KEK物構研の小林正起特任助教と組頭広志教授らの研究グループは、薄膜合成技術とフォトンファクトリー(PF)を用いた角度分解光電子分光*1(ARPES)により、伝導性酸化物バナジウム酸ストロンチウム(SrVO3)の量子井戸構造内で電子が1次元的な状態になることが、電子の質量が増える要因であることを明らかにしました。
コンピュータ素子の微細化が進み、ナノテクという言葉に代表されるようにナノメートル(nm、1ナノ=10億分の1)スケールにおける物性研究が盛んに行われています。原子の大きさであるナノスケールでは量子力学的な効果が現れ、電子同士の相互作用(電子相関)が伝導性などの物性に大きく影響すると考えられています。研究グループでは、これまでレーザー分子線エピタキシー (MBE) というナノスケールの層構造を作り出す手法によりSrVO3の薄膜を一層ずつ合成する技術を確立し、強相関電子*2を「量子井戸構造(2次元空間)」に閉じ込めることに世界で初めて成功しています(2011年プレスリリース)。
電子が量子井戸構造内に閉じ込められると、「量子化」と呼ばれる不連続なエネルギーを持つ状態になります(図1)。SrVO3の量子井戸構造ではこの量子化に伴って、閉じ込められた電子の動きが鈍くなること(電気抵抗が大きくなることに対応)、つまり質量が増大していること、が観測されていました。金や銀などの通常の金属で造られた量子井戸構造では、このような現象は見られず、どのようなしくみで質量が増大しているのか良くわかっていませんでした。今回、研究グループは、この原因を明らかにするため、SrVO3の量子井戸構造に閉じ込められた電子の振る舞いを詳細に解析しました。
3次元物質のSrVO3では、電子は3次元的に動くことができますが、SrVO3の厚さをナノスケールの薄膜にすると電子の動きが制限され(量子井戸構造)、膜厚方向に広がる電子軌道(dyzとdzx)が量子化されます(図2)。この電子状態をPFの「その場角度分解光電子分光装置」により測定し(図3左)、電子間相互作用の大きさを見積もりました。詳しいデータ解析から、量子化エネルギーが小さくなるにつれて、電子間相互作用の大きさが増大することが分かりました。そして、その増大は、量子化エネルギーに依存して伝導電子の質量が重くなる様子と一致することが確かめられました(図3右)。この結果は、電子間の相互作用が大きくなることが、量子化に伴う電子の質量増大の原因であることを意味しています。
この様に、3次元物質であるSrVO3を薄い2次元の物質にする(3→2)と、2次元的な軌道(yz平面とzx平面)の電子が量子化により1次元的になる(2→1)ことが、量子井戸内の電子が互いに影響し合って質量が増えたように振る舞う原因であることがわかりました。
人工的に構造を低次元にすることで電子の振る舞いを制御する研究は、新しい素子開発の観点からも非常に注目されています。本結果は、ARPESデータの解析が、電子間相互作用の大きさを見積る手法として、とても有効であることを示した成果でもあります。研究グループが開発した、レーザーMBEで薄膜を作製し放射光で測定する「その場光電子分光装置」は、PFのBL-2Aに常設されており、アンジュレーターの高輝度光を使った測定が可能になっています。今後、低次元における電子間相互作用の理解が更に進み、量子井戸構造を用いた量子現象の制御・デバイス応用へと繋がることが期待されます。
この成果は、米国物理学会のPhysical Review Lettersに8月13日オンライン掲載されました。
論文情報
Title: “Origin of the Anomalous Mass Renormalization in Metallic Quantum Well States of Strongly Correlated Oxide SrVO3”[DOI: 10.1103/PhysRevLett.115.076801]
Authors: Masaki Kobayashi, Kohei Yoshimatsu, Enju Sakai, Miho Kitamura, Koji Horiba, Atsushi Fujimori, and Hiroshi Kumigashira
物質に光を当てると、光電効果によって光電子が飛び出す。この光電子のエネルギーの放出角度依存性を測定することにより物質中の電子状態を調べる方法。
通常の半導体や金属では、電子はほぼ自由に振る舞う。しかしながら、電子の密度が十分に高い場合、電子同士がお互いに強く作用し合い、結果として電子が集団としてかろうじて動くような状態が出現する。このような状態にある電子を強相関電子と呼ぶ。