える。卵型の長い方向は結晶のc軸を向いており、a軸方向は熱膨張が大きく、c軸方向は熱膨張がないことが導かれる。

本研究成果は、2013年2月6日の米国物理学会誌「Physical Review Letters」オンライン版に掲載されました。

 >>プレスリリース(分子科学研究所発表)


◆用語解説

  • ※1 X線吸収微細構造分光(XAFS)
    X線の波長を変化させながらX線の吸収強度を測定する実験法で、X線を吸収する原子周辺の局所的な構造を定量的に決定できる。吸収されるX線の波長は元素ごとに異なるので、元素選択的な構造解析法として、特に合金の場合に非常に有効になる。また、試料の状態に依らずに測定が可能で、触媒や溶液など結晶でない試料の解析に広く用いられる。

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