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お肌とX線と

物構研ハイライト
2014年12月 2日

滑らかで艶やかな肌。その見え方は角層、特に細胞間脂質の構造に左右される。
一方で、生体にとって大切なバリア機能である肌。バリアの強さもまた、細胞間脂質の構造が担っている。
これら細胞間脂質の構造が、X線によって解き明かされる。

皮膚と言われる部分は、体の一番外側の表皮とその下の真皮を指す(図1)。肌の細胞は基底層で作られ、次々と生まれる新しい細胞によって古い細胞が押し上げられ、やがて肌表面の角層になり、最後は垢となって剥がれ落ちる。この中で星薬科大学の小幡誉子(おばたやすこ)講師が着目しているのは、最表面の角層と呼ばれる部分。厚さ約15μm、食品用ラップ一枚半ほどの薄い層だ。この層が外界と接し、ウイルスや菌など外的刺激からのバリアになり、また体内からの過剰な水分蒸発を防ぐ重要な役割を担っている。角層は、角層細胞同士を細胞間脂質が埋めて繋ぎとめる、レンガ塀のような構造をしている。もし細胞間脂質の量が減れば、角層細胞がはがれやすくなり、カサカサとした肌表面(ドライスキン)になる。肌の滑らかさ、艶やかさなどは水分量と油分を調節している細胞間脂質の構造が決め手となっている。

図1 皮膚の構造
最表面の角層は角層細胞と細胞間脂質から成るレンガ・モルタル構造をしている。角層細胞は、いわば死んだ細胞で、細胞間脂質によってつなぎとめられている。細胞間脂質は、セラミドなどが層状に積み重なったラメラ構造をしている。

バリアを透過する

小幡氏が角層に注目して研究しているのは、経皮吸収型製剤。痛み止めの塗り薬や、近年では、禁煙補助剤などで知られるようになった、パッチ型、テープ型のものなど、皮膚表面から薬剤を血液まで浸透させるものを言う。注射のように痛みを伴わず、長時間継続的に投薬できるのが利点だ。先述したように、角層は外界からの異物侵入のバリアであり、本来、外から物質を肌の奥まで通しにくい構造をしている。だが経皮吸収型製剤では、薬物は障壁とも言える角層を通り抜けなければならない。そのため、添加剤として古くから経験的にメントールが使われていた。皮膚表面に塗っただけでは浸透しない薬物にメントールを 0.5%、1%、と加えると薬物が浸透する(図2)。どうすれば効率良く薬物が角層を透過できるのか。それを系統的に調べた研究は当時なく、博士課程にいた小幡氏はメントール、アルコール、薬剤(消炎剤のボルタレン)の濃度、pHなど多くの条件で比較検討し、論文にまとめた。今でも薬局などで痛み止めのボルタレンを目にすると、当時を思い出すそうだ。

図2 メントール濃度による経皮吸収の効果
メントール添加による薬物の透過量と、薬物吸収が始まるまでの時間の短さから、2%を最適値としている。
ヒトの皮膚から剥離した角層を手にする小幡氏

その研究を経て、小幡氏の興味は「メントールがなぜ吸収促進するのか」に移っていった。おそらく細胞間脂質に影響があるからだという予想は持っていたものの、ぼんやりとしていた。「どこにメントールが入って、どのような作用があって、吸収が良くなるのか、これをピタっと決めたかった。」と動機を語る。

X線との出会い

「忘れもしません。あれは入学式の日です。突然、八田先生(八田一郎 現名古屋大学 名誉教授)がいらっしゃって、ほんの1、2時間お話をして共同研究することが決まったんです」。八田氏は熱測定の専門で、理論的な研究から実験へと移ろうとしていた。その中で脂質、リピッドをテーマに一番身近な生体膜として、皮膚に焦点をあてて調べていた。そこで小幡氏が所属していた研究室の論文が八田氏の興味を引き、訪れたという。それ以前は、X線を利用した実験はほとんど未経験。「放射光なんて聞いたことも無い。X線回折?実習でやったかな?という程度でした」。八田氏が現れてすぐ、同年の6月にはPFやSPring-8で実験をして...と早10年、細胞間脂質の構造が徐々に分かってきた。

細胞間脂質は、主にセラミド、コレステロール、遊離脂肪酸で構成され、これらが向かい合って並ぶラメラ構造をしている。向かいあう間隔が約13 nmと長いものを長周期、約6 nmと短いものを短周期という(図3左)。細胞間脂質は、これが肌表面から深さ方向に何層にも重なっている。バリア機能として外的刺激に強いのは長周期のラメラ構造。間接的な解釈だが、バリア機能の低下している皮膚、例えばアトピー性皮膚炎の皮膚ではセラミドの含有量が少なく、長周期のラメラ構造が減少している。いわゆる化粧水などに保湿成分として含まれるセラミドは、細胞間脂質に入り込み、丈夫な長周期構造にしていると考えられる。理想的な細胞間脂質はセラミド、コレステロール、遊離脂肪酸が1:1:1の割合で混ざっている。このバランスが崩れるとラメラ構造も乱れやすくなる。極端に言えば、細胞間脂質が乱れるとラメラ構造にならず、生体にとって大切なバリア機能が失われてしまう。

つまりラメラ構造の存在は、バリア機能を保っている状態を示すのだ。

図3 X線小角散乱による角層の散乱パターン
左側の小角領域にあるピークがラメラ構造、右側の広角領域に充填構造のピークが現れる。メントールを添加すると、格子間隔0.42 nmを示すピークが小さくなり、0.37 nmを示すピークの強度比が変化し、六方晶の割合が多くなることが分かる。

次に、肌表面方向の脂質の並び方(充填構造)を調べた。最も密に詰まっている斜方晶、全ての格子面間隔が等しい六方晶(図3右)、さらに温度39度あたりになると液晶へと相転移する。細胞間脂質は、これらの状態が混在、その割合が変化していく。斜方晶の部分が多ければ薬剤など異物が入りにくく、六方晶、液晶の部分が多くなると入りやすくなると考えられる。メントールを添加した状態を調べると、0.5%、2%と六方晶の割合が増えていることが確かめられた(図3中央)。これらのことから、経皮吸収には、ラメラ構造があり、かつ六方晶の多い状態が良いことが分かった。

角度の違いを利用

X線で良く使われる結晶構造解析では0.1 nm領域(原子レベル)が中心だが、対象としている肌の構造は数~数十 nm領域。このように大きくて周期的な構造を観るにはX線小角散乱という手法が用いられる。X線が0.1 nmで大きな散乱角を持つのに対し、数十 nm領域では水平スレスレの小さい角度に散乱される。この領域を詳しく見る手法を小角散乱法という。平行性が高く、明るい放射光により、小さい角度でも散乱像を精度良く得られる。

小幡氏の実験では、数~数十 nmのラメラ周期構造と、0.1 nmの充填構造を観る必要がある。100倍のスケール差のある構造を同時に観るため、ラメラ構造から散乱される小角散乱像と充填構造から散乱される広角散乱像を別々の検出器でタイミングを正確に合わせて同時計測している。

物質の反応は、原子や分子、その分子が集まって構成される組織が連携して動くことで、初めてマクロな動きとなる。X線小角/広角散乱同時測定法は、このような広い空間スケールの動きを、肌のようなものだけでなく、液体や固体、形状を問わず直接観察できる。更に放射光の大強度性により瞬間撮影が可能になり、物質が動いている状態や形成過程も観察でき、生体分子から高分子材料、コロイドや流体、金属薄膜など、様々な物質材料研究に展開されている。

図4 フォトンファクトリーBL-6A 小角散乱装置と装置担当の五十嵐 教之KEK物構研准教授
写真右奥からX線が通ってくる。囲った部分(拡大)が広角領域の検出器、写真左手前の黒い箱が小角領域の検出器。試料は角層に薬剤などをしみこませた状態で、細いガラス管に封入して持ち込まれる。

経皮吸収型による投薬は、高齢化社会を迎える日本にとって重要になってくる。飲み込む力の弱くなった場合でも安全に投薬ができ、服用の確認を第三者から行いやすいという利点からだ。飲み忘れによる治療の長期化防止の点で、パッチ型抗うつ剤の開発にも成功し、10年後の実用化を目指している。

角層の情報は、化粧品メーカーにとっても有益なものとなっている。化粧水などの基礎化粧品は角層に働きかけるため、細胞間脂質に保湿成分がどのように入り、保湿に寄与するかなども調べられている。また最表面である角層は、滑らかさや透明感などの見え方に影響すると考えられ、化粧品分野でも共同研究が次々と始まっている。

関連サイト

物質構造科学研究所
放射光科学研究施設 フォトンファクトリー
星薬科大学