IMSS

PFユーザーら、物理学会若手奨励賞を受賞

物構研トピックス
2015年11月 5日

フォトンファクトリー(PF)、旧KENSを利用した成果によって、ユーザーの下記4名に第10回(2016年)物理学会若手奨励賞が決定しました。この賞は、将来の物理学を担う優秀な若手研究者の研究を奨励し、学会を活性化するために設けられた賞で、3月に行われる日本物理学会年次大会にて授賞式が行われる予定です。

領域5:和達 大樹(東京大学物性研究所) 受賞内容
領域6:田原 周太(琉球大学理学部物質地球科学科) 受賞内容
領域7:堤 潤也(産業技術総合研究所フレキシブルエレクトロニクス研究センター) 受賞内容
領域8:中山 耕輔(東北大学大学院理学系研究科物理学専攻) 受賞内容
各受賞者の受賞対象となった論文はこちら


和達氏は放射光X線を用いた新しい実験手法である共鳴軟X線散乱を用いて、遷移金属酸化物における新しい磁気秩序の観測に成功してきました。共鳴軟X線散乱は、スピンの秩序状態に関する情報が直接得られる画期的な手法です。日本では前例のほとんどなかったこの手法をカナダでのポスドク時代に習得し、独創的な発想で発展させてきました。

マンガン酸化物薄膜(YMnO3)のab平面におけるマンガンのスピン(赤矢印)を摸式的に示したもの

PFを利用した共鳴軟X線散乱により、マルチフェロイック性を示すYMnO3薄膜で磁気構造と結晶構造の歪みの両方の情報を得ることに成功しました。結晶格子と磁気ピークの観測から、大きな電気分極は格子に整合する歪み部分から生じることが分かり、マルチフェロイック性の起源を解明した研究として注目されました (プレスリリース)。この他、巨大磁気抵抗を示す新物質SrCo6O11の詳細な磁気構造を決定するなどしています。これら、遷移金属酸化物+共鳴軟X線散乱という組み合わせによる研究の先導的役割を果たしたとして評価されました。


田原氏は液体中のミクロな原子の並びについて、量子ビームとコンピューターシミュレーションを使って実験的・理論的に研究しています。特に、Agイオンを含む塩を数百度の高い温度で溶かすと、物質によってはAgイオンが鎖状の集団になったり(図2a)、逆にまったくバラバラになっていたり(図2b)、ネットワークを形成する(図2c)など、普通の塩の高温液体状態とは違う特徴があることを明らかにしてきました。最近、高温液体状態のAgCl(図2b)にRbClという別の塩を混合すると、バラバラに分布していたAgイオンが集団を形成するようになることを発見し、Clイオンの分極(変形)に起因していることを理論的に解明しました。これらの研究成果は、液体中の原子の局所的な配置のみならず中距離の原子配置をも、元素の組み合わせにより制御できることを明らかにした画期的なもので、学術、応用の両面において評価されました。

fig2.png
図2 (a)溶融AgI(660℃)の原子配置モデル。Agイオンは鎖状に分布している。
(b)溶融AgCl(500℃)の原子配置モデル。Agイオンはバラバラに分布している。
(c)溶融Ag2Se(950℃)の原子配置モデル。Agイオンはネットワークを形成している。
画像提供:琉球大学 田原周太

堤氏は光を用いて電荷キャリアをプローブする新しい実験手法の開拓し、分子性固体の道の電子機能の解明を行いました。分子化合物半導体単結晶に、回折限界まで集光した光を照射することで起こる光電流がどのように生じるのかを詳細に調べ、分子間電荷移動励起と分子内励起子の解離が競合する様子をフォトンファクトリーなどを利用して実験的に解明しました。単結晶内の光キャリア発生を実験的に示した初めての例で、有機太陽電池の素過程の解明につながると期待されています。

また有機半導体による薄膜デバイスやトランジスタ内での電荷キャリア分布を可視化する画期的な手法の開発にも成功し、新しいデバイス評価技術として注目されています。これらの成果が分子性固体の光機能と電子輸送現象に結びつける、新しい物性科学を開拓したと評されました。


中山氏は鉄系高温超伝導体のバルク結晶や原子層薄膜の角度分解光電子分光測定を行い、超伝導の発現に関与する電子状態について研究してきました。特にPFでは、鉄系超伝導体のモデル物質として期待されるFeSeにおいて、回転対称性の破れを伴う電子ネマティック*秩序が生じることを初めて解明しました。FeSeでは高温超伝導をはじめとする特異な物性の発現が報告されていますが、今回の研究によって、その背後に異常な秩序状態の形成が存在することが明らかとなりました。これにより、超伝導機構の解明に向けた研究や、電子ネマティック秩序の起源に関する研究が大きく進展しました。

また、超伝導を担う電子対の対称性の決定や、原子層薄膜における高温超伝導の検証と制御、及び電子相図の解明にも成功しています。これら、鉄系高温超伝導体の超伝導機構解明に重要となる成果を挙げてきたことが認められました。

*電子ネマティック:ネマティックは液晶分野の用語で、バラバラの方向を向いていた棒状の液晶分子が低温で一定の方向に揃うこと(対称性が破れた状態)を指す。ここでは電子の集団が方向性をもち、かつ対称性が破れている状態を指す。

受賞者と受賞対象論文

領域5:和達 大樹(東京大学物性研究所)

  • "Observation of a Devil's Staircase in the Novel Spin-Valve System SrCo6O11", T. Matsuda, S. Partzsch, T. Tsuyama, E. Schierle, E. Weschke, J. Geck, T. Saito, S. Ishiwata, Y. Tokura, and H. Wadati, Phys. Rev. Lett. 114, 236403 (2015).
  • "Revealing orbital and magnetic phase transitions in Pr0.5Ca0.5MnO3 epitaxial thin films by resonant soft x-ray scattering", H. Wadati, J. Geck, E. Schierle, R. Sutarto, F. He, D. G. Hawthorn, M. Nakamura, M. Kawasaki, Y. Tokura, and G. A. Sawatzky, New J. Phys. 16, 033006 (2014).
  • "Origin of the Large Polarization in Multiferroic YMnO3 Thin Films Revealed by Soft- and Hard-X-Ray Diffraction", H. Wadati, J. Okamoto, M. Garganourakis, V. Scagnoli, U. Staub, Y. Yamasaki, H. Nakao, Y. Murakami, M. Mochizuki, M. Nakamura, M. Kawasaki, and Y. Tokura, Phys. Rev. Lett. 108, 047203 (2012).

領域6:田原 周太(琉球大学理学部物質地球科学科)

  • "Intermediate-range chemical ordering of cations in molten RbCl-AgCl", S. Tahara, Y. Kawakita, H. Shimakura, K. Ohara, T. Fukami, and S. Takeda, The Journal of Chemical Physics 143, 044509 (2015).
  • "Medium-range correlation of Ag ions in superionic melts of Ag2Se and AgI by reverse Monte Carlo structural modeling ?connectivity and void distribution- ", S. Tahara, H. Ueno, K. Ohara, Y. Kawakita, S. Kohara, S. Ohno, and S. Takeda, Journal of Physics: Condensed Matter 23, 235102 (2011).
  • "Structure of the molten silver chloride", S. Tahara, H. Fujii, Y. Kawakita, S. Kohara, Y. Yokota, and S. Takeda, Journal of Non-Crystalline Solids, 353, 1994 (2007).

領域7:堤 潤也(産業技術総合研究所フレキシブルエレクトロニクス研究センター)

  • "Gate-modulation imaging of organic thin-film transistor arrays: Visualization of distributed mobility and dead pixels", J. Tsutsumi, S. Matsuoka, T. Yamada, and T. Hasegawa, Org. Electron. 25, 289 (2015).
  • "Generation and diffusion of photocarriers in molecular donor-acceptor systems: Dependence on charge-transfer gap energy", J. Phys. Chem. C 116, 23957 (2012).
  • "Competition between charge-transfer exciton dissociation and direct photocarrier generation in molecular donor-acceptor compounds", Phys. Rev. Lett. 105, 226601 (2010).

領域8:中山 耕輔(東北大学大学院理学系研究科物理学専攻)

  • "Superconducting gap symmetry of Ba0.6K0.4Fe2As2 studied by angle-resolved photoemission spectroscopy", K. Nakayama, T. Sato, P. Richard, Y.-M. Xu, Y. Sekiba, S. Souma, G. F. Chen, J. L. Luo, N. L. Wang, H. Ding and T. Takahashi, EPL 85, 67002 (5 pages) (2009).
  • "Reconstruction of Band Structure Induced by Electronic Nematicity in an FeSe Superconductor", K. Nakayama, Y. Miyata, G. N. Phan, T. Sato, Y. Tanabe, T. Urata, K. Tanigaki, and T. Takahashi, Phys. Rev. Lett. 113, 237001 (5 pages) (2014).
  • "High-temperature superconductivity in potassium-coated multilayer FeSe thin films", Y. Miyata, K. Nakayama, K. Sugawara, T. Sato, and T. Takahashi, Nature Materials 14, 775-779 (2015).