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高効率人工光合成への挑戦(2)~研究者がわくわくするような材料を創りたい ~

2017年12月19日
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フォトンファクトリー BL9Aにて(2017年11月撮影)
>>高効率人工光合成への挑戦(1)
京都工芸繊維大学の研究チーム
紫外-可視-赤外の超広帯域光吸収を示す3d遷移金属添加AlNの結晶構造を解明

この研究を行った国立大学法人 京都工芸繊維大学 電気電子工学系 応用物質科学グループ 今田研究室の今田 早紀 准教授と研究室の学生さんにお話を伺った。

今が一番楽しいと笑う今田先生は、新機能窒化物薄膜の開発を専門とする物性物理学者である。
今田研究室は、教員1名、大学院生2名のちいさな研究室だが、大学内のラボで新規窒化物薄膜の合成・分析・理論計算を行い、ラボでできない分析をフォトンファクトリーなど外部の実験施設で行う。 研究の分業化が進んだと言われるいま、材料合成、分析、理論計算を一貫して行う大学の研究室は少ない。
まずはよく勉強し、自分の作った材料の評価は、できるかぎり自分の手でやってみたいというのが今田先生の希望である。

こだわりの理由

今田先生はかつて、民間企業の材料開発者だった。非常に珍しく有用な新規材料を開発し注目されたが、それは分析の専門家の手によって最先端の分析をされ世に出て行った。 当時を振り返り、「自分の勉強不足で、自分の作った材料の分析結果を十分に理解できたとは言えない状態で研究が進んでいった」と語る。

合成した材料には自信がある。誰も知らない材料を合成して世に出すには、合成条件と物性の関係を一番よく知っている者が正確に伝えるべきだと考えている。 自分が生み出した材料を、自分の手で分析できるようになるにはどうしたらいいか。想いを叶えるため、会社を辞めて、大学に戻って勉強を続けた。 大阪大学で博士(理学)を取得し、まもなく京都工芸繊維大学で職を得た。

しかし、ここでもう一つの壁が立ち塞がる。自分の作った材料のもっとも基本的な情報のひとつである添加元素の局所結晶構造は、大学のラボだけでは調べられないのだ。 ラボで出せるX線はとても弱く、波長も限定されているためだ。自分の作る材料の分析に適した光源は放射光施設にあることは分かっていた。 放射光施設なら電磁波の波長を連続的に変えて実験することができる。 しかし、放射光施設のビームタイムは24時間、48時間と割り当てられ、多くの研究室では、昼夜問わず複数人でシフトを組んで実験していると思っていた。 立ち上げたばかりの学生もいない研究室で、どうしたら放射光を使った結晶構造分析実験ができるのかが分からなかった。 身近に放射光施設を使っている研究者もおらず、今田先生はハードルの高さを感じながら数年を過ごしたという。

フォトンファクトリーとの縁

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きっかけはある放射光施設への申請で不採択になったことだった。 「萌芽期の研究で、放射光実験の経験もない場合は、PFのP型申請がよいのでは」とアドバイスを受けた。 PFの担当グループに連絡を取ると、すぐに申請打合せの日程を確保してくれた。 全く経験がないこと、研究室がとても小さく、一人で実験しなければならないことなどを恐る恐る伝えたが、「そんな人はたくさんいるから全く心配しなくてよい」と、 その場で組成から実験時間を見積もり、よい申請書を書くためのポイントを指導してくれた。

2013年、初めて課題が採択され、つくばへ。使い方を一から教えてもらい、ただ一人で24時間実験を続けた。 何もかも初めてでひとりぼっちの実験だったが、PFのスタッフが支えてくれたから頑張れた。

今田先生がまだ実験に慣れていない頃、指導を担当したのは技師の丹羽 尉博だ。
「PFのスタッフの中でも、特に気にかけてくださったのが、丹羽さんでした。呼びに行かなくても『どうですか〜?』と様子を見に来てくれたので、気軽に相談ができたし、とても心強く感じていました。
『試料がとても良いから、きれいなデータになるはず』と、その場でさささっと解析。『ね、きれいな構造が見えているから、この調子でいいですよ』って。 材料合成を自身の手でやっている者からしたら、こんなにうれしいことはないです。 思っていたようなデータがとれないと、たいていは『試料がおかしいんじゃないの?』ってまず疑われますから…」
今も、丹羽は今田先生の実験ブースに足を運び、実験や解析の相談に乗っている。

教育に携わる者として

京都からフォトンファクトリーを使いにくるのは、PF放射光のエネルギー領域が実験に適しているから、それだけではない。 今田先生は「『未来の仕事をこれから選択する学生たちに、プロフェッショナルの仕事が見える場所で研究をさせたい』という希望が叶う場所だから」と言う。 学生の短い研究生活を、例えば合成条件出しの単調な実験に費やすのはもったいない。 学生たちには、自分の研究を通して、いろいろなところでさまざまな人に出会い、交流して、自分がどんな研究者・エンジニアになりたいか、見つけだしてもらいたいと願っている。

そんな今田先生の所属する京都繊維工芸大学 電気電子工学系 応用物質科学グループの面白いところは、大学院生たちが自分の居場所を自由に選択できるところだ。 一つの研究室に所属しているというよりも、応用物質科学という緩いキーワードで結びついた 7 名の教員のグループに属して、横断的な学習や研究ができる。 例えば、今田先生と一緒にPFで実験を続けてきた博士課程 1 年の立溝 信之さんは、 透過電子顕微鏡などでのナノ構造分析、光物性、第一原理計算などの分野の研究をやっている他の教員らの指導も直接受けている。

材料開発者に徹する

本当に新しい材料の開発は、必ずしもみな「役に立つ」デバイスに展開できるとは限らない。しかし、いまはなにかというとデバイスとしての「出口モデル」を求められてしまう。

XAFS分析の第一人者である北海道大学の朝倉 清高 教授が述べた「息の長い、ひとりの人が成功しなくてもチャレンジし続けられる環境、すなわち学術としての科学は大切だと思う」という言葉に共感する。 今田先生自身は、基礎物理・物性の研究者にも、デバイス開発者にもわくわくしてもらえるような材料を創り出すという役割を担いたいと考えている。 そして、正確な情報発信ができるよう、どんどん新しい分析手法を身につけていこうと考えている。 基礎物理をやっている人の知性を刺激するような材料を作りたい。そのための実験をしているとき、論文を書いているとき、喜びで顔が自然に緩む。

こんな幸せな職業人を間近で見ている学生さんたちは、それだけで貴重な人生体験をしているのではないかと感じた。 いつまでも材料開発の現場で自分の研究を続けていきたいと語る今田先生のこれからの研究成果と、先生のもとで学んだ学生さんたちの将来が楽しみでならない。

フォトンファクトリーでの実験

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実験前の準備について指導しているところ
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実験条件の設定について丹羽 技師の説明に聞き入る

放射光施設での実験は時間との闘いだ。与えられた時間の中で、信頼性の高いデータがどれだけできるか、割り当てられた朝9時から翌々日の朝9時まで、一瞬足りとも無駄にはできない。

実験のためのセットアップはできるだけ効率的にやりたい、という希望に応えるように、XAFSのシステムはどんどん使いやすくなっているという。 前回と全く同じ実験条件を再現しようとするのだが、設定は複雑で、前回の実験からどうしても間が空くので過去のノートを見返しても全てを思い出せないということも出てくる。 「それを補うようにシステム担当の仁谷さん(仁谷 浩明 助教)が自動化を図ってくれていたり、訪れる度にきめ細かい工夫をしてユーザーの負担を軽減させてくれていると感じます。」

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左から、今田 早紀 准教授、立溝 信之 さん、森 龍太郎 さん、丹羽 尉博 技師
XAFS討論会会場にて (2017年8月撮影)

交代で休憩を取り、実験は昼夜を問わず続く。 ときには、装置がうまく動かなくなり、自分たちではどうしても対処できなくてスタッフを呼ばざるを得ないときもある。もちろんトラブルは深夜にも起こる。
「そんなときでも、丹羽さんは駆けつけてくれて、実験が軌道に乗るまで見届けて、爽やかに去っていくんですよ」今田先生が言うと、 「そうなんですよ、夜中まで付き合ってくれて何もなかったように爽やかに去っていくんです。もうカッコよくて」立溝さんが口を揃える。 寸暇も惜しんで体力と集中力の限界までビームタイムを有効に使いたいと願うユーザーにとっては、ピンチを救うスタッフの姿は、颯爽と登場するヒーローに見えるに違いない。

ユーザーとスタッフの関わりは、ビームタイム中だけではない。実験ができないダウンタイム中でも、メールや研究会の会場で情報交換をしている。 今田先生のこれまでの努力を知っている丹羽は、今田先生が研究成果を出すたび、「Editor's choice に選ばれたんです!」「インパクトファクターの高い雑誌に載ったんですよ~」と、 まるで自分のことのように顔を輝かせている。

スタッフにとても助けられていて、感謝してもしきれないという今田先生が、一つ恐縮していることがあると言う。 それは、すぐに来てくれる担当のスタッフがいないとき、立溝さんが他のビームラインからスタッフを連れてくること。 立溝さんは助けてくれる誰かを探しに行き、この人なら教えてくれると藁をも掴む思いで質問するのだが、相談されたスタッフはビームラインまで来て丁寧に対応してくれる。 最近はあまり使っていないビームラインからわざわざ呼んでしまった…、と先生は恐縮し小さくなっているしかない。でも、とてもとても助かっているとのことだった。

いつでも笑顔で対応するスタッフがいるから安心して実験ができる、そんなアットホームな雰囲気もフォトンファクトリーの魅力なのだという。

PFへの感謝の気持ち

愛着が強ければ、もっと良くなってほしいと思うのが人の常。今田先生と立溝さんは、PFへの要望を挙げた。 今田先生からは、時間が少ない学生への実験の機会をもっと増やしてほしいという要望も聞かれた。 また、放射光施設での実験をやってみたいけど、まずはなにをどうしたらいいかわからない人たちのための説明会などの提案もしてくださっている。

今田先生のお話は、終始、学生たちへの想いに貫かれていた。

関連情報京都工芸繊維大学 電子システム工学課程