今年2015年は、ユネスコが定める「光と光技術の国際年(国際光年)」。ちょうど1000年前、「光学の父」とも呼ばれるイブン・アル・ハイサムによる光の屈折や反射など光学の基礎を築いた研究や、1905年のアインシュタインによる光を量子と考えた光電効果に関する理論の発表、続く1915年には光の進み方も取り込んだ場の方程式を導いた一般相対性理論を完成させるなど、光科学にとって歴史的な節目を記念した年でもある。
1月19、20日にフランス、パリでこのオープニングセレモニーが開催され、国際光年が幕を開けた。
生命は地表に届く太陽光を利用することで進化してきた。バクテリアや植物の行う光合成は、光エネルギーを化学エネルギーに変換し有機物を合成、その副産物として酸素を吐き出す。過去何万年と作られてきた有機物が生態系を支え、今日でも、エネルギーや食糧として利用している。換言すれば、地球上にあるほぼ全ての生命活動の源は太陽から来た光エネルギーなのだ。
また人類は、光を利用、制御することで、生活を便利にしてきた。革新的に光学が発達したのは16世紀末、オランダのヤンセン父子により顕微鏡が発明されたこと。その後ガリレオらにより改良された顕微鏡、望遠鏡が活用され始め、人類はより小さなもの、より遠くのものを見ることが出来るようになった。ヨーロッパに広まった顕微鏡は、精度が高まるにつれ、生物の最小単位である細胞や、毛細血管、赤血球が相次いで発見され、生物の微細構造が明らかになっていった。またレーウェンフックが雨粒の中から発見した微生物は、細菌という新たな知見をもたらし、その後の伝染病の予防や治療に役立てられていった。
他方、光が道具として利用されるにつれ、光そのものの本性についても関心が高まっていった。光を細かな粒子と考えたニュートン、波であると考えたホイヘンスを中心に議論が活発になり、ヤングやフラウンホーファー、フレネルらによる実験、理論により光の波動説が有利となっていった。
顕微鏡の発明からおよそ3世紀もの間、顕微鏡は生物学の研究にとって重要なツールであり続けた。しかし光学顕微鏡で見ることのできる限界が迫ってくる。1873年、アッベが光の波長の半分より小さいものは見ることが出来ない、という理論的な限界を示したのだ。
つまり、よりミクロな世界を見るには、より小さな波長の光が必用になるということ。光学顕微鏡で利用する光は、一般に可視光を指し、その波長は400~700ナノメートルなので、原理上、見ることが出来る限界は200ナノメートル程度だった。そこで登場したのが、光の代わりに電子を利用する電子顕微鏡。これにより見ることの理論的限界は一気に1000倍以上になった。加速電圧の向上など技術の進歩により、今日では原子の姿を捉えるまでになっている。
これとほぼ同時期に登場したのが、放射光。同じく電子を利用しているが、電子そのものではなく、ほぼ光の速度まで加速した電子の軌道を曲げたときに出る電磁波(=放射光)を利用している。可視光も含む赤外線からX線という幅広い波長の光が連続的に得られるため、見る対象に合わせて任意の波長を選択できるという利点がある(図1)。そして最大の特徴は、レーザーのように指向性が非常に高く、小さな領域に集中して光を当てられること。同じ領域(立体角)あたりで比較するとなんと太陽の100万倍以上も明るい計算になる。元々は、素粒子物理のための実験装置として登場した加速器で、厄介な存在として扱われていたものだ。素粒子実験の立場からすると、単なるエネルギーの損失でしかない放射光だが、短い波長のX線までを高強度で利用できる、ミクロな世界を見るための光として強力なツールとなった。
そして1974年、東京大学物性研究所に世界で初めて放射光専用の加速器SOR-RINGが完成、次いで1982年、KEKの前身である高エネルギー物理学研究所でフォトンファクトリーが運転を開始した。これら放射光施設の誕生により、「構造生物学」という新たな分野が確立された。
生命活動の基本となる、タンパク質の立体構造を原子レベルで捉え、機能や働きを研究するものだ。放射光の登場以来、解明されたタンパク質の数は10万を超え、現在でも一時間に1個のペースで増え続けている(図2)。また放射光が他の顕微鏡と大きく異なる特徴には、原子、分子の像に加え、電子のエネルギーやスピンといった物質の性質の鍵となる情報を得られることも挙げられる。電子の状態や振る舞いを利用した半導体をはじめとした材料開発の歴史が現在のスマートフォンやタブレットといった電子機器につながっている。
記憶に新しいところでは、2014年末に発表されたノーベル賞も光と光技術の歴史に刻まれるだろう。原理的な限界を超えた分解能をもつ光学顕微鏡の開発に化学賞、青色LEDの開発に物理学賞が授与された。
光を作り出し、利用することには弊害もある。夜の地球は、地形が見てとれるほどに街灯りに映し出されている。ノーベル物理学賞の受賞理由で「照明に消費されるエネルギーは、世界の消費電力の四分の一にもなり、化石燃料の節約と温暖化ガスの削減に大きく貢献することが期待される」と述べられたように、エネルギー問題は重要な課題となっている。
光をうまく利用することで、誕生、進化してきた生命。光を作り出し、制御する技術によって文明を発展させてきた人類。これから先、光とどのように付き合っていくかを考える一年にしていきたい。
※1 日本蛋白質構造データパンクPDBj
蛋白質構造データバンク(PDB: Protein Data Bank)は、タンパク質などの生体高分子の三次元構造を蓄積している国際的な公共のデータベースである。PDBj(Protein Data Bank Japan) は他の組織と協力して、生体高分子の立体構造データベースを国際的に統一化されたPDBアーカイブとして運営し、様々な解析ツールを提供している。
INTERNATIONAL YEAR OF LIGHT 2015公式ページ(英語)
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放射光科学研究施設
2014.10.9 物構研トピックス
ノーベル物理学賞~青色LEDの鍵、窒化物半導体の構造研究~